見出し画像

女子サッカーはより高度な戦術が必要

女子サッカーのニュースで最近話題になったのがバルセロナ対ヴォルフスブルクのCL準決勝での9万人を超える観客動員数でした。

男子サッカーでも9万人を超えることは稀で、トップトップの試合とは言えどこれだけのお客さんを集めたことは凄いことだと思います。ようやく女子サッカーにもスポットライトが当たり始め、今後は更に女子サッカーも男子サッカー同様に注目されるようになると、女子サッカーに携わった身としては嬉しいです。

女子サッカーの発展は私が指導しているウェールズでも急速に進んでいます。ウェールズサッカー協会は今シーズンから女子サッカーに力を入れ始め、女子U-19リーグの創設や女子サッカーで指導をしているコーチを対象としたコーチング講習会なども行われました。私は今シーズン、U-19の女子チームをヘッドコーチとして指導しました。新設されたU-19リーグにも参加して、素晴らしい経験をさせていただきました。

試合前のウオーミングアップ
女子ウェールズ代表U-15との練習試合

女子チームでの指導経験は新たな発見が多く、フットボールをより様々な角度から考える良い機会でした。今回は女子サッカー界に足を踏み入れたことで気づいた女子サッカーの特徴と今後の提言を書いていこうと思います。

女子サッカーと男子サッカーの違い

・ゲーム性

女子サッカーを指導してみて感じたことは男子における『サッカー』と女子における『サッカー』ではゲーム性が変わってくるのかなということです。

男子サッカーと女子サッカーではルールやピッチサイズなどの違いはありませんが、男子と女子では体格や身体能力の違いがあります。ですので、実際に女子サッカーの試合を見てみると、男子サッカーよりもピッチが大きく感じますし、ゴールやボールの大きさも男子に比べて大きく感じます。

例えば、ゴールに関しても男子に比べて「絶対にGKが止められないシュートエリア」がゴール内に存在します。ウェールズリーグではそのエリアにシュートを打つことに長けている選手がいて、私の友人との間では『ハメ技』と呼ばれるくらいです。男子サッカーではGKが楽々キャッチできるようなシュートも女子サッカーでは有効になってきます。となると、そのハメ技を止めるには相手にシュートを打たせないことが男子サッカーよりも重要になってくるので、いち早くボールホルダーにプレッシャーをかけなければいけないなどサッカーのゲーム性が男子比べて変わってきます。

・ピッチサイズ

ピッチサイズもゴールと同様な現象がおこります。身体的な観点(スピード、スプリント回数、スタミナなど)から女子サッカー選手のZOC (Zone of Control: 1人の選手がカバーや対応できるゾーン)は男子に比べて狭くなります。

男子のZOC

当然、選手によってこのZOCの範囲は変わってくるのでリバプールのファンダイクはZOCが広いと思います、女子選手の中にも男子レベルのZOCを持つこともあります。ですが、私の主観だと平均的に女子選手はZOCが50㎝~1m狭いように感じます。

女子のZOC

その結果、ピッチサイズは男子と同じですが、ピッチ内に生まれるスペースは男子よりも女子の方が多く、広くなります

攻撃においてはそのスペースを上手く使った方が効果的に得点に結びつけることができますし、逆に守備ではどうやって相手にスペースを与えない、使わせないかということを考える必要があります。

・身体能力の格差

女子サッカーは男子に比べて身体能力の差がチーム内、あるいは相手チームとの間で未だに大きなギャップがあると思います。例えば、身長や骨格、筋肉量なども大きな開きがあり、150cm台の選手もいれば190cmに近いような選手もいました。そうなるとフィジカルコンタクトやスプリント能力、アジリティ能力にギャップが生まれます。男子でも当然このギャップは存在しますが、女子ほど開きがないと思います。女子サッカーではピッチ上に同じカテゴリーでプレイしているとは思えないほど身体能力に開きがあったりするので、指導や試合中の采配では意識するポイントでした。

ウェールズではスピードスターを前線に起用する傾向があり、常に背後の脅威を出してきます。DFラインの背後にボールを送り、スピードを活かして裏に抜けたFWがGKと1vs1になるような場面は多々あります。なでしこジャパンが列強国と試合をした際やWEリーグでも1本のパスで背後に抜け出す場面が見受けられました。女子サッカーは身体能力において選手間で差が開きやすいことや、スペースが男子サッカーに比べて生まれやすいことが影響していると思います。

・キック力とボールの飛距離

男子サッカーと比べて女子サッカーは比較的ボールの飛距離が出づらい傾向にあると思います。これは女子サッカー選手の筋肉量が男子サッカー選手に比べるとやや少ないからだと思います。

実際に私が指導したU-19のチームではゴールキックでハーフウェイラインを超えることができる選手はいませんでした。私のチームのGKはPAからボールを外に出すことがやっとのレベルだったので、ゴールキックからショートパスを繋ぐ方法に切り替えましたし、ゴールキック時にロングキックをしたい場合にはある程度キック力のあるCBに蹴らせていました。また、フィールドプレイヤーも1本のパスでサイドチェンジすることができる選手もほとんどいません。これがトップチームの選手であったり、プロの選手ではキック力やボールの飛距離は伸びてくるとは思いますが、平均的に女子サッカーではボールが飛ばない傾向があります。

ですので、キックで飛距離を出せる選手は重宝されますし、そこにプラスαで精度やボールスピードを出せる選手は上のレベルに上がっていける現状がありました。(前提として、ボールの芯を捉えて正確にミートできる選手やロングパスがズレない選手は基本的に他の技術もしっかりしていることが多いので、上に行けることが多いです。)

女子サッカーへの提言

・ハイプレスは危険

ハイプレスというのは元々ハイリスクハイリターンな戦法です。成功すれば高い位置でボールを奪えことができますが、失敗すれば広大なスペースを使われる可能性が高いからです。女子サッカーでいうとハイプレスはリスクが大きすぎるというのが個人的見解です。もちろん相手の技術レベルや自チームの選手がどれだけの迫力(スピードや連動性)でプレスをかけられるかにもよりますが、ただでさえスペースが男子に比べて生まれやすい女子サッカーでハイプレスをかけることはリスクが大きいと思います。

例えばボールホルダーにプレスをかけた場合、女子選手がプレスをかける時のスピードが男子に比べて遅いので間合いを詰めきれないことが考えられます。また味方の選手がプレスに出た際に空いたスペースをカバーできる範囲の広さも男子に比べて狭まってきます。ハイプレスをかけることで選手の距離感が広がり、各選手の守備しなければいけないエリアが広がってしまうデメリットが大きいのではないかなと感じています。

ピッチを広く使ってボール保持されると寄せきれないことが多い

一方でボールを保持しているチームは男子と同様に適切な立ち位置を取り、正確な技術を持ち合わせて、適当な判断をすればプレスを回避できルト思います(これがサッカーで一番難しい部分ではありますが…)。プレスのスピードや強度は男子と女子に差があったとしても、判断のスピードは違いが生まれないと思うので、ハイプレスを回避することは男子に比べて比較的簡単なのではないかと思います。

また男子サッカーに比べて女子サッカーは身体能力の差が大きく、快速FWに簡単に背後を取られたり、サイドをぶち抜かれてしまうケースが多々あります。東京オリンピックでもなでしこジャパンがヨーロッパの快速FWに苦しむ場面がいくつかありました。女子サッカー選手の身体能力の向上は著しいですが、まだ選手の身体能力の差は開きがありDFラインの背後にスペースを作ってしまうと危険なのが現状です。そういった意味でもハイプレスはリスクが大きい作戦になると思います。

・守備時の7レーン

先程、女子サッカーではスペースが生まれがちというお話をしました。「スペースをどう扱うか」が女子サッカーでは試合を優位に進めるために重要な要素になってきます。男子サッカーではピッチを縦に分割した5レーンでスペース管理を行うことが多いのが現代サッカーです。というのも、1人の選手が管理できるスペースの横幅が約10m〜15mと言われており、大体5レーンで分割した時の幅と同等だからです。ここ最近では6レーンで考える人もいますし、ペップが率いているシティでは大外のレーンを更に二分割した7レーンで攻撃を仕掛ける考え方も出てきています。

私が女子サッカーで指導していて感じたことが選手1人ひとりのZOCが狭いので、7レーンで人の配置を考えた方が良いのではないかという点です。個人的に女子と男子の守備範囲を同等に考えることはとても危険だと思っていて、実際に私のチームでも4バックや5バックで守っていましたが、DFラインでスペースを埋めきれなかったり、カバーが間に合わない現象が多々ありました。私の感覚では下の図のように7人を横並びに配置すれば、男子の5バックと同等の守備範囲になると思います。なので女子サッカーでは7レーンで考える必要があると思います。

しかし、これはただ単純に選手を各レーン配置するということではありません。選手を各レーンに配置して並べた場合、7人を割くことになるので7-2-1や1-7-2のような1列目や2列目に人が不足して、アンバランスな陣形になってしまいます。

7-2-1では中盤(2列目)に大きなスペースが生まれる
横に揺さぶられると厳しくなる
またラインコントロールやスライドは人数が増えるので、連動することが難しくなる

その結果、バランスの取れた陣形を維持しながら、7レーンを守るには捨てるレーンを決める必要があります。

どのレーンを捨てるかというのは人によって様々な考え方があると思いますが、①個人的にはボールホルダーから1番遠いレーン②自ゴールから遠いレーン(大外のレーン)が一番合理的な考え方だと思います。あとは「何人のリソースをレーンを埋めるために割くか」を考える必要があります。これはチームの戦術や作戦によって変わってくると思うので、柔軟に考える必要があります。

・サイド圧縮

捨てたレーンを使用させないためにはサイド圧縮が効果的だと思います。女子選手でサイドライン際から逆サイドまでサイドチェンジできる選手はあまり多くはありません。7レーンで考えたときに、ボールサイドとは反対のサイドの2〜3つのレーンは捨てていても、そこまでボールを蹴れる選手が少ないので、(飛距離、精度、ボールスピードの観点から)問題ないと思います。

5バックでのサイド圧縮

サイド圧縮でボールを奪いにいけば上の図のように逆サイドの2つのレーンを捨てることができます。よりリスクをかけるのであれば4バックで逆サイドの3つのレーンを捨てれば、4バックでも対応することが可能だと思います。もし仮に逆サイドのレーンにサイドチェンジされたとしてもサイドチェンジのパススピードは男子と比べて速くはないですし、スライドすることで対応できると思うのでサイド圧縮が有効だと思います。

・レーンの移動

現代サッカーではレーン移動が攻守において頻繁に発生しますが、7レーンで守備を考えた時にレーンの移動(スライド)は欠かせません。7人を各レーンに配置しない限りは必ずスライドが必要になってくると思うので、ボールが動いた時に瞬時にチーム全体がボールの動きに合わせてスライドできると守備の安定性が出てくると思います。スライドのスピードと連動性はしっかりとチームに落とし込みたいポイントです。

・ポジショニングとパススピード

近年は女子の身体能力も著しく向上してきており、非常にハイレベルな試合が行われるようになってきました。しかし、まだまだ女子サッカーで物足りない部分があることも事実です。特にボールの飛距離やボールのスピードは向上していく必要がある点だと思います。

未だにノーバウンドでサイドチェンジできる選手が女子サッカーには少ないですし、ライナー性の素早いサイドチェンジを蹴れる選手は更に限られてきます。また、サイドチェンジの精度を加えた飛距離、スピード、精度の3つの要素が揃ったサイドチェンジを蹴れる選手はトップトップのレベルでもごく僅かだと思います。

仮に自チームの選手がサイドチェンジをできるのであれば、使っていけば良いと思いますし、そうでないのであれば違う戦い方を考えていく必要があります。一本のキックでサイドチェンジができないのであれば、経由地点を設けて逆サイドまでボールを運ぶ必要があります。ボールは人よりも速く動くことができるので、「いかに素早くボールを動かせるか」を女子サッカーでは考えることが1つのヒントになるかもしれません。男子にも共通して言えることですが、パススピードを高めることができれば相手の守備陣形の穴を突きやすくなるので、日頃のトレーニングで意識したいところだと思います。

また選手の立ち位置も気を付けたいポイントです。女子サッカーでは男子サッカーよりもスペースが生まれやすいので、適切な位置にポジショニングすることができれば攻撃しているチームが優位に立てると思います。ボールを素早く動かして空いているスペースやレーンから攻め込むことができれば得点する確率を上げることができると思います。

適切なポジショニングと素早くボールを動かして攻め込みたい

7レーンで考えた時に2〜3つのレーンは空いてくるので常にボールを保持している時には意識しておきたいところです。

5バックを相手でも空いているレーンがある


最後に

ここまでつらつらと私の推論を書かせていただきました。各国のサッカースタイルやリーグの特徴によって生まれる現象は異なってくると思いますが、ウェールズで指導した時には今回紹介したような特徴がありました。残念ながら、私が女子チームを指導している間にこれらの推論を試す機会がなかったのであくまでも仮説になってしまいます。また、自チームの持つ力や相手によっても戦い方は変わってくるので、一概にこういった推論の善悪を決めることはできません。

今回は私が感じた女子サッカーの特徴をもとに女子サッカーへの提言という形にさせていただきました。今回は「女子サッカーではスペースが生まれやすい」という考えをベースに様々な要素を考えた時に女子サッカーでは「スペースを使う/使わせない」という視点が戦っていく上で必要になってくると思います。ですので、より細かくスペース管理を行ったり、選手の立ち位置を考えていくことが大事になってくると思います。スペースを埋めきれないから無法地帯にしてしまうのではなく、高度な戦術を用いてゲーム性をもたらせることができると、より女子サッカーの深みや魅力が生まれるのではないかと思います。

近年急速に発展し続けている女子サッカーでビジネスとして成立させることや文化の構築、更には女子サッカーの根本的なレベルの向上は必須だと思います。その中で戦術的なアップデートは現代サッカーでは欠かせないテーマだと感じています。現代サッカーでは留まることなく戦術がアップデートされ続けているので、私の推論は目新しいものではないのかもしれませんが、女子サッカーを戦術的に捉える上で参考になれば幸いです。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


Twitter(蹴球Cymru):@CymruJp

Twitter(個人アカウント):@chacha2645

note(個人アカウント):Gyo Kimura

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?