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腸内細菌とメンタルヘルスの関係性の研究【インターン生 正村優果の記録】

 こんにちは、株式会社サイキンソー インターン生の正村優果です。

現在、アメリカのコネチカット州にある The Hotchkiss School というボーディングスクールの3年生です。学校のカリキュラムとは別に、ヒト腸内細菌叢に関する研究をしています。

今回、2020年の夏休みの間、インターン生として、サイキンソーに蓄積された腸内細菌叢のデータ解析をさせていただきました。その様子をブログでお伝えしたいと思います。


研究を始めたきっかけ

 2018年に、ニュージーランドで行なわれた The New Zealand Brain Bee Challenge (NZBBC) という高校生向けのコンテストに参加しました。これは、脳とその機能、神経科学の研究とキャリアについて学び、神経科学や精神疾患についての誤解を払拭するという目的で開催されています。このコンテストへの参加をきっかけに、人の健康に関わる科学に興味を持ち始めました。ニュージーランドでの滞在中には St. John というニュージーランドの国民に医療サービスを提供する慈善団体の学生プログラムで応急処置を学び、のちに緊急医療対応者の資格も取ることもできました。

 さらに2019年3月、the Marine Biological Laboratory というマサチューセッツ州にある研究機関に、1週間の学生研究プロブラムで滞在する機会がありました。プログラムでは CRISPR-Cas9 を使った実験や蛍光イメージングを行ったり、研究所のあるウッズホール地域の海洋生物や蝶の羽のパターンなどを学ぶ機会がありました。

 これをきっかけに研究に興味を持ち、日本の高校生向け科学研究プログラムに参加しました。そのプログラムを通して、ライフサイエンス統合データベースセンター( https://dbcls.rois.ac.jp/index.html )の大田達郎さんに話を聞いていただき、大田さんにメンターになっていただくことになりました。

 まず最初は研究のトピック探しから始めました。2019年の夏休みには日本で色々なアカデミックイベントに参加して、バイオインフォマティクス分野の研究者の方々や、企業経営者の方、ソフトウェア開発者の方々とお話をしました。お会いした方々にフィードバックを頂きながら、自分が何に興味があるか、何を突き止めたいかを考えました。

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(写真はバイオインフォマティクスの研究会 SPARQLthon で研究のアイディアを発表した時の様子)


健康を保つための生活習慣

 最初は研究を通して人を助けたい、という意思を持って研究のトピックを探していました。自分の興味がある生物、美術、メンタルヘルス、心理学を手がかりに、研究のアイデアのブレインストーミングを行いました。

その中で、色々な国で生活した私自身の経験から、様々な種類の食物が人間の健康にどのように影響するかについて興味を持ちました。そこで私の研究の3つのキーワード、「健康」「食物」「遺伝子の研究」が浮かび上がりました。これらのキーワードを中心にいくつかの研究アイディアを書き留めました。

その中の一つは食生活などの生活習慣で病気になることを防ぎたいということでした。ある食物が健康や病気からの回復に良い、というフォークロア(風習)は、色々な国にあります。たとえば、「ミョウガを食べると物忘れをする」「発酵食品は体に良い」「お茶をよく飲む地域の人は口腔内が健康」「ニュージーランドで知られるマヌカハニーなどのナチュラルフードを食べると健康になる」のようなものです。これらは本当に因果関係があるのか?科学的に検証できるのか?ということに興味を持ちました。

 さらに、様々な分野の方のお話を聞く中で、多くの研究者が細菌叢、マイクロバイオームの研究に集中していました。そのため、さまざまなマイクロバイオームとそのバランスが、私たちの健康にどのように影響するかについて考えるようになりました。

例えば、2019年の夏に参加したイベントでは、乳酸菌の量が、妊娠、さらに母親とその子供の健康にどのような影響を促すかという話を聞きました。このような健康と細菌叢の研究について調べていく中で、「脳腸相関」というトピックを知り、研究に取り組むことにしました。

脳腸相関とは何か

 DNAシーケンス技術の進歩によって腸内細菌の分類分析が盛んに行われています。ヒト腸内で共生する微生物に関する多くの研究のいくつかで、腸内細菌叢と宿主の行動との間に様々な関係が発見されています。その中で興味深いものに「腸内細菌叢の違いが情動に影響する」という研究があります。

 スウェーデンにあるカロリンスカ研究所では、マウスの行動と腸内細菌叢についての研究が行われました。Dr. Heijtz のチームは、腸内から細菌を取り除いたマウス( Germ free mice, GF )が攻撃的で、不安定な行動パターンを見せる事を発見しました。
 ( Heijtz RD., et al. 2011 DOI:10.1073/pnas.1010529108 )

腸内細菌叢が正常なマウスと、腸内細菌を導入されたGFマウスは正常な行動パターンでした。これは腸内細菌の有無が、マウスの行動に影響を与える可能性を示しています。

 腸内細菌と宿主の精神の関係を調べた研究には、糞便移植に関わるものもあります。糞便移植とは、健康な人の便から抽出された細菌を別の人に移す(投与する)ことで、クロストリジウム・ディフィシル腸炎などに有効な治療法であると言われています。
 ( Moayyedi, P., et al. 2017 DOI: 10.5694/mja17.00295 )

 Dr. Evrensel らは、糞便移植が慢性疲労症候群などの精神疾患の治療法の候補になると述べています。
( Evrensel A., et al. 2016 DOI: 10.9758/cpn.2016.14.3.231 )

この研究では、糞便移植を行った43人の慢性疲労症候群患者のうち、15〜20年後には43人中の12人が完全に回復し、他の5人は慢性疲労症候群の症状を短期間経験しなくなったことが示されています。

 このような研究の背景にあるのが、脳と腸の間の双方向的な関連である
脳腸相関( Brain-gut axis )です。脳腸相関は脳と腸管の間の双方向のコミュニケーションシステムを指しており、脳の感情と認知の中心を、腸の周縁部の機能と繋げています ( Jenkins T., et al. 2016 DOI: 10.3390/nu8010056 )。この脳と腸の双方向のフィードバックの存在により、腸内細菌が変化することでメンタルヘルスの状態が改善するかもしれないと考えられています。

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(画像は Jenkins, T., et al. 2016 DOI: 10.3390/nu8010056 より引用)


 現在、新型コロナウイルスのパンデミックや、自然災害、人種差別など様々な問題が、多くの人にとってストレスになっています。また、日本はストレスの多い社会であるとも言われています。食事の改善や、糞便移植などの細菌叢を変化させる処置によって、精神状態の向上や鬱病の状態を改善することができるかもしれません。私は研究を通して、この問題に貢献したいと思っています。

サイキンソーのデータを使ってファクターXを見つける


 メンタルヘルスへの細菌叢の影響を知るためには、健康な人とメンタルに問題を抱える人との間での腸内細菌の違い、ファクターXを知る必要があります。メンタルヘルスに影響を与えるファクターXは、特定の腸内細菌の存在の有無、あるいは全体のバランス、細菌叢の組成や多様性など、様々な可能性があります。

これまでの研究では、メンタルヘルスの状態の違いによって、腸内細菌の構造に違いがあったという研究結果と、違いは見出されなかったという研究結果の両方が報告されています。
 ( Jiang, H., et al. 2015 DOI: 10.1016/j.bbi.2015.03.016,
Naseribafrouei, A., et al. 2014 DOI:10.1111/nmo.12378)

今回、サイキンソーに蓄積されたデータを解析することによって、このファクターXを見出し、応用のためのベースを確立することを目指しています。


解析に使うデータの準備


 まずは、蓄積されたサイキンソーのデータから、今回の研究の目的に合ったデータを準備する必要がありました。今回は、Jupyter Notebook というデータ分析に用いられるソフトウェアと、Python というプログラミング言語を使ってデータの分析を行いました。

サイキンソーで収集した腸内細菌のデータには、サンプル提供者(Mykinsoサービス利用者)のアンケートの回答が付随しています。このアンケートの中に、CES-Dと呼ばれるテストがあります。CES-Dとは、The Center for Epidemiologic Studies Depression Scale の略称で、米国の国立精神保健研究所が開発した、抑うつ症状の自己評価尺度です。

 まず、収集されたデータのうち、CES-Dの回答がないものを除外しました。残ったデータについて、アンケートの結果から、サンプル提供者ごとのCES-Dのスコアを算出しました。その結果、3782サンプルが手元に残りました。
この中から、健康な人と比較して腸内細菌叢が変化する原因をメンタルヘルス以外に持っている可能性のあるサンプルを除外しました。利用したアンケート項目と、各項目の条件に合致したサンプルの数を次に示します。

1. 慢性疾患あり (1281サンプル)
2. ヘリコバクター・ピロリ菌治療経験あり (508サンプル)
3. 過去に大腸がん診断あり (245サンプル)
4. 直近に細菌性腸炎の診断あり (53サンプル)
5. 除外して手元に残ったサンプルの数は2105でした。


この2105サンプルにおけるCES-Dスコアの分布を可視化したものが以下です。

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この2105サンプルを、CES-Dのスコアによって、抑うつ症状が強いグループ(A)とそうでないグループ(B)に分けました。グループAには462サンプルが、グループBには1643サンプルが残りました。

解析に使うデータの内訳


 参考のために、腸内細菌の変化に影響しそうな項目を使って、以下の4つの項目についてサンプルの内訳を調べました。

1. 現在服用中の薬の有無
 ・ある: 389
 ・ない: 1691
 ・無回答: 25

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2. 最近1ヶ月以上、週4日以上常用するサプリメントの有無
 ・ある: 758
 ・ない: 1347

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3. 過去3ヶ月間の水様便の頻度
 ・いつも(3分の2以上): 70
 ・ある(3分の2以下): 718
 ・ない/めったにない: 1317

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4. 過去3ヶ月間に便秘がち(3日以上排便がない)ですか
 ・はい: 383
 ・いいえ: 1722

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これらは必要に応じて解析するサンプルの中から除外する予定です。


今後の予定


 抑うつ傾向にある人のグループと、健康な人のグループの間で、腸内細菌に変化がないかどうかを調べます。抑うつ傾向にある人に多い、または少ない菌種を見つけること、または構造の違いを見つけることが目標です。抑うつ傾向にある人の菌叢の特徴を見出して、健康のために役立つ治療や生活習慣の変化に繋げたいです。

インターンの感想


 このインターンを通して、自分の興味から立ち上げた研究を、実際のデータを使って進めることができました。最初は様々な論文を読んで得た知識を実際に使えるかどうか自信がなく、結果を出せるかと不安に思っていましたが、データ解析をしたりこのブログを書いているうちに、不安よりも楽しみや好奇心が溢れ始めました。

さらに、初めて使う Jupyter notebook やプログラミングなどの技術や、わかりやすいブログの書き方、目的に向かって作業するというスキルを学ぶことができました。

また、調べたことやまとめた資料を使わないのはもったいないという考えでは研究は進められないということ、不明な点があれば躊躇わずに聞くということも学びました。

そして何よりも、自分の興味や「研究を通して人を助ける」という最初の目標に少しずつ近づいているのが感じられ、今後研究を続けるのがとても楽しみです。株式会社サイキンソーさん、貴重なインターンの機会をくださってありがとうございました。最後に、メンターとして支えて下さり様々なことを試したり学んだりする機会を与えてくださって、自信をつけていただいた大田さん、本当にありがとうございました。研究はもちろん、研究の外の事でも楽しくしてくださる大田さんがメンターでいてくださり、とても感謝しています。

今回のインターンで得た研究の楽しみと好奇心を持ちながら、引き続きサイキンソーのインターンとして研究を継続させていただきます。