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エヌビディアの仮想空間とデジタルツイン技術がSDGsに寄与できること

エヌビディア(NVIDIA)の「Omniverse(オムニバース)」は、仮想空間で協働作業やシミュレーションを実現できるツールだ。現実世界の物理現象を忠実に再現できるため、同社ではデジタルツインのプラットフォームとして訴求している。今回はこのOmniverseをSDGsに役立てることができないか考えてみたい。

メタバース構築のプラットフォーム

コンピューター用グラフィック演算装置(GPU)の開発・製造で業界をリードするエヌビディアは、2021年11月8~11日にカンファレンスイベント「GTC 2021」をオンラインで開催した。同社CEOのジェン・スン・フアン氏による基調講演で中心となったのは、仮想空間構築およびデジタルツインのプラットフォーム「Omniverse」に関するトピックだ。

Omniverseのユーザーは、各自の目的に沿って構築した仮想空間(=メタバース)内で、協働作業やシミュレーションが可能だ。「すべて」を意味する「オムニ」が付いた名前には、個々のメタバースを支え、つなげる統合環境になるとの意味が込められていると思われる。

現在、メタバースは世界中で注目されている。関心の高さはかつてのセカンドライフ以上とも言われ、この分野に注力するためにフェイスブックが「メタ」へと社名を変更したことも話題となった。

メタバースが注目される理由の一つには、言うまでもなくコロナ禍がある。物理的な移動制限に対する解決手段として、さらに現在のSNSに代わる次世代のコミュニケーションツールとして期待されているのだ。

エヌビディアのOmniverseもメタバースの一種ではあるが、想定しているターゲット領域はより広範囲でビジネスでの実用性も重視されている印象だ。当面は、3Dグラフィックのクリエーターや工場などのデジタルツインを実現したい企業を中心に利用されることになるだろう。

「もう一つの地球」を作り出す究極のデジタルツイン

エヌビディアは、これまでコンピューターの部品の一つであるGPUチップのメーカーとして知られていた。しかし現在は、その高性能チップ製造技術を武器に、コンピューターグラフィックスからスーパーコンピューターや自動運転やロボット用のAIまで、幅広い分野で欠かせない存在となっている。

Omniverseは、同社が培ってきた技術を集約して、物理法則を含む現実世界を仮想空間で再現するデジタルツインのエンジンでもあり、非常に野心的な試みだ。分かりやすい活用例としては、Omniverse上に工場や都市を構築して様々なシミュレーションや実験を行うというものがある。

現実の世界では、実際にやってみると当初の計画や理論どおりに進まないことがよく起こる。しかし、Omniverseの世界で事前に検証することで、効率的に最適化できる。現実であれば数ヶ月~数年かかるような実験や検証でも、Omniverseでなら一瞬で済ませることができる。

これを地球規模にまで拡大すると、気候シミュレーションも可能になる。エヌビディアでは、短期的な気象シミュレーションを実現するコンピューターは既に実現している。そして今回のGTC 2021では、より長期的な気候変動シミュレーションを行うコンピューターとして「Earth-2(アースツー)」の開発が発表された。Earth-2上で「もう一つの地球」を再現するのがOmiverseであり、まさに究極のデジタルツインとなる。

SDGs施策の精度向上にも利用できるか?

OmniverseとEarth-2によって、風力発電量や太陽光発電量、異常気象、ハリケーンや台風などの災害発生を予測できる。精度を高めていけば、CO2排出量や地球温暖化についても同様だろう。さらにこの技術を発展させていけば、遠くない将来にSDGs施策の効果予測や最適化にも応用できるのではないだろうか。

SDGsは、その対象が広範囲で施策や活動も多岐にわたるため、最終的な効果や結果といったものをすぐに把握することが難しい。善かれと思って実施した取り組みが、巡り巡って他の施策に悪影響を与えたり、長期的に見てCO2削減に逆効果だったりするおそれも少なからずあるだろう。しかし、もし仮にそうだとしても、何もしないという選択肢はあり得ない。今はそのようなリスクを承知で、各自が信じる活動を行うしかない。

SDGsの効果シミュレーションは、気候変動シミュレーションとは比較にならないほどハードルの高い試みであり、今すぐの実現は無理だとしても可能性はある。

それだけ複雑で難しいチャレンジだからこそ、人類全体で一眼となって取り組まなければならないわけだが、その精度を少しでも高めるために、OmniverseやEarth-2のようなデジタルテクノロジーが貢献することを期待したい。


文:仲里 淳
インプレス・サステナブルラボ 研究員。フリーランスのライター/編集者として『インターネット白書』『SDGs白書』にも参加。

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