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マサやん

昭和14年、神奈川県生まれ。
トシオ建設の立ち上げメンバーである。

酒、博打が大好きな、典型的な現場のオヤジである。
仕事の全てはマサやんに教わった。

トシオ建設に入社し、僕は皆に挨拶をした。
「ウチの会社は家庭的なアレやからな!」
さすがトシオのオヤジである。
きっと、「アットホーム」と言いたかったのだろう。
皆、楽しく迎えてくれたのだが、どう見ても近づくなというオーラを出している大先輩が居た。
マサやんである。

マサやんは坊主(見習い)が嫌いなのだ。
「何を持ってきましょう?」
「ケッ!一人でやるからいいよ、ケッ!」
オヤジと同じく、「見て覚えろ」なのだ。

トシオのオヤジは力で仕事をどうにかする。
しかし、マサやんは全てをテクニックでカバーし、10代や20代の若者を凌駕する腕を持っていた。
しかし、理由を説明する事ができない。
肌で覚えてきたものを説明など、しておれるか。
若者なりに、そんなマサやんが抜群に格好がよかった。

入社して、1年半程が経った時、初めて小さな仕事を任されたのだが、慣れない職長の補佐に、マサやんが来てくれた。
仕事をどう楽に進めようかと考えていると、
「こっちからやってみるかい?」
と、マサやんの声がした。
「マサやんと話す」という、たったそれだけの事が、トシオ建設では凄いことなのである。
相手を認めない限り、まともに会話をしないのがマサやんなのだ。
その日から、ものすごく頑張れたのは、きっと、「マサやんと話す俺」が嬉しかったのだ。

朝、マサやんが来ないことは珍しくなかった。
大概の場合、立ち飲み田中から、マサやんの家の間を捜索すれば見つかる。
自転車を抱いて寝ているのだ。
若い衆が見つけると、僕に連絡がある。
起こす相手が悪いと、マサやんは恥ずかしがってしばらく来なくなる。
僕か、タカちゃんであれば、素直に起きて会社に来てくれるのだ。
「マサやん、仕事やで!」
「おお、ホームステイしちまったなあ!気持ちいいもんだぜ!」
きっと、ホームレスと言いたかったのだろう。
この人も、カタカナやアルファベットがダメだ。
刃物メーカーのMCCはUCCになるし、DVDはBVDになるし。
「マサやん、BVD言うたらパンツやでぇ」
「難しい事を言うな、ケッ!」

その晩、マサやんが珍しく子供の頃の話をした。
「俺がな、英語喋れねえだろ?」
(カタカナとか、アルファベットの事である)
「今の時代だったらボンボンだぜ?」
「へえ!ええとこの家やったんですか?」
「そうなんだぜ?家は江ノ島で養鶏場やってたんだぜ」
「バカヤローが、カッ」
(ケッとかカッとか、寅さんでしか聞いた事ないで)
「電信棒がよ、木だったんだ。それが台風で折れやがってな、ヒヨコが全滅だぜ。そっからだよ、俺の人生が狂ったのは、バーローメ!」
(バーローメ!)

トシオ建設から出る時、マサやんには一番に挨拶に行った。
「オメーは一生懸命やるから心配ねえな。」
「僕なりにでしたけどね。」
「本当はそれでいいんだよ。他の奴らには言うなよ。」
マサやんは人を褒める事が何より恥ずかしいのだ。

数年が経ち、ふらりとマサやんの家の前を通ったら、表札が変わっていた。
嫌な予感はしたのだが、向かいのシゲちゃんに聞くと、
「酒でコロッと逝ってもたでぇ」
という事だった。
「仕事辞めたら、早いわ。」
シゲちゃんの言う通りである。

止まらなければ、老ける暇もないのだろうけれども、止まったら、その瞬間に老け込む。
マサやんは仕事と酒と博打しかない男だったので、仕事を辞めたら、酒でコロッと逝くやろなあと、誰もが話していた。

その潔さもマサやんらしいのかも知れないけれど。

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