見出し画像

平坂のカフェ 第4部 冬は雪(7)

「毎日か」
 スミが呆れるように言う。
「そう毎日。飽きもせず毎日、同じ時間に現れてお弁当を持ってくるの」
 カナは、クスクス笑う。
「お弁当はお母さんが持たせてくれてるからって言っても作ってくるの。その頃の私はもうお腹なんて空かせちゃいなかったのにね・・・」
「お母さんのお弁当は?」
「ちゃんと食べたわよ。そんなに量がある訳じゃないし、残すなんて考えられないわ。食べることが出来るって信じられないくらいありがたいことなのよ」
 スミの手を握るカナの手に力が入る。
 スミの赤く焼けた瞳が静かに揺れる。
「・・・それからその彼とはどうしたんだ?」

 それから私たちは毎日、昼食を食べた。
 主食はおにぎりであったり、サンドウィッチであったり、パスタであったり、季節に合わせた炊き込みご飯であったりと実に手が混んでいたが副食には必ず卵焼きとタコさんウィンナーが入っていた。
 彼曰くお弁当と言ったら卵焼きとタコさんウィンナーらしい。
 そう言われてみれば妹さんが小学校の時の遠足に作ってくれたお弁当に卵焼きとタコさんウィンナーが入っていたなと思い出す。何も知らないままに無機質に食べていたがそれが家庭の味であり、妹さんの愛情表現だったのだと初めて知った。
 そして食べ終えると彼は私を教室に連れていった。
 私は「行かない!」と必死に抵抗した。

 授業なんて出る意味ない!

 余計なことするな!

 来るなバカ!

 大きなお世話オバケ!

 思いつく限りの罵詈雑言を飛ばした。

 しかし、彼はまったくダメージを受けない。
 何を言ってもケロッとした表情で朗らかに笑い、さらには「高い学費払ってるんだから勉強しないと損ですよー」などと右にも左にも折ることの出来ない正論を述べてくるのだ。
 そんな事を言われてしまったら私はもう従うしかない。
 私は、トボトボと彼の後に付いて教室へともどっていく。
 その度に教師や他のクラスメイトは驚いた。

 それから私が授業をサボる事は無くなった。

 朝から授業に参加し、運動をし、彼と一緒にお昼ご飯を食べた。
 つまり何の問題もない当たり前な毎日を送ったのだ。
 気が付いたら教師が気にかけてくれるようになり、クラスメイトが声を掛けてくれるようになっていた。
 教師は、「勉強で分からないところはないか?」と言った教師然としたことから始まり、「困ったことがあったらいつでも言うんだぞ」と、とてもきめ細やかな事に気にかけてくれるようになった。
 クラスメイトは、「おはよう」「さようなら」から始まり、「カナちゃんって綺麗だよねー」とか「前からお話ししてみたいと思ってなんだよね」「高嶺の花だと思ってたけどこんなに親しみやすかったんだね」「今度一緒に遊ぼうね」などまるで友達のように話しかけてきてくれるようになった。そして実際に拉致られるようにカラオケやショッピングに付き合わされるようになる。
 その様子を妹さんと旦那さんは隠そうともせずに喜び、高校生にこんな大金を渡すなと叫びたくなる小遣いを渡そうとしてきた。
 しかし、そんなクラスメイトも昼食には私を誘わなかった。
 それどころか昼食の時間になるとニヤニヤと、教師すらもニヤニヤとこちらを見てくるのだ。
「よっしゃあ、先輩!お昼ですよー!」
 彼は、そう嬉しそうに言って私に呼びかける。
 私は、両親の作ってくれたお弁当とスケッチブックを持って彼と一緒に教室を出る。
 教師とクラスメイトは、ニヤニヤとそれを見送る。
 その一連のルーティンは卒業するまで続いた。

#短編小説
#平坂のカフェ
#昼食
#彼
#ウザい奴

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?