腸内細菌とメンタルヘルスの関係性の研究【インターン生 正村優果の記録】Vol.2
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腸内細菌とメンタルヘルスの関係性の研究【インターン生 正村優果の記録】Vol.2

株式会社サイキンソーでインターンをしている正村優果です。

私は2019年の夏から研究プロジェクトを開始し、今回の記事ではその成果を報告します。この研究の背景については、私の過去のブログ記事「腸内細菌とメンタルヘルスの関係性の研究【インターン生 正村優果の記録】」をご覧ください。

はじめに

研究プロジェクトの目標は、抑うつ症状の自己評価尺度であるCES-Dの値が低いグループと高いグループの腸内細菌の違いを評価して、人間のメンタルヘルスに影響を与える細菌の要因を特定することです。

このプロジェクトにおける最初の重要なステップの1つは、類似したテーマの過去の研究について学ぶことでした。例えば、"Systematic Review of Gut Microbiota and Major Depression"というレビュー論文では,うつ病(大うつ病性障害、MDD)の人と非うつ病(健康な対照群、HC)の人とでは腸内細菌の特徴が異なると主張する、いくつかの関連研究が紹介されています(Cheung SG., et al. 2019 DOI: 10.3389/fpsyt.2019.00034)。その中には、"Altered fecal microbiota composition in patients with major depressive disorder"(Jiang H., et al. 2015 DOI: 10.1016/j.bbi.2015.03.016)や"Gut microbiome remodeling induces depressive-like behaviors through a pathway mediated by the host's metabolism"(Zheng P., et al. 2016 DOI: 10.1038/mp.2016.44)などの研究があります。一方で、"Correlation between the human fecal microbiota and depression"  (Naseribafrouei A., et al. 2014 DOI: 10.1111/nmo.12378)のように、HCとMDDの分類に違いはないと主張する論文もあります。

このように、HCとMDDでは細菌組成に違いがある、あるいはないという両方の主張をしている研究があります。私の研究では、仮説を元に実験を行うのではなく集積した計測データから特徴を抽出するデータ駆動型のアプローチをとり、サイキンソー社に集まったデータがどちらの主張を支持するかを確かめました。


データ解析に用いたサンプル

データ解析には、腸内細菌叢検査サービス(Mykinso)によって集まったサンプルのメタ16Sシーケンスデータを使用しました。採取したサンプルの中には同一人物のものが複数含まれている可能性がありますが、個人に紐付けるIDやラベルがないため、すべてのサンプルは独立のものとして扱いました。

サンプルは、Center for Epidemiologic Studies Depressionが開発したうつ病スクリーニング用の尺度であるCES-Dスコアに基づいてグループ分けしました。(Radloff LS. 1977 DOI: 10.1177/014662167700100306)
CES-Dテストは、20の質問に基づいており、解答によって0から60の範囲のスコアが算出されます。16以上のスコアはうつ病の傾向ありとされるテストの基準に基づき、サンプルをCES-D低値(スコア0〜15)とCES-D高値(スコア16〜60)の2グループに分けました。過去の類似研究と異なり、臨床診断に基づくものではなく、CES-Dのスコアのみを基準としました。つまり、解析の結果はサービス利用者個人のCES-Dテストへの解答に依存するということです。

サイキンソーでは、厚生労働省のガイドラインに従ったうつの評価基準であることから、CES-DテストをMykinsoのサンプル採取時アンケートに含めています。

Mykinsoによって収集されたデータのうち、アンケートの結果からCES-Dスコアが算出できたのは3782サンプルでした。

次に、データのプロットとグラフ化のためのデータを選抜しました。腸内細菌に影響を与える他の要因を取り除くため、アンケートの解答で以下の質問に「はい」と解答されたサンプルは除外しました。

・現在治療中、または、過去に治療済みの慢性疾患・持病はありますか?
・今までにヘリコバクター・ピロリ菌の治療を受けたことがありますか?
・最近5年間で大腸がん/大腸ポリープと診断されたことがありますか?
・この3ヶ月間で、細菌性の腸炎と診断されたことはありましたか?
・現在服用中の薬はありますか?(かぜ薬などの市販薬も含む)
・最近1ヶ月以上、定期的(週4日以上)サプリメントを利用していますか?
・ここ3ヶ月間で、下剤を飲まなくても、泥のような便、または水のような便がでることはありましたか?
・ここ3ヶ月間、あなたは便秘がち(3日以上排便がない)だと思いますか?
・便採取前3ヶ月以内で抗菌薬を摂取しましたか?

両グループの最終的なサンプル数は472で、CES-Dが低いグループが407(86.23%)、CES-Dが高いグループが65(13.77%)でした。


解析方法

得られたデータを以下の4つの方法で解析しました。解析には細菌叢の配列データ解析ソフトウェア QIIME2 (ver. 2020.02) を用いました。QIIME2 を実行するパイプラインは Common Workflow Language で記述され、GitHub で公開されています。

●サンプルに含まれる細菌叢のグループ間の構造の違いを調べる
 ・棒グラフ: サンプルごとの細菌組成の違いの可視化を試みました。
 ・ヒートマップ: 細菌組成が類似したサンプルをクラスタリングすることで、グループ間の細菌組成の違いの可視化を試みました。

●グループ間で特異的に異なる細菌を見つける
 ・ANCOMによるグループ比較(多変量解析): 2つのグループの間で存在量が有意に異なる特定の細菌を見つけることを試みました。ANCOM の詳細については日本語で解説されたブログ記事を参照してください。


結果:CES-Dスコアが低いグループと高いグループの比較


棒グラフ
棒グラフの結果を目で確認するだけでは、2つのグループ間に差は認められませんでした。サンプル中で多数を占める細菌の構成は、全てのサンプルで傾向が一致しているようでした。

門レベル

門レベル

属レベル

属レベル


ヒートマップ
サンプル数が多いため、CES-Dの高いグループと低いグループの違いを見分けることは困難でした。既存の研究ではHC/MDD間を比べたヒートマップで明確な構成の違いを見出していましたが、今回のデータでは同じような違いは見られませんでした。

門レベル

ヒートマップ_門レベル

属レベル

ヒートマップ_属レベル

グループ比較
ANCOMの結果から、CES-Dスコアが高いグループで、Veilonella属と Streptococcus属の細菌の存在量がCES-Dスコアが低いグループよりも有意に多いことが示されました。


結果:CES-Dスコアの低いグループと高いグループの比較(中間値なし)

サンプルをグループに分割した際に用いたCES-Dスコアは、個々人の質問への解答を元にしています。質問の解釈が人によって異なる可能性を考慮すると、基準となる16点の前後のスコアは質問の解釈が異なれば別のグループに分類されるかもしれません。そのため、両極端のスコアだけを比べるために、CES-Dスコアが中間域(11-20)にあるサンプルを除外し、細菌組成の違いがより明確になるかを調べました。全サンプル数は340で、CES-Dが低いグループ(10以下)が312(91.76%)、CES-Dが高いグループ(21以上)が28(8.24%)となりました。今回のANCOMデータでは、Streptococcus属1種、属不明の細菌1種の計2つの細菌分類が、スコアの高いグループで有意に多く存在していました。このうち、Streptococcus 属のものが中間値を除外する前と後の両方で差を示す結果になりました。


考察

CES-Dスコアが10-20のサンプルをカットした場合とカットしなかった場合のいずれにおいても、CES-Dが高いグループには低いグループと比較してStreptococcus属の細菌を多く含むサンプルがあるようでした。

過去の研究結果と比較すると、我々の結論を支持するデータがいくつか見つかりました。例えば、先に紹介したレビュー論文"Systematic Review of Gut Microbiota and Major Depression"の表3には、そのデータがまとめられています。私が特に注目したのは、Linらによる研究です(Lin P., et al. 2017 DOI: 10.1016/j.jad.2016.09.051)。彼らの研究では、20人(MDD10人+HC10人)の糞便サンプルを分析しています。その結果、MDDのサンプルでは、Streptococcus属が増加していることが示されています。

Streptococcus属と精神疾患についての関連性は、他の分野でも報告されています。例えば、Leslieらの研究、"Neuropsychiatric Disorders Associated with Streptococcal Infection: A Case-Control Study among Privately Insured Children"では,Streptocuccus属の細菌感染症が小児の精神疾患のリスクを高めることを示唆しています (Leslie DL., et al. 2008 DOI: 10.1097/chi.0b013e3181825a3d)。この情報は、米国国立精神衛生研究所のウェブサイトで、PANDAS(Pediatric Autoimmune Neuropsychiatric Disorders Associated with Streptococcal Infections, 溶連菌感染症関連小児自己免疫性神経精神疾患の略)として一般に公開されています。

一方で、グループ比較によって見つかったVeillonella属については、私たちのデータから得られた結論を支持する研究結果と、反対の研究結果の両方が見つかりました。同じく、レビュー論文 "Systematic Review of Gut Microbiota and Major Depression "の表3には、それらの結果がまとめられています。私が特に注目したのは、Jiangらが主導した研究です(Jiang H., et al. 2015 DOI: 10.1016/j.bbi.2015.03.016)。彼らの研究では、76人(MDD46人+HC30人)の糞便サンプルを分析しています。その結果、MDDのサンプルではVeillonellaceae科の含有量がHCに比べて減少し、A-MDD(active MDD)のサンプルではVeillonellaceae Megamonusの含有量が増加していることがわかりました。反対に、Zhengらのグループの研究では、マウスを使った研究であるものの、Jiangらの研究結果と反対の結果が得られています(Zheng P., et al. 2016 DOI: 10.1038/mp.2016.44)。Zhengらの研究では、121匹のマウス(MDD58匹+HC63匹)のサンプルを16S rRNA遺伝子シークエンスで分析しました。その結果、Veillonellaceae Megamonusの存在量が減少していることがわかりました。


今回解析した我々の結果では、中間値を除かずに比較した場合に Veillonella属の存在量がCES-Dスコアの高いグループで増加していることが示されています。

このように、過去の研究結果と一致する結果とそうでない結果が得られましたが、他の研究ではうつ病(A-MDD、R-MDD)と診断された患者のデータを用いているのに対し、この研究ではCES-Dのスコアのみを用いていることが明確に違います。そのため、過去の研究と単純に比較することはできません。

より多くの人がサイキンソーのサービスを利用してより多くのサンプルが集まれば、さらなる研究が可能になると思います。例えば、同一人物の健康状態を年1回の検査で追跡するようなプロジェクトを行えば、より信頼性の高い結論が得られるかもしれません。より多くのサンプルによって今回の結果が支持されれば、CES-Dスコアに加えて、腸内細菌のデータを使って、精神的な健康状態をモニターする、より精度の高いシステムを開発できるかもしれません。また、今回の結果に食習慣のデータを合わせて分析することで、食生活とメンタルヘルスの関係を理解できる可能性があると考えています。

今回の結果は、サンプルの数やCES-Dスコアを用いたグループ分けによって、メンタルヘルスと腸内細菌の直接的な関係性を示すには限界があります。しかし少なくとも、過去の研究でも見出されている Streptococcus属とVeillonella属の2つの分類に注目して研究を進めることで、人間の腸内細菌とメンタルヘルスの関係をより深く理解することができると考えています。


<この記事の執筆者>
正村優果
2020年夏より、インターン生として、サイキンソーに蓄積された腸内細菌叢のデータ解析を担当。アメリカのコネチカット州にある The Hotchkiss School というボーディングスクールを卒業。この秋にはBoston UniversityにTrustee Scholarとして進学し、美術と科学を学ぶ予定。


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腸内フローラ検査サービス「Mykinso(マイキンソー)」の株式会社サイキンソーです。https://cykinso.co.jp/