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 酸素マスクの呼吸が苦しそうで、これを何年も続けるのかと思うと、私は、頑張らなくていいと声をかけ、家族から非難された。

この先、頑張って何かいいことがあるのか?

介護施設に入ってからというもの、いや、その前からか、私は、母の笑っている顔を思い出せないでいた。

あまり、出来た息子ではなかった。いい年になってからも怒られてばかりいた気がする。子供だったころからの記憶を辿っても、なかなかそれは、おもいだせず、私はなぜか、最近、そればかり探していた。

たまたま整理していたキャビネットから、フィルムと現像された数十枚の写真が見つかった。全く記憶から抜け落ちていたのだが、私の子供と一緒に上野動物園にでかけた写真だった。

遠い記憶は一枚の写真によって呼び戻された。

「撮ってあげるから、こっちむいて!」

その時、レンズ越しにみた母は、照れながら、ピースサインをだして笑ったんだった。

ちょうど、双子の娘の誕生日に出てきたそれらは、家族のLINEにコピーされ、大きく盛り上がりを見せた。誰が、撮ったんだろうねと、言い合っていたが、なぜか、私が撮ったとは、言わなかった。変な予感がした。

次の日の早朝、日課のランニングを終え、一息ついたところに、その知らせがきた。

そういうことか。最後に、私の探していたものを見せてくれたんだね。先に逝ってる父に会うには、年をとりすぎたものね。わかるよ、わかる。

祭壇には、今の年齢より、若かった母が笑っている。さすがに、ピースサインは、修正したけどね。

今まで、ありがとう。


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