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【日々】酒・夢・旅|二〇二三年一月




二〇二三年一月二十四日

 会社を出ると凄まじい暴風に冗談抜きでよろめきそうになった。しかも凶悪なまでに冷たい。風が凍りついている。悲鳴をあげたい気分でそれでもアメ横へあるいてゆく。

 冷風にふきさらされてひどい顔でタバコを吸っている東村と落ちあい、安居酒屋に飛び込む。物書きごっこ二人の、定例打ち合わせという趣向である。互いにおのれの道行きに懊悩しながら、素直にしんどいと吐き出し、ふだん爛れたところにあてている包帯も解き放って、束の間酒を呑み、未来のささやかな楽しみに舌鼓を打つ。そしてその代金は、二人で作った本を売り払って出来た金で賄う。こんなに愉快なことがあるだろうか。

 東村は、自分を偽ることが巧いのだという。良くも悪くもそうかもなと思う。できることなら、わたしがみている東村愚太は、ほんとうのかれにできるだけ近いものであったらいいなともおもう。



二〇二三年一月二十五日

 小鳥書房の落合さんが少しの間店をやすむことにふれて、存続も含めた店の在り方に悩んでいると仰っているのを目にしてハッとした。なくなるかもしれないなんて、不思議なことにふだんは考えていないけれど、どんなことにもいつか終わりが来るし、その時はいつだって突然だろう。出し惜しみをしていないで、好きなものならできる限り、おもう限り楽しむことだ。くだらない後悔は、もうたくさんだ。



二〇二三年一月二十八日

 となりの部署のオッサン、妙齢の女性も近くにいるオフィスで平気な顔で放屁している。それも特別、間抜けなやつを高らかに。プピー、ピー。ある意味羨ましい気もするが、立ち振る舞いも噂にきく人柄も一ミリも尊敬できない男なので見習う気にはならない。

 シャールカ。チェコの伝説『乙女戦争』に出てくる勇女の名らしい。なんかすごく佇まいのいい名前で気に入ってしまった。スメタナ『我が祖国』第三曲のタイトルでもある。伝説に出てくる逸話を読むとお人柄はお世辞にも”イイ感じ”とはいえない気もするけれど、それはみなかったことにする。



二〇二三年一月三十日

 夢。体育の授業。テストらしいが、遠くからみていたらいつのまにか自分の番が始まっていたらしく、なぜかクラスメイトであるらしい福岡ソフトバンクホークスの今宮健太がグラウンドから呼んでくれてようやく気づく。種目はドッチボール。終わった後今宮くんに、単位取り切れず留年してて、居心地悪くてしんどいというお悩み相談をする。もっと同期を頼れと励ましてくれた。なんだこれは。たしかに今宮くんはおなじ年度生まれだけどさ。

 このところ、卒業のために必要な単位が残ってて、でもふだん学校にはいなくて、全然状況がつかめず不安……というシチュエーションの夢を断続的にみている。こういう夢の見方ははじめてなので怖い。同じ設定で見続けると、それが夢だっていう確信がゆらぎはじめるから。



二〇二三年一月三十一日


握りしめてたものを手放して少し軽くなった

本来の自分の勘とか、身体の声、無意識の欲求などを、ひとつひとつ呼び戻して、抱き合って仲直りしていくような時間

坂本真綾『from everywhere.』(星海社文庫, 2013)p.205

 

 久しぶりに読み返してみて、ギチギチに自分を追い込んで生きていた彼女が旅によって解きほぐされてゆくようすをすこし羨ましく思いながら……自分もまさにそういう過程にあるんじゃないかと思い直す。彼女は異国の地で、わたしはかわらぬ東京の日常で、彼女は五週間という時間の中に濃縮して、わたしは二年を超えるゆるやかな時間の中で少しずつ。もちろん、彼女とわたしでは闘ってきたものの大きさが違いすぎるけれど、きっと本質的にはやっていることは変わらない。ならば、わたしにも、きっと。

 読み返そうと思ったのはほんの気まぐれで、何のことはない、れいの沢木耕太郎『深夜特急』マラソンを再開してぶじ読み切ったところで、この本のことを不意におもいだしたからなのだ。本来であればいよいよ沢木の新作へつながるところだったのだけれど、また寄り道をしてしまった。途中でやめたり寄り道したり、なかなか辿りつかないが、それも旅らしくていいだろう。

 それにしても、この旅行記の主人公たる歌姫がヨーロッパ各地で出会う旅人の年齢はみな「26」。奇妙なほどに、みな。そしてその数字は、そのまま沢木の旅の時点での年齢であったし、『深夜特急』にもやはり同年代の旅人が数多く登場する。旅の終点も、ユーラシアの果ての岬という点では同じだ。そこからは、旅をするということの核心にひそむなにかが、わずかににおってくるような気がする。その数字をとうに過ぎ去った自分にも、まだ“旅”することは可能だろうか。


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