運動の不器用さを克服するための3つのコツ:Neuromotor Task Training (NTT)の視点
1. 運動の不器用さのデメリット
運動の不器用さは単なる一時的な問題ではなく、子どもの心理的、社会的、身体的健康に長期にわたる影響を及ぼす可能性があります。運動の不器用さがもたらすデメリットと、これに対する有効な介入方法について深く掘り下げます。
1.1 日常生活の困難(発達性協調運動障害)
運動の不器用さにより日常生活に支障をきたす子どもがいます。このような子どもたちの中には発達性協調運動障害を有する子どもが存在します。
発達性協調運動障害とは手と手や目と手、足と手などの複数の体の部位を一緒に行う運動が著しく困難な障害です。日常生活においては縄跳びやキャッチボールが苦手であったり、はさみがうまく使えなかったり、消しゴムを使うと紙が破れてしまったりという形で困難なことが現れます。
発達性協調運動障害は、子どもの学校生活や社会的な活動においても障害となり得るため、適切な理解と支援が必要です。
1.2 自己肯定感の低下
運動の不器用さは自己肯定感の低下に繋がる可能性があります。これは、運動に関する失敗経験の多さから、自分自身の能力に対する信頼感が低下するためです。結果的に、自己の能力に対してネガティブな見方を持つようになり、学業や社会生活においても自信を持てなくなる可能性があります。
1.3 将来の運動不足
運動の不器用さは将来の運動不足に繋がる可能性があります。
運動の不器用な子どもは、運動する習慣を育てにくいことが多いです。これが成長して大人になった際の運動不足につながり、生活習慣病のリスクを高めることが懸念されます。運動不足は心血管疾患や糖尿病など、多くの健康問題の根源となるため、早期からの運動習慣の形成が重要です。
2.運動の不器用さに対する早期介入の重要性
運動の不器用な子どもにとって早期の運動介入は非常に有益です。
子ども時代の脳は非常に可塑性が高いです。年齢が上がれば上がるほど、好ましくない神経回路が発達し、改善させるためにより多くの練習が必要になります。神経の可塑性を最大限に生かすためには可能な限り早期に運動介入を行うことが重要と言えます。早期介入によって、不適切な神経回路の形成を防ぎ、運動能力だけでなく社会的なスキルの向上にも寄与することができます。
3.神経運動課題トレーニングから見た運動の練習の3つのコツ
3.1 運動の学習段階と運動の阻害要因の見極め
効果的な運動介入のためには「運動の学習段階の見極め」と、「運動の阻害要因の特定」が重要です。これらを明確にした上で、運動学習の原則に沿った指導方法と練習方法、フィードバックの方法を採用することによって運動介入の効果が高まります。
子どもの運動の学習段階はFittsとPosnerの3段階モデル(1967)に沿って判断します。
運動学習の第1段階である認知段階は「運動をどのように行えばよいかについて試行錯誤することに多大な注意力と思考量が求められる学習段階」です。エラーがとても多いことが特徴です。
運動学習の第2段階である連合段階は「自分に合った運動の方法を選びそのスキルを磨き始める学習段階」です。運動に向けられる注意力や思考量、エラーの程度は認知段階より減ります。
運動学習の第3段階である自動段階は「無意識で運動を行うことができるため運動に注意を向ける必要がなくなる学習段階」です。エラーが非常に少ないことが特徴です。
子どもの運動の不器用さの原因は様々であるため、運動の阻害要因を分析し、その原因に沿ったトレーニングを行うことが重要です。例えば、キャッチボールをうまく行えない子どもが安全な環境でボールをキャッチするパフォーマンスが向上する場合には、心理的な要因が運動を阻害していると考えられます。このような子どもに対しては心理的な面を重視したトレーニングを行います。
一方で、同じくキャッチボールをうまく行えない子どもがじっとしていて事前に警告された場合にのみボールをキャッチできるような場合には、注意力の特性が運動を阻害していると考えられます。このような子どもに対しては注意力を要するような環境でのトレーニングを重視します。
また、ボールを投げるフォームが一回ごとに大きく異なる子どもの場合には、ボールを投げるパターンを学習できていないことが運動を阻害していると考えられます。このような子どもに対しては大きさや重さ、素材の異なる様々なボールを様々な距離で様々な大きさの的に向かって投げるようなトレーニングを重視します。
3.2 練習のコツ①指導方法
運動の不器用な子どもは運動が成功したかどうかに関わらず同じ戦略を何度も続ける傾向にあります。このような傾向は自身の行動を振り返る能力(明示的学習・頭で覚える意識的な学習)と練習中に自発的に情報処理を行う能力(暗示的学習・体で覚える無意識的な学習)の低さによるものと考えられています。そのため、単にトライ&エラーの機会を提供するだけでは運動学習が進みません。
運動の不器用な子どもに対しては、運動の学習段階に合わせた指導が有効です。具体的には、運動学習の第1段階である認知段階では指導者が実際に運動を行っている様を見せるデモンストレーションによる指導が有効であり、第2段階である連合段階と第3段階である自動段階では口頭での指導が有効です。
指導方法の具体例:縄跳び
認知段階の指導方法:
子どもが縄跳びを始める際、指導者はまず縄の持ち方と跳び方などの基本的な知識を伝えた後に実演します。例えば、「縄を持つ位置はここだよ。両脚で縄を飛び越えようね。」と言いながら実際に跳ぶ様子を見せます。この段階でのデモンストレーションは、子どもが正しいフォームを視覚的に理解するのを助けます。
連合段階と自動段階の指導方法:
子どもが基本的な跳び方を理解した後、指導者は応用的な知識を口頭で指導します。例えば、「縄は手首で回そう。」「つま先で跳ねるように飛んでみよう。」と助言します。子どもがスムーズに縄跳びができるようになると、更に多様な跳び方(あや跳びや二重跳びなど)を導入し、それに対する口頭での指導を続けます。
3.3 練習のコツ②練習方法
練習の内容が多様的であるほど練習の効果は高まります。そのため、運動の不器用な子どもに対しては、様々な状況で課題を学習することを重視します。
Schmidt and Bjork(1992)は、壁の穴にビーンバッグ(お手玉のようなボール)を投げるゲームでトレーニングの多様性が転移に与える影響について検証しました。
1つのグループには3フィート離れた穴にビーンバッグを投げるという1種類のトレーニングを課し、もう1つのグループには穴までの距離が2〜4フィートの間でランダムに変化するような複数のトレーニングを課しました。
結果的に、ランダムグループは一定のレベルまでパフォーマンスを高めることには時間を要しましたが、最終的にはトレーニングしていない距離や3フィートの距離でももう一つのグループより正確性が高くなったのです。
運動の不器用な子どもに対しては、運動の学習段階に合わせた練習方法を採用することが推奨されます。具体的には、第1段階である認知段階では基本的な動作パターンを学ぶことが大事であるため同じスキルを多様性の低い状況で継続的に練習することが有効であり、第2段階である連合段階と第3段階である自動段階では同じスキルを多様な動きと多様な状況で練習することが有効です。
練習方法の具体例:ボール投げ
認知段階の練習方法:
子どもが初めてボールを投げる場合、同じサイズと重さのボールを使って、短い距離に置いた的に投げる練習を行います。指導者は、基本的な投げ方(肩を目標に向ける、腕を振り抜くなど)を反復して教え、これを一定の場所で繰り返し練習させます。
連合段階と自動段階の練習方法:
技術が向上するにつれて、投げる距離を徐々に伸ばし、異なる重さやサイズのボールを使って練習を行います。また、動きながらボールを投げる練習や、様々な角度から的を狙うなど、多様な動作と状況で練習を行うことで、技術の自動化と適応力の向上を促進します。
3.4 練習のコツ③フィードバックの方法
運動の不器用な子どもはは運動に関する過去の失敗体験の蓄積により、自己の身体能力に対する評価が低い傾向にあります。自己の身体能力に対する評価が低い子供は、成功は運などの外的要因によるもの、失敗は自分の能力などの内的要因によるものと考える傾向にあります。このような考え方は新しい運動課題を試すことやスキルアップのための努力を望まないことに繋がります。
そのため運動の不器用な子どもに対しては、運動スキルの向上は努力により達成できることを強調することや、成功体験を積ませること、正確にフィードバックを与えることを重視します。
これにより成功は運の産物ではなく、自分でコントロールできることだということを実感することができます。成功体験を自分でコントロールできると信じられるようになると、日常生活で新しい運動に挑戦する可能性と練習への積極性が高まるのです。
運動の不器用な子どもに対しては、運動の学習段階に合わせた方法でフィードバックを与えることが重要です。具体的には、第1段階である認知段階では動作自体に関する肯定的なフィードバックを与え、第2段階である連合段階と第3段階である自動段階では運動の結果についての様々なフィードバックを与えることが有効です。
フィードバックの具体例:鉄棒
認知段階のフィードバック
子どもが初めて鉄棒で逆上がりを試みる時、指導者は「しっかり鉄棒に握れているね!」「力強く地面を蹴っているね!」といった形で、基本的な動作に対する肯定的なフィードバックを提供します。この段階では、子どもが基本的な技術と動作の安全性を理解し、それを正しく実行することに自信を持てるようにサポートします。
連合段階と自動段階のフィードバック
鉄棒に少し慣れてきた子どもに対して、指導者は「体の回転がゆっくりだったね。蹴りだしのスピードを上げると早く回れるよ。」「腕の力の使い方が良くなってきているね。鉄棒が体から離れないようにするともっと楽に回れるよ。」といった形で、運動の結果に関する具体的な改善点を指摘します。この段階では、子どもが行った運動の結果を適切に理解できるような具体的なフィードバックによって技術の向上を促します。
まとめ
運動の不器用な子どもたちの中には、縄跳びやキャッチボールなどの単純な運動も難しく、日常生活の中でのさまざまな動作が困難な状態にある発達性協調運動障害(DCD)を持つ子どもがいます。
運動の不器用さによる失敗体験は、子どもたちの自己肯定感に悪影響を与えることがあります。自己の能力に対する信頼が失われ、その結果、他の活動に対しても消極的になることがあります。
運動を苦手とする子どもは、成長しても運動習慣を持ちにくく、運動不足に陥りやすいです。これは、成人してからの健康にも悪影響を及ぼすことがあり、心血管疾患や糖尿病などのリスクを高める原因となります。
運動の不器用な子どもに対して早期に介入することで、運動スキルを向上させることができます。特に、脳の発達が活発な幼少期に介入を行うことで、運動の協調性やスキルの向上が期待できます。
運動の不器用さに対処するための具体的なアプローチを理解することは、特に発達期の子どもたちにとって重要です。ここでは、効果的な運動介入のための三つの重要なコツを強調して説明します。
1. 指導のコツ
運動の学習段階を正確に見極め、適切な指導方法を適用することが重要です。初期段階(認知段階)では、運動の基本的なフォームや動作を実演するデモンストレーションが効果的です。子どもが運動の基本を理解した後の段階(連合段階と自動段階)では、より具体的な指導が求められます。例えば、縄跳びの技術向上を目指す場合、初めは正しい跳び方を示す実演から始め、徐々に手の動きや跳び方に関する口頭での技術的なアドバイスへと移行します。
2. 練習のコツ
練習の多様化は学習の効果を大きく向上させることができます。異なる環境や条件下での練習を行うことで、子どもたちはより広範なスキルを習得し、さまざまな状況に適応する能力を高めることができます。たとえば、ボール投げの練習では、様々なサイズや重さのボールを使い、異なる距離や角度からの投げる練習を行うことで、より幅広い技術が身につきます。
3. フィードバックのコツ
適切なフィードバックは運動学習を促進する鍵となります。特に運動の不器用な子どもたちにとって、肯定的で具体的なフィードバックは自己効力感を高め、積極的に練習を続ける動機付けとなります。初期段階では基本動作に対する肯定的なフィードバックを重視し、技術が向上するにつれて、主に運動の結果に関するフィードバックを増やしていきます。
これら三つのコツを活用することで、運動の不器用さを持つ子どもたちも運動に自信を持ち、身体能力を伸ばすことが可能となります。適切な支援によって子どもたちの運動の経験と将来の健康をより良いものにすることができるのです。
参考文献
Neuromotor task training: a new approach to treat children with DCD Article · January M.M. Schoemaker, B.C M Smits-Engelsman 2005
A systematic review of high quality randomized controlled trials investigating motor skill programmes for children with developmental coordination disorder Preston N, Magallón S, Hill LJ, Andrews E, Ahern SM, Mon-Williams M.Clin Rehabil. [IF: 3.48], 2017 Jul;31(7):857-870. doi: 10.1177/0269215516661014. Epub 2016 Aug 1.