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トシオのオヤジ

昭和17年、山口県生まれ。
鳶のトシオ建設代表。
小指と共に、教養は無い。
オヤジの若い頃に知り合いたくない感じであったのは容易に想像がつく。

今日は、出会った中でも飛び切り不器用で、ガサツで、暴れん坊なトシオのオヤジを思い出してみよう。
ひとつ断りを入れるが、はっきりと暴力ではある。しかし、恨みは無い。

オヤジはものすごく眼光鋭く、また、気が短い。
朝に挨拶が眠そうだと、即殴られる。
ガソリンが入っていないなら、運転手は殴られる。
鉄筋が邪魔なら、その鉄筋で鉄筋屋を殴る。
止めに入った我々も、時には流血したものだ。
本音は、
身内に挨拶のできない者は、外でも挨拶はできないだろう。
いざという時には直ぐに動けるよう、常にガソリンは満タンにしておけ。
現場は常に片付けておけ。
というものなのだが、言葉で説明する程器用ではないのだ。

オヤジは文字を書くのが苦手だ。
ある日、ホワイトボードの現場予定表に「泉兵」と書いていた。「泉ヶ丘」である。
オヤジの文字は雰囲気で成り立つということを知らなければならない。
「ジャッキ」は「ジッキ」や「ジッヤ」と書いている。
若い衆は笑いを堪えるのに必死である。
「焼肉パーティー」なんか、「ヤクニクハーテ」と書いていた。
これは難読であった。

ある日、事務所に消火器の営業が来た。
我々は、
「悪いこと言わんさかい、帰れや」
と言ってあげたのだが。
オヤジは人と接するのが大好きなのだが、基本的に迷惑をかけるのだ。
「お前のとこの消火器はよう消えるんか?」
「はい!もちろんですとも!こちらは油であったり…」
「そうかそうか。おい、ヒロユキ、ガストーチ持ってけえ(持ってこい)」
オヤジはガストーチを持ってこさせた。
「ヒロユキ、こいつの車燃やして、消えるかやってみたらどう?」
「オヤジ、車は目立ちすぎるんちゃいますか?」
「お前はワシにアゴする(口出しをする)んか?」
ヒロユキは既に殴られていた。
もう、めちゃくちゃである。
車で消火実験をされてはかなわないと、見本として持ち込んだ消火器を置いて、営業マンは乗ってきたエブリイを全力で発進させ、逃げ帰った。
名刺があったので、置いていった消火器を取りに来いと電話をしたのだが、
「もうそれはお使いください。失礼します。」
と、逃げるように切られてしまった。

そんなオヤジは、現場でも無茶苦茶であった。
オヤジと若い頃から共に働いてきたマサやんが居なければ、皆、辞めてしまっていたのかもしれない。
現場では、「見て覚えろよ。」のひとことが教育の全てであった。
確かに、オヤジもマサやんも、飛び切りの腕を持つ職人であった。
ただし、後ろに立つと、殴られた。
良さそうなものがあれば、とりあえず武器に加工したりもしていた。
気分はゴルゴである。

今考えると、朝から夕方までしかオヤジは怖くなかった。
若い衆に怪我をさせたくない、外で恥をかかせたくない、というプレッシャーもあったのではないだろうか。
仕事から帰ると、いつも優しさの塊のような男であった。
少しズレているが、一人暮らしの若い衆にカニを一杯持たせるとか、お金に困っていると聞けば、30キロの米を持って行ってやるだとか、姐さんに弁当を作らせるだとか、誰に対しても「オヤジ」であった。

だから、みんな続いたのかなとも思う。

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