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水と怪物 第二部



第二部

 しんと静まり返っている、けれど清潔な部屋に通された。防音なのか、窓すら無い。
「いやあ、暑いですね。七月にもなると」
「ええ、ほんまに」
 椅子をすすめられ、腰かける。それを確認して、紳士はボイスレコーダーを起動させた。その辺りに関しては、事前に説明を受けていたのでさして気にもしない。
「この度はご足労頂きありがとうございます。ああ、お飲み物はどうしましょう。紅茶か、コーヒーか」
「じゃあ、紅茶で」
 紳士は一旦立ち上がると、「冷たいものでいいですかね」と冷蔵庫を開いた。この真夏日に、ホットを飲む気がしなくて頷く。
 差し出されたアイスティーにシロップを入れる。透明のモヤが、少しずつ沈殿していった。茶色に呑まれた透明は、消え失せた。
 紳士もまた椅子に腰掛ける。その手には、リモコンがあった。
「エアコン、寒くありませんか」
「ええ、大丈夫です。ところでどうでしたか」
 紳士は溜息を吐く。それだけで何となく察したが、彼の言葉をあえて待つ。
「一週間頂けたおかげで、見付かりましたよ。相手の女性だけですが」
「そうですか」
 やはり、本命の情報にいきつくまではまだかかるか。覚悟の上だとはいえ、やはり落胆の気持ちは隠せない。焦っても仕方の無いことだとは、分かっているけども。
 紳士はスマートフォンをテーブルの上に置いた。すでに画面は明るく光っている。ずい、と差し出された。
「これは」
「ご主人の相手の方と思われる女性のSNSです。顔写真もあります。かなり加工されていますがね」
 紳士の手により拡大されたプロフィールアイコンを、覗き込む。貼られている女の笑顔は、確かに人形のような不気味さがあった。そもそも、元の顔立ちが一切美人ではない。若作りをしてはいるようだが、それだけだ。その事に、尚も苛立つ。むしろ、勝てない程の美人であれば諦めがついたのだろうか。いや、きっとそれはないだろう。
「仕事上の宣伝や客の記録などに使っていたようで、その……アダルトチャット、と申しますか。その」
 紳士は言いにくいのか、口に手を当てた。だからこそ、切り込んでやる。
「アレでしょ、エロ目的のビデオ通話のやつ。男は有料なんですよね」
「ええ、はい。この女性の方、これでかなり稼いでいたようですね」
 こんな年増の不細工でも客は取れるのか、と思ったのは口にしなかった。口にすると、あらゆる悪口が胃液ごと出てきそうな気がしてしまった。
 紳士のごわついた手が、スマートフォンの画面に触れる。ページの最下層までおろしたようだった。
「どうします、見られますか。他の客の事も書いてあるので、量は膨大ですが。抜粋しようかと思いましたが、どこに何が仕込まれているかも分からないものでしたから」
「大丈夫です、お願いします」
「ちなみにこちらのSNS、すでに削除申請が入っているそうです。メッセージを送る機能は封鎖されていますね」
「コンタクトはもう取れない、ってことですか」
 息を吸う。そういう、覚悟の形だった。そうしないと進めない気がした。

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