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ベジタリアン、ヴィーガンと多様性④交差性

3.交差性=インターセクショナリティ


 前回見たように、菜食の実践を哲学思想に基づくものと捉える見方は、欧米や英語圏を中心に形成されてきたものです。したがって、もしヴィーガンなどの菜食を実践する理由は常に倫理的なものだと断じてしまうなら、それは西洋以外の様々な地域で脈々と続いてきたプラントベースの実践を覆い隠してしまいかねず、差別的な白人・西洋中心主義を助長することになりえます。

 ただし、それによって倫理的な菜食を否定するのではなく、動物の正義と人間の正義を両立するような道を探ってゆく必要があります。

 アメリカなどで社会的に低い地位に押しとどめられている黒人女性は、もともと不健全な食環境を強いられているために、動物の権利といった理由よりもむしろ糖尿病や子宮筋腫などを防ぐ目的で積極的に菜食を取り入れるという調査があります[14]。さらに畜産場や屠殺場は低所得者層コミュニティに偏って位置していて、周辺地域で暮らす人々はそこから垂れ流される土地と水の汚染や病気に苦しみます[15]。黒人やヒスパニックの人々が多いアメリカのノースカロライナ州では、畜産場から出される排泄物によって水系が汚染され、人々は頭痛、抑うつ、呼吸器疾患に悩まされています[16]。

 また菜食を哲学思想とのみ捉えることは、学問の場から追いやられてきた女性たちの役割を無視する性差別を助長してしまう危険も孕んでいます。実際に、動物倫理研究の発展に様々な女性の学者たちが貢献してきたにも関わらず、彼女らの存在は軽視されてきました。
 例えば、アメリカの女性作家キャロル・アダムズは、1990年に『肉食という性の政治学』を著し、肉を食べることと男らしさ、動物への暴力と女性への暴力のつながりを指摘しました[17]。肉食の実践には、種差別と性差別の両者が関わっていると主張したのです。

 日本においても、食物の消費=食欲と女性の身体の性的消費=性欲の重なりは「フードポルノ」という言葉で表され、女性の身体を性的に映すことで食欲をそそるなど特にテレビのCMなどの広告に見られてきました[18]※4。男らしさ=男性性と肉を食べることに関しても、日本で肉料理が男性的とみなされるなどそのつながりを示す研究が近年に出されています[19]。保護活動など、動物のために行動する人の多くは女性である一方、動物を虐待する人の多くは男性であるという調査もあります[20]。菜食を実践する人の多くが女性であるのも、こうしたジェンダーによる違いが背景にありそうです。

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[図]交差性=インターセクショナリティ

 交差性=インターセクショナリティ、という言葉があります。「差別や抑圧の重なり」という意味で、例として環境破壊と人種差別の重なりである「環境レイシズム」が挙げられます。先ほど述べた有色人種地域への汚染の偏在など、環境汚染の被害が「人種差別」を要因として不平等なかたちでもたらされること、これが環境レイシズムです[21]。 他にも、性差別、種差別、階級差別、障害者差別、ユダヤ人差別、外国人差別などに代表される様々な差別や抑圧が相互に重なっていることを指したものが、交差性です。

 この交差性という観点を取り入れることによって、プラントベースの実践を単なる食の選択ではなく、性差別に反対するフェミニズム、反レイシズム、反種差別、気候・環境正義などの社会正義運動の一環として捉えることが可能になるのです。

<注>

※4性差別的だと批判されてた食品CMとして以下のようなものがあります。
「うなぎのうなこ」2016
「涼・宮城の夏」2017
「サントリー頂CM 絶頂うまい出張」2017
「日清食品CM集1977~1995」

<参考>

[14]Harper, A. Breeze.(2011)“Going Beyond the Normative White ‘Post-racial’ Vegan Epistemology.” Taking Food Public: Redefining Foodways in a Changing World, edited by Psyche Williams Forson and Carole Counihan, Routledge, pp. 155–174.
[15]Macneil, Caeleigh’(2016)"Hog waste threatens North Carolina's rural poor". The (Duke) Chronicle.
[16]Peach, Sara(2014) "What to Do About Pig Poop? North Carolina Fights a Rising Tide". National Geographic.
[17]アダムズ, キャロル・ J (1996)『肉食という性の政治学―フェミニズム-ベジタリアニズム批評』鶴田静訳 新宿書房
[18]竹井恵美子(2000)『食とジェンダー』ドメス出版
[19]野林厚志編(2018)『肉食行為の研究』平凡社
[20]ハーツォグ, ハロルド・A (2011)『僕らはそれでも肉を食う』山形浩生ほか訳 柏書房
[21]「環境レイシズム―環境問題と人種差別問題の根っこはつながっている」エコネットワークス 2020/6

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