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アナリシスプロセスとは〜分析官のリアルな仕事内容〜

サッカーの分析官と聞いて何を思い浮かべるだろう。

戦術ボードを使いながら選手や監督に新たな戦術を説明したり、パソコンや最先端のソフトを駆使してデータや試合映像を抽出する。
自身の優れた戦術眼でチームのパフォーマンスや戦い方に大きな影響を与える存在。

このようなことを思い浮かべる人は多いのではないだろうか。
実際私もその1人であった。

しかし、サッカーの本場イギリスで分析官として活動し始めて約半年、私は実際にそのような存在になれているのだろうか。

答えは「No」である。

お世辞にも、私の分析によって試合展開が大幅に変化し、チームを勝利に導くことが出来たことは一度もない。

極論を言えば、私が試合当日に居なくても、試合結果に変化は99%ないであろう。

悲しい。
思い描いていた分析官像とはまるで違うではないか。

いっその事、私の代わりに他に暇な人が分析官として活動してもいいのではないかと思いそうになるときもある。

その一方、この業界で活動しているとよく耳にすることがある。

「あの分析官の仕事内容は最悪だ」
「あの分析官と一緒に活動できるのは大きな学びになるに違いない」
「君の先週の分析は素晴らしかったよ」

何故だろう。
誰がやってもあまり違いがないと思っていた分析官としての仕事内容に、「良い」と「悪い」があるのである。

では、何が分析官としての評価を決めているのだろうか。
世の中の分析官達は実際のところ何をしているのだろうか。

本記事では、分析の過程を体系化した「アナリシスプロセス」を用いて、分析官のリアルな仕事内容を解説する。



アナリシスプロセスとは

私が在籍するサウスウェールズ大学フットボールコーチングアンドパフォーマンス学部の科目の中の1つに「An Introduction to Football Performance Analysis」がある。

この科目では、分析ソフトの使い方、データの活用方法、そもそも分析とは?など、サッカーの分析に関すること全般について学問的に学ぶことができる。

そして、この科目の1番初めに勉強し、最も核となる内容が本記事のテーマである「アナリシスプロセス」である。

「分けるということはわかるということ」というように、物事を構成要素にそれぞれ細分化し、体系的にまとめることは、新たな物事を学び、理解する上で非常に効果的である。

では、サッカーの分析という非常におおまかで抽象的な活動を、構成要素に細分化し、体系的にまとめてみる。

これが「アナリシスプロセス」である。

写真1:アナリシスプロセス

写真1は、我々のコースの教授であるBen Stanwayが著者である論文から引用した、「アナリシスプロセス」の全体像である。

図に記載されている通り、チームのパフォーマンスを向上させるための分析を、「What?」、「How?」、「When?」、「Where?」いう問を基に、5つのステージで構成されている。

そして、それぞれのステージが必要な理由を、「Why?」という問いを基に、実証的に論文の中で説明されている。

この図では5つのステージに分解されているが、実際に授業内や分析官として活動する際は、アナリシスプロセスを4つのステージに分解されていると考える。

それが写真1の図の右側に記載されている、
Plan」、「Capture」、「Synthesize」、「Feedback」である。

これら4つのステージで具体的に何をするのかは、分析官やチームによっても異なる。
そのため、分析官は自分なりのアナリシスプロセスを築き上げていく必要がある。

ここからは、私のアナリシスプロセスを例として用いながら、4つのステージで行うことをそれぞれ解説していく。

Planとは

英語で「Plan」とは「計画」という意味だ。
つまり、実際に試合の分析を始める前に行う「準備」や「計画」のことである。

個人的には、このPlanの質がアナリシスプロセス全体の質に最も大きな影響を与えると考える。

テスト当日の過ごし方よりも、それまでのテスト勉強の仕方が点数に大きな影響を与えるように、何事も準備をする段階が一番重要である。

では具体的に何を計画し、準備をするのか。

私のアナリシスプロセスを基に、3つ例を挙げる。

①監督やコーチと考え方を共有し、一致させる

コーチとしてどの様に振る舞い、どのようなコーチングをするのかを意味する「Coaching Philosophy」や、どのような戦術を使い、どのような試合展開を好むかを意味する「Playing Philosophy」は、コーチや監督によって十人十色である。

そのため、監督やコーチがどのような考え方をしているのか、どのようなプレーを求め、どのようなプレーを求めていないのかを理解することは、分析官として非常に重要である。

私の好きな英語の慣用表現の1つに、
「on the same page」(意味:考えや理解が一致している)という表現がある。

会議や授業の内容を全員が理解するために、同じページを見ている様子から生まれた表現である。

つまり、「Everyone is on the same page」の状態を作ることが求められる。

この作業をせずに分析をしてしまうと、監督があまり求めていないデータを集計してしまったり、監督が良くないと考えているプレーを良いプレーの例として提示してしまう可能性がある。

そのため常日頃、監督やコーチとコミュニケーションを取り、お互いの考えをすり合わせていく必要がある。

写真2:ウェールズ代表アカデミーのコーチ達と試合前にディスカッションをする様子

写真2は、ウェールズ代表アカデミーの試合に分析官として参加した際に、その日の戦術や着目したいポイントについてコーチ達と話し合っている様子である。

私が参加しているウェールズ代表アカデミーの活動は、1、2ヶ月に1度ほどしかなく、参加するコーチや選手もその日によって異なることが多い。

そのため、試合当日に初めて会ったコーチや監督の考えを試合開始までに理解する必要がある。

ウェールズ代表アカデミーの活動では、選手達が会場に到着する前にコーチや監督を含めたスタッフ陣だけでオフィスに集まり、コーヒーを飲みながら30分ほど談笑することがあるが、そのような時間が私達分析官にとっては非常に重要なのである。

②オペレーショナル・デフィニション(Operational Definition)の作成

オペレーショナル・デフィニションとは、サッカーにおける1つ1つのプレーに対して共通の定義を設けることである。

例えば、パスの成功の定義は何だろうか。
ボールが1人の選手から別の選手へと渡れば成功と捉える人もいれば、ボールが1人の選手から別の選手へと渡り、ボールを受けた選手がスムーズに次のプレーへと移ることができれば成功と捉える人もいるかも知れない。

このように、1つ1つのプレーの定義は人によって異なり、非常に曖昧である。

この問題に対応するために、チームとして定めた共通のプレーの定義のことをオペレーショナル・デフィニションという。

写真3:オペレーショナル・デフィニションの例

写真3がオペレーショナル・デフィニションの例である。
このように1つ1つのプレーの定義を文字に書き起こし、チームで共有をする。

オペレーショナル・デフィニションを作っていないと、試合中に成功したパス本数を数えた際に、人によって数え方に違いが生まれ、正確なスタッツを取ることが出来ないという問題が発生する。

これらの問題を防ぐためにも、オペレーショナル・デフィニションを設けることは非常に重要である。

③Live Coding用のタギングテンプレートの作成

スタッツを取ったり、重要なシーンを抽出することは、試合後だけでなく試合中にも行う事ができる。それがLive Codingである。

主な用途としては、監督がハーフタイムに選手に見せたいであろうシーンやスタッツを前半の内にいくつか抽出し、ハーフタイムにロッカールームのモニターを使って選手に見せることだ。

しかし、試合中にノートなどを使って自分の手でスタッツを集計したり、重要なシーンが起きた試合時間をメモするのはかなり難しい。
ましてや試合の撮影も同時に行うとなると至難の技である。

ここで私が使用するのがLive Coding用のタギングテンプレートである。

タギングテンプレートとは、試合中に起こる様々なプレーに対してタグ付けをするためのテンプレートである。

私は「Focus」という分析ソフトのアプリ版でタギングテンプレートを作り、Live Codingをしている。

写真4:Live Coding用のタギングテンプレート

写真4のように、あらかじめ監督やコーチが注目したいプレーやスタッツをリストアップしておく。

そして試合が始まると同時に、アプリのタイマーもスタートさせる。
あとは試合中に注目しているプレーが起きたら、そのプレーのタグを押すだけだ。
すると自動的にそのタグが押されたときの試合時間が記録され、後から簡単にそのシーンを見返す事ができる。

つまり、Planのステージでは、Live Coding用のタギングテンプレートを作成する必要がある。

試合前に監督と話し合ったり、試合前のロッカールームでのミーティング、試合前日に監督から選手たちに送られてくる戦術に関しての動画の内容を基に、タギングテンプレートをあらかじめ作成しておく。

以上3つが私が主にPlanのステージで行うことである。

これら3つのことに共通することは、監督やコーチの考えを理解し、共有することである。

意外かもしれないが、分析官はコミュニケーションスキルが非常に求められる。

どれだけ円滑にコミュニケーションを取る事ができ、監督やコーチの考えを理解することができるかが、分析官としての評価に大きく影響しているのではないかと私は感じる。

その点、英語が第二言語である私にとっては、強いウェールズ訛を話す人が多いウェールズという地での活動は、他の現地の分析官よりも求められる努力が多いのかもしれない。

Captureとは

英語で「Capture」とは「捕らえる」という意味だ。
では何を捕らえるのか。

アナリシスプロセスの文脈では、試合や練習映像を撮ることを意味する。

試合や練習の撮影は、分析官が担う重要な仕事の1つだ。
分析官として活動を始めたばかりの頃は、撮影作業が唯一の仕事であった。

では何故、試合や練習の映像を撮影する必要があるのだろうか。

答えは、「人間の脳はすべてを記憶することが出来ないから」である。

2008年にサッカーの監督を対象に行われた実験では、ほとんどの監督は試合中に起きたことの40%〜59%程しか覚えていないことが明らかになった。

つまり、選手たちに正確なフィードバックを送るには、人間の記憶力はあまりにも不十分であるということだ。

そこで分析官達はカメラ等の機材を使い、試合中に起きたことをできるだけすべて記録しておく必要がある。

では分析官たちは実際にどのような機材を用いて撮影をしているのだろうか。

撮影に必要な機材

  • カメラ

  • 三脚

  • SDカード

  • 録音マイク/ヘッドホン

これらが私が分析官として撮影する際に主に使用する機材である。

①カメラ

私が所属するPontypridd United U19とCardiff City WomenではSonyやPanasonicなどの一般的なビデオカメラを使用している。

写真5:撮影用カメラ

一般的なビデオカメラを使用するメリットとしては、カメラの画角、撮影したい場所、ズームイン、ズームアウトなどを、すべて自分の意志で行うことができることである。

一方デメリットとしては、試合中に撮影担当する分析官が常に必要であることだ。

基本的に分析官は1チームにつき1人から2人、多くても3人ほどであるが、一般的なビデオカメラを撮影用に使用するとなると、分析官の中の1人を必ず撮影担当に割り当てる必要がある。

この問題を解決することができるのが、近年日本でも普及しているスポーツ用AIカメラVEOである。

写真6:スポーツ用AIカメラVEO

VEOは、180度の画角をAIが自動で撮影をするスポーツ専用カメラである。

試合中はAIが自動でボールを認識し、追いかける。
試合後には、撮影されている180度の画角を見返す事ができ、ボールがある位置とは反対方向で行われたプレーも確認することができる。

しかしデメリットとしては、AIが正しくボールを認知出来ておらず、見当違いな場所を撮影し続けることが稀に起きることだ。

私の友達の分析官に聞いた話では、AIがスキンヘッドの審判の頭をボールと認識してしまい、常に審判を撮影し続けていたこともあったそうだ。

しかし、このような誤作動も技術の進歩と共に解消されていくことを考えると、将来、分析官が試合中に撮影を担当する必要はなくなっていくであろう。

また、私が所属するCardiff City Womenでは、練習をドローンで撮影することもある。

写真7:ドローンで撮影した練習映像

ドローンは最大150メートルまで飛行することができ、ピッチ上のどこにでも素早く移動することができる。

ピッチを真上から撮影することができるため、一般的なビデオカメラやVEOと比べると、ドローンからの映像での分析が最も簡単であることは言うまでもない。

余談ではあるが、写真7の赤チームのミッドフィールダーは私だ。
選手の数が足りない練習の場合は、分析官もプレーをすることを求められる。

分析官といえども、最低限走れてボールを蹴ることができる体を保っておくことは重要だ。

②三脚

カメラを用意したら、次に必要なのは三脚だ。
脚(pod)が3つ(tri)という意味から、英語ではtripodと呼ばれる。
カメラの高さを調整し、水平に安定させ、上下左右に動かすために必要な機材だ。

写真8:三脚

カメラの位置が低すぎたり、水平が保てていないと、後から試合を見返しづらいため、正しい高さと角度で撮影をする必要がある。

③SDカード

カメラで撮影した映像を保存し、パソコン等の媒体にデータとして移すために用いるのがSDカードだ。

写真9:SDカード

常に90分間の試合映像を保存出来るようにするためにも、SDカード内のデータは頻繁に削除しておくべきだ。

④録音マイク/ヘッドホン

私が所属するPontypridd United U19では、練習中のコーチの声を録音マイクを使って撮影することがある。

現監督は23歳という若さでUEFA Aライセンスの取得に取り掛かっており、UEFAに提出する用の練習映像の撮影を任されることが頻繁にある。

写真10:録音マイク/ヘッドホン

録音マイクは監督が手元に持つ方と、カメラに接続する方の2種類を使用する。
そして、ヘッドホンをカメラに接続することによって、監督の手元にある録音マイクで拾った音声をライブで聞くことが出来る。

練習後に映像を確認した際に、音声がうまく取れていなかったなどの問題を防ぐためである。


これらの機材を主に使用し、試合や練習の撮影を行う。
そして、これらの機材を用意したうえで、撮影作業の質に最も影響を与えるのが、撮影をする「ポジション」である。

ウェールズにあるほとんどのサッカースタジアムには、ガントリーと呼ばれる試合を撮影するための小さな塔のような建物がピッチ脇に設置されている。

写真11:ガントリー

ガントリーから撮影をすることにより、ピッチを上から撮影することができ、試合映像を見返しやすくなる。

しかし、写真11のようにガントリーとピッチが近すぎると、ガントリーの真下で起きるプレーの撮影が難しいことや、ガントリーにある黒いポールがフレームインしてしまうなどの問題もある。

一方で、イングランド2部リーグに所属するCardiff City FC のホームスタジアムでCardiff City Womenの試合を撮影した際には、テレビの中継用のカメラの横で撮影を行った。

写真12:Cardiff Cityスタジアムでの撮影

カメラを左右に動かさずにも、ピッチ上のほぼすべてを画角におさめることができ、機材や施設の充実さが分析作業に大きく影響することを改めて感じさせられた。

以上が、私がCaptureのステージで主に行うことと使用する機材等の説明だ。

Synthesizeとは

Synthesizeと辞書で意味を検索してみると、「統合する」や「合成する」と書かれている。

楽器のシンセサイザーが、電気を合成し音に変換するように、あるものを組み合わせて、人間が感知、理解出来るものへと移し替える文脈で使用されることが多い。

2004年にHughesとFranksによって書かれたスポーツアナリシスについての論文では、スポーツアナリシスにおけるSynthesizeを

”Transforming data and stats into meaningful interpretation."

と説明している。

日本語に訳すと、「データやスタッツを意味のある解釈へと変換すること」となる。

つまり、データやスタッツを集計しただけではただの数字であり、チームのパフォーマンス向上にはつながらない。
しかし、そのデータやスタッツをグラフにしたり、何かと比較したり、自らの仮説を証明するための材料として用いることで、初めてそれらが意味をなす。

この一連の活動を、アナリシスプロセスではSynthesizeと呼ぶ。

では、具体的にSynthesizeのステージで何をするのか。

①分析ソフトを使ったスタッツの収集

まずは、対象となる試合映像から必要なスタッツやプレーの映像を収集する。

ここで必要となるのが分析ソフトだ。
スタッツを集計したり、切り取ったシーンの映像を編集することが出来る。

Pontypridd United U19では「Focus」、Cardiff City Womenでは「Hudl」という分析ソフトを使用している。

Focusでは、スタッツを取るためのテンプレートを自ら作成するため、自由度が高い反面、使い方を理解するまでにすこし時間がかかる。

それに対しHudlでは、スタッツを取るための基本テンプレートがあらかじめ作成されており、使いやすい反面、自由度が低い。

今回は分析ソフトの基本となるFocusを用いて、スタッツの取り方を解説していく。

Planのステージで行う、「Live Coding用のタギングテンプレートの作成」の中でも紹介したように、試合中に起こる様々なプレーに対してタグ付けをしてスタッツを収集していく。

写真13:タギングテンプレート

こちらが私がスタッツ集計の際に使用するタギングテンプレートだ。
自分が集計をしたいスタッツやプレーシーンに合わせて、自由にテンプレートを作成することが出来る。

では、このテンプレートを使ってどのようにスタッツや特定のプレーシーンをタグ付けしていくのか。

写真14:Focusでのタグ付け画面

こちらがFocusでタグ付けをする際に開く画面だ。
画面右上に写真13のタギングテンプレートが見える。

例えば、「Pass + (H)」のタグを押すと、ホームチームがパスを成功したとしてカウントし、画面下のタイムライン上にも記載され、簡単にそのシーンを見返すことが出来る。

次に、ホームチームのコーナーキックの際に「Corner (H)」のタグを押すと、写真15の画面に自動で移り変わる。

写真15:ラベル

この画面はすべてラベルと呼ばれるページであり、コーナーキックなどのプレーの種類をラベル分けする際などに用いられる。

蹴られたボールはインスイングのカーブだったのか、ショートコーナーだったのか、ボールはどこに落ちたか、チャンスになったのかなど、1つのプレーの種類をラベル分けし、それぞれの種類の数をスタッツとして集計することが出来る。

集計したスタッツは、Matrixというページで集計したタグとラベルの数をそれぞれ確認することが出来る。

写真16:Matrix

このMatrixのデータをエクセルなどに変換し、グラフ化することも可能である。

②クリップの編集やグラフ等の作成

スタッツを集計した後は、それらをチームのパフォーマンス向上へとつながるものへと変換する必要がある。

その方法は大きく2つある。

  • クリップ等の映像編集

  • グラフ等の作成

クリップとは試合中の特定のシーンを切り取った映像のことを意味する。

例えば、英語でサイドチェンジを意味するSwitching playの成功シーンを切り取りたい場合、タギングテンプレートの「Switching from WB to WB+」を押すと、そのシーンがタグ付けされ、切り取られる。

そして、選択されたクリップはプレゼンテーションというページで編集をすることが出来る。

写真17:プレゼンテーションページでのクリップの編集

写真17のように、線を引いたり、空いているスペースを強調させたり、特定の選手を常にサークルで追いかけたりなど、サッカーの分析において必要な映像編集を自由にすることが出来る。

こうして作成したクリップ映像を、選手やコーチにフィードバックとして提示する。


次に、スタッツを基にしたグラフ等の作成である。

Pontypridd United U19では、毎試合のスタッツを以下のような表とグラフで表す。

写真18:試合の基本スタッツ
写真19:ファイナルサードエントリー回数

ボール支配率や、パス成功率、枠内シュート本数などをメインに、表やグラフを用いて表す。

また、ボールが何回相手のファイナルサードに侵入することができたかを、Tacticalistaという戦術ボードのウェブサイトを使い、視覚的に表す。

これらのグラフや表も、選手やコーチにフィードバックとして提示する。


データを集計し、選手やコーチに提示する際に意識するべきことは、データには2種類あるということだ。

1つ目は、Quantitative Data(定量データ)である。
Quantitative Dataとは、数値化して把握できるデータのことであり、サッカー分析のデータの場合、写真18や写真19のような回数や割合などの,
誰が測定しても値が同じになるデータを示す。

2つ目は、Qualitative Data(定性データ)である。
Qualitative Dataとは、良い/悪い、強い/弱いなどの、数値化や類型化が難しい言葉で表現されたデータのことであり、サッカー分析のデータの場合、良いビルドアップや悪いビルドアップなどの、クリップを用いて表すデータを示す。

1997年にVerhoefとCasebeerによって書かれた "Integrating quantitative and qualitative research" という論文によると、

Quantitative(定量データ)は因果関係の発見などに効果的であるのに対し、Qualitative Data(定性データ)は仮説や理論の発展や、意思決定やコミュニケーションなどの過程の説明などに効果的であるのだ。

これらを考慮したうえで、データを集計し、選手やコーチに提示することで、分析した内容がチームのパフォーマンス向上へとつながりやすくなる。

以上が、私がSynthesizeのステージで主に行うことと、分析ソフトの使い方の説明だ。

Feedbackとは

フィードバックとは、相手の考え方や実際の行動に対して指摘や評価を行うことである。

アナリシスプロセスの文脈では、コーチや分析官から、選手に対する情報の提示を意味する。

フィードバックにはIntrinsic Feedback(内在的フィードバック)Extrinsic Feedback(外在的フィードバック)の2種類がある。

Intrinsic Feedback(内在的フィードバック)とは、運動を実行する際に、運動者自身の感覚に基づいて自身の運動を評価・学習することであり、サッカーの場合、サッカー選手自身が自身の感覚に基づいて自分のプレーを評価・学習することである。

一方で、Extrinsic Feedback(外在的フィードバック)とは、運動を実行する際に、外部からの情報を基に運動を評価・学習することであり、サッカーの場合、選手のプレーに対してのコーチや分析官からの意見や、自身のプレー映像を後から見返すことである。

つまり、分析官が行うフィードバックはすべて、Extrinsic Feedback(外在的フィードバック)であるということだ。

では分析官が実際にどのようなフィードバックをチームや選手個人に対して行うのか。

分析官から選手や監督へのフィードバックは大きく3つに分類される。

  • 試合前

  • 試合中

  • 試合後

これら3つのフィードバックを、1つひとつ解説していく。

①試合前

Pontypridd United U19では、試合2日前に監督から選手に向けて、5分ほどの戦術に関しての動画がグループチャットに送られてくる。

写真20:動画でのフィードバック

これらはすべて、私と共に働くもう1人の分析官である、オーストラリア人のフィンが行った対戦相手分析を基に作成されている。

そして試合当日には、ロッカールームにある戦術ボードとモニターを使い、戦術や決まり事などの最終確認を行う。

写真21:ロッカールームでのフィードバック

これら2つのフィードバックが、私が現在分析官として試合前に行っていることである。

②試合中

分析官を始めたばかりの頃は、試合中にフィードバックを送る機会はなく、試合の撮影をガントリーからしているだけであった。

しかし今年のはじめから、もう1人の分析官のフィンのアイデアで、トランシーバーを使い試合中にベンチに居るフィンと会話が出来るようになった。

写真22:試合中に使うトランシーバー

それにより、試合中に私が気がついたことや、相手のフォーメーションの変化などについて、ライブで監督にフィードバックを送ることが出来るようになった。

ガントリーから試合を見ている私は、ベンチから試合を見ている監督やフィンよりもピッチを俯瞰して見ることが出来るため、相手の戦い方の変化や、自チームの改善ポイントなどに気が付きやすい。


そして、試合中に行うもう1つのフィードバックが、Live Codingを用いたハーフタイムでのフィードバックである。

Captureのステージでも紹介したように、監督がハーフタイム中に選手にフィードバックを送りたいシーンを事前に確認し、タギングテンプレートを作成しておく。

そのタギングテンプレートを使用し、前半に起きたいくつかの重要なシーンの試合時間を記録しておく。

前半が終了すると、急いでカメラからSDカードを取り出し、パソコンに前半の試合映像を転送する。

ガントリーから降りた後は走ってロッカールームに戻り、前半のうちにタグ付けしたシーンの試合時間を確認しながら、フィンと話し合い、選手に見せるシーンを1つから2つ用意する。

あとはパソコンとモニターをアダプターを使って接続し、選手たちに映像を見せる。

写真23:ハーフタイムでのフィードバック

監督は実際の映像を基に選手にフィードバックを送ることが出来るため、情報の確実性が高まる。
また、選手も自身のプレーを映像として確認出来るため、後半へのプレー修正の手助けとなる。

トランシーバーでのライブフィードバックと、Live Codingを用いたハーフタイムでのフィードバックを始めてから、私自身の試合当日の分析作業の満足度が確実に上がった。

右手でカメラを操作しながら、スマホで重要なシーンのクリップを取り、トランシーバーでフィンにフィードバックをする。
非常に大変ではあるが、その分やりがいもある。

③試合後

Pontypridd United U19では毎週火曜日に、Cardiff City Womenでは毎週木曜日に、アナリシスと呼ばれる週末の試合の振り返りを、監督とコーチ、全選手を含めて30分ほど行う。

分析官達はこのアナリシスに向けて、Synthesizeのステージで紹介したスタッツの集計やクリップの編集を行う。

少し話は逸れるが、Pontypridd United U19のアナリシスの資料の提出締切は火曜日の午後3時であり、Cardiff City Womenでは水曜日の午後3時である。

つまり私に与えられた時間は、日曜日の夕方に行われる試合後から、火曜日の午後3時と水曜日の午後3時までの、それぞれ約40時間と約65時間しかない。

そのうえ月曜日と火曜日には大学の授業があるため、分析作業を出来る時間は限られている。

つまり、いかに時間を捻出し、最低限の時間で最大限の分析作業が出来るかがカギとなる。

分析作業を始めたばかりの頃は、1試合の分析に10時間ほどかかっていたが、タギングテンプレートを工夫したことによって、スタッツを集計するだけであれば、90分の試合を90分間で終わらせることが出来るようになった。

成長を感じることができ、非常に嬉しい。

スタッツを集計し、写真18と写真19のような資料を作成すれば、あとはフィンが集めたクリップと合わせて、火曜日のアナリシスに向けての資料作りは終了である。

写真24:アナリシスルーム

アナリシスでは、このように選手が椅子に座り、監督が我々分析官が作った分析資料をモニターに映し、選手に週末の試合のフィードバックを行う。

Cardiff City Womenでも、同じようなことを木曜日の練習前にミーティングルームで行う。

残念ながら、これで私の仕事は終わりではない。
木曜日の午後5時30分からのPontypridd United U19の練習までにIDPスタッツを集計する必要がある。

IDPとはIndividual Development Plan(意味:個人の成長計画)の頭文字であり、人材育成における計画プロフィールのようなものである。

1人ひとりの選手の、「強み」、「成長過程」、「弱み」を2つから3つほどそれぞれ書き出し、コーチとともに短期、中期、長期目標を立て、目標実現に向けてアプローチをするといったものだ。

写真25:月間IDP Profile
写真26:週間IDP Profile

私は、Pontypridd United U19の全選手のIDPに関するスタッツ集計と、「長所」と「伸ばすべきポイント」の提示を担当している。

写真25と写真26は、私が作成したIDP Profileであり、毎週末の試合に対しての週間IDP Profileと、1ヶ月の振り返りとして使用する月間IDP Profile2種類ある。

これらのIDP Profileを用いて、選手個々人に対してのフィードバックを毎週行っている。

以上が、私がチームや選手個人に対して行うことが出来るフィードバックである。

最後に

これらが、アナリシスプロセスに基づいた、ウェールズで活動する1人の分析官のリアルな仕事内容である。

実際に分析官として活動を初めて1番の驚きは、分析官の仕事量の多さである。
基本的に休みの日は、1日中パソコンとにらめっこをしながら作業を淡々と続ける。

日曜日の試合後から、木曜日の夕方までの嵐のように忙しい日々を何とか生き抜き、また次の日曜日の試合へと準備を始める。

忙し過ぎるだろと思うことは何度もある。

それにもかかわらず、私は今週からもうひとつ新しいチームの分析を始める。

イングランド7部リーグに所属するCinderford Town FCのリモート分析だ。

ウェールズではなくイングランドのチームであること、育成年代ではなく男子のトップチームであること、私が目標にしている監督が現在コーチをしていることなど、自分の経歴にも経験にも、人とのつながりにもプラスになると考え、挑戦してみることにした。

幸せなことに、サッカーと分析作業が好きな人以外には、拷問のような日々がまだまだ続いていく。

確かに泣きたくなるほど大変なときもある。
しかし、それだけの経験をこの半年間でしたからこそ、今回このような記事を書くことができた。

ここから卒業までの2年半の間に、さらに多くの経験を積み、皆さんに面白いと思ってもらえる記事をたくさん書けるように頑張ろうと思う。

湯浅拓登








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