顎道:アギドウ 第1顎「ケツアゴは突然に」

あらすじ

顎が急成長して1mほどのBIGケツアゴなってしまった主人公、決乃顎斗けつのあぎと
想い人である浅見結に避けられたことで絶望の淵に立つ顎斗だったが、同じ長い顎を持ちながらモデルとして活躍する海原かいばらと出会う。
彼は長い顎を持つものだけが出来る競技、顎道を極めており、周囲からの尊敬を集めていた。
顎道部に入って強い男になって浅見結に想いを告げることにした顎斗。
しかし、顎道部の部員たちは皆一癖も二癖もある者ばかりで翻弄される日々。
さらに、同じ顎を持つ祖父の遺言により、顎道を指導する少女エムが転がり込んでくる!
アゴ長男子高校生による、恋と青春の顎バトル武道漫画、ここに始動!


設定、世界観

顎人アゴビト
長い顎を持つ、ケツアゴ、強い、以上

顎道アギドウ
顎をぶつけ合い、対戦相手のプロテクターに顎をヒットさせて得点を競う競技

顎斗あぎと
脳内男子高校生野郎、顎界隈ではイケアゴと言われるくらい、形状がいい。
本人はそんなことどうでもいい。
一途で、情に厚い性格。変人に好かれる。

海原かいばら
顎を隠せば100点のイケメン、顎好きには1000点のイケメン
顎モデルと言われる、新ジャンルのモデルをしている。
性格は聖人。欠点がない。あるとすれば、少し抜けており、ついケツアゴに物を挟んだまま行動してしまうことくらい。

浅見結あさみゆい
完全無欠の美少女に見える残念美少女、顎斗の想い人。
顎フェチで顎斗の顎に惚れている。

顎割あごかつ
顎斗の祖父
戦争を終結させ、顎道を広めたすごい人。
その血族である顎斗に多大な迷惑をかける。

エム
顎割の約束により、顎斗の家に転がり込んできた謎多き少女。
ハチャメチャに強く、顎斗を指導したくて仕方がない。
浅見結に並ぶ美少女だが、こっちもいろいろと残念。


「な、な、なんじゃこりゃあああああああ!」

静かな朝、閑静な住宅街を大きな叫び声が響き渡る。

鏡を前に顎斗は自身の体の異変を知らしめられていた。

「僕の顎が、伸びとるぅぅぅぅ!」

鏡に映るはいつも自分、そこに見過ごせないほどの大きな異変。
それは生物の器官としては些かアンバランスで、しかして昆虫類にとっての矛たる存在、つまり顎だ。

僕の名前は決乃けつの顎斗あぎと、この4月から道割みちかつ高校に入学する高校一年生だ。

偏差値的に僕には入学が難しい高校だったんだけど、どうしても入学したい理由があった。
それは……

同じ中学だった浅見結さんと同じ高校に入るため!
そう、ぶっちゃけ高校とかどこでもいいのだ。

彼女は誰もが目を見引くほどの美少女だ。それにあの長い黒髪はたまらない。

……うん、ちょっとキモイな僕。

僕みたいな普通の男子には高嶺の花かもしれない。この恋は淡いものなのかもしれない。
だが、僕の盲目的な熱は冷めることはなく、猛勉強の末、やっと受かることができたのだ。

なのに……

僕の顎は異常発達していた。
それも、自身の体の三分の二を占めるほどの長き顎が真下に向けて伸びていた。
ひたすらに伸びたそれは太もも辺りまで伸び、腹部に影を作っている。

「なっが、おっも!」

いきなり伸びた顎に体のバランス感覚を失った顎斗は膝を着き、顎を床に置く。

「いや、ナニコレ?」

少年は自身の顎に触れる。

「しかも、丁寧に真ん中で割れて、すんごいケツアゴになっとるしぃぃぃぃ!」

尻という概念を超えるほどに真っ二つ割れたケツアゴはもはや角だ。

「こ、こ、こんな顎になっちまって、僕が、顎人アゴビトになるなんてええええ!」

再び顎斗の声が響き渡る。

作者が説明しよう!

顎人アゴビトとは~

50年前に突如して生まれた男性にのみ生まれる特異体質のことである!

つるぎのように伸びた双頭の顎は鉄のように硬く、岩をも穿つ!

しかし、顎斗がそう落胆しているのにはワケがあるのだ!

顎人の歴史は苛烈を極めていた。

今でこそ、顎人は人々に受け入れられているが、かつては人が持つにしては強大すぎる力と異質な見た目により、その顎は銃刀法違反とみなされ、大きく差別されていたのだ。

差別自体はなくなったとはいえ、人の心に根付いた意識はそう簡単に消えるものではない。

~~

「や、やばい、こんな顎じゃあ、モテない! いや、それはいい、よくないけど……浅見さんに、嫌われてしまう!」

顎斗はあたふたしながら、部屋を歩く。

「そうだ! 親友にTELだ!」

プルルルル

僕は親友である、慎吾に電話をかける。

彼は僕が道割高校に入学するために勉強を見てくれたすごくいい奴だ!
なんとかしてくれるに違いない!

「も、もしもし、慎吾……」

「どうしたんだ? 突然顎が伸びて尚且つケツアゴになっちまったような声して」

「いや、どんな声だよ! なんで知ってんだよ怖えよ」

「とりま、そっち行くわ」

~Now Loading~

ガチャリ、慎吾は窓を開けて部屋に侵入してくる。

「うおぉおおい! なんで二階の窓から入って来るんだ!」

「前に来たときに窓の鍵を開けていたのさ!」

慎吾はピースをする。
問いに対してズレた回答を用意するこの男、宮崎慎吾は一見真面目そうなガリ勉に見えるが、奇天烈な行動を起こす問題児だ。

だが、いい奴だ。

「よく来てくれたな」

「お前のヘルプコールなら、地の果て、2次元の壁も超えて駆けつけるぜ!」
そう言って慎吾は親指を立てる。

「お前ならやりそうだな……でも、ありがとう。ところで、僕の顎、どう思う?」

僕は自分の長い顎を慎吾に見せつける。

「ふむ、世間一般の論を言うと、ノーマルな男の方がいいだろうな」

「だよな……ど、どど、どうしよう? このままだと浅見さんに嫌われてしまう!」

「ちょいまち」
そう言うと、慎吾は眼鏡を掛けなおすと、ズボンの中をゴソゴソしだす。

「ほい、お待ち! ノコギリ!」

慎吾はノコギリを差し出す。

「お前、どこから出してんだよ」

「さあ、顎を差し出せぇ、こんなもの切ればよかろうなのだぁ!」
そう言って慎吾はノコギリを構える。

「ちょちょちょっ! 流血系は勘弁してくれ!」

「大丈夫! 僕の兄は医者だから!」

「おめえは医者じゃねえよ!」

「いや、最悪兄のとこに駆け込めばいいかなって」

そう言ってノコギリを僕の顎に当てる。

「やめろ!」
僕はそう言って、顎を振り回して、慎吾を吹っ飛ばしてしまう。
慎吾は壁に激突する。

「ごめん、慎吾!」

「いや、いい顎だったぜ」
すると、ケロリとした顔で立ち上がる慎吾はノコギリを投げ捨てる。

「電ノコだったら良かった?」

「そういう問題じゃなくてだな。突然伸びたのなら、戻す方法はないのかなって」

「う~ん、顎人は生まれつきのものだ。突然伸びたなんて話、聞いたことないなぁ」
慎吾は腕を組む。

「ちょっと触ってもいいか?」
「ああ」

慎吾は僕の顎をガシガシと触る。

「うお、マジで顎だ。骨がある普通に顎人じゃん」

「そりゃ顎だろうよ」

「いや、興奮して固くなってるのかなって」

「突然の下ネタやめい」

「いやあ、にしても分からないな。う~ん、でも、逆に考えるんだ」

「逆に?」

「顎くらい伸びていてもいいんじゃあないかってさ」
そう言うと、慎吾は笑顔を向ける。

「嫌だよ!」

「まあまあ、ここにリンゴがあります」
慎吾はどこからか、リンゴを取り出す。

「お前は四次元ポケット持ちか?」

慎吾はリンゴを床に置く。

「はい、顎を振り下ろして」

慎吾の言う通りリンゴに向けて顎を振り下ろす。
すると、リンゴは一瞬で粉砕される。

「ナイスぅ! そしてこのようにリンゴジュースが簡単にできます」
慎吾はコップに注がれたリンゴジュースを見せつた後にごくごくと飲み干す。

「くぅ~、やっぱ顎でつぶしたリンゴジュースはうめえや!」
慎吾は垂らしたよだれを袖で拭く。

「浅見さんも、このようにリンゴジュースを渡したら惚れるかもしれないじゃん?」

「いや、ねえよ! こんなん気持ち悪くてお前くらいしか飲めんわ!」

「失敬な! 今、商店街に顎リンゴジュース専門店が出来て女子高校生たちにめちゃバズってんだぜ」
そう言って、慎吾はSNSを見せる。

「マジかよ。こいつらこんなのに食いつくのか、大丈夫か頭?」

「急に辛辣になるな、そういうこと言ってるからモテないんだぞ」
慎吾は呆れた顔をする。

「うぐっ⁉」
僕は心のダメージを負って膝を着く。ついでに顎も着く。

「今、顎は熱い! 案外モテるかもしれんぞ!」
慎吾は僕の肩を掴んで揺さぶる。

「違うと思うな~、絶対面白半分だと思う。それに、僕は別にモテたいわけじゃ……」
僕はそう言って目線を逸らす。

「浅見さんだろ? 顎のこと好きかもしれないだろ?」

「ないない、絶対ない! あんな清楚で、みんなの憧れみたいな人が、顎が好きなはずがない。きっと、人気モデルとかと付き合ったりするんだ!」
そう言って、僕は頭を抱える。

「いや、顎なくてもお前はモデルではない」

「ぐはっ⁉」
その場に血を吐いて倒れる顎斗。

「まあまあ、みんながカッコいいって言ってたらカッコよく見えることあるだろ? 顎がカッコいいと思わせれば浅見さんがいいと思うかもしれない」

「そういうものかなぁ」

「とにかく、善は急げ。顎リンゴジュース専門店がどれだけ人気か見に行こうぜ!」
そう言って慎吾は僕の手を引っ張る。

「ちょっと強引に引っ張らないでくれ! 顎が伸びて歩きにくいんだから」

~Now Loading~

僕たちは顎リンゴジュース専門店までやって来た。

確かに慎吾の言う通り、店前は人だかりができており、ほとんどが十代の女性ばかりだった。

店は小さな建物でリンゴジュースの作成が見えるようガラスばりになっている。
スパンッ、スパンッと音が鳴り、顎でリンゴを粉砕させている。

「やっぱ、顎人が作った。ジュースさいこー!」
ジュースを購入したブレザー服の少女たちは笑顔を浮かべてジュースの写真を撮り、飲んでいる。

「なっ、言っただろ?」
「で、でも、これがモテるに繋がるわけ……」

「店主の米田春季はるきさんカッコいい!」
「分かる、プロって感じ」
「彼女いるのかな?」

皆、店主の顎人相手にキャッキャしている。

「最近、顎人も悪くないなって思うんだよね」
「守ってくれそうだしね」

「マジか」
僕は開いた口が塞がらない。

「ほら、悪くねえだろ? 気にし過ぎだって」
そう言って慎吾は僕の肩を叩く。

「そうだな、ありがとう慎吾」
ようやく自信を取り戻せそうと感じたその時。

「あれ? 慎吾君と顎斗君じゃない?」
「ほんとだ、おーい!」

その時、つい最近卒業した中学時代のクラスの女子が後ろから声をかけてくる。

「よっ、卒業式以来だな!」
すぐさま、慎吾は振り返って挨拶をする。

だが、僕は身体が固まって振り返ることが出来なかった。
ここに来て、慎吾以外の知り合いに遭遇してしまった。

それは、自身の顎が変化してしまったという事実を公開してしまうに等しかった。

それが怖くて、振り返ることが出来なかった。

「顎斗君?」

さらに、今、聞きたくない声がした。

浅見さんだ。

他の子と一緒に来てたんだ。

僕は動けなくなった。

本当に動けなくなった。

「顎斗」

その時、慎吾は僕の肩を掴む。

「僕はお前の味方だぜ」

「慎吾」

お前はいつも、フリーズした僕の身体を溶かしてくれる。

僕は恐る恐る振り返る。

「や、やあ、少しぶりだね」

僕は少し引きつった笑顔で挨拶を躱す。

「顎斗君、その顎なんか前と違くない?」

他の子が早速僕の顎について触れてきた。

さ、さあ、何か、引かれない言葉を言わなければ、笑いでもいい、口よ動け!

「あ、じ、実は……」

「すごいイメチェン。そうだよね結? 結?」
元クラスの女子が浅見さんに話しかけるも言葉は帰ってこない。

それまで、怖くて浅見さんを見ようとしなかった僕はついに、見る。

「あ、ああ」

その時、浅見さんは曇った顔で、口元を押さえていた。
そして、僕と目が合った瞬間、目を逸らして顔を背けた。

頭が真っ白になった。

全てが、全てが壊れていく感覚。

今までの人生でこれほどまでの絶望感は感じたことがなかった。

絶対的に近づくことが出来ない、境界線。
僕と浅見さんとの間に何をどうやっても到達できない空間を感じた。

気づけば僕は逃げ出していた。

「おい、顎斗!」

親友の声さえも僕には届かない。

だって君はそっち(まとも)側、なんだから。

人ごみの中を突き進む。
人がたくさんいるが、僕にとっては人ではない。

いや、正確には僕が人ではないのか。

世界に取り残された孤独感。
それが僕を追いかけ飲み込む気がしてとにかく走る。

しかし、こんな顎をもっても体は人間なもので、足が棒になる。
同時に、顎の重さにバランスを崩して前にこけてしまう。

「う、うぅ」

涙が溢れてくる。
我慢できるほど、今の自分は慣れていない。

後ろからたくさんの足音がして、少し振り返ると、たくさんの若い女性が一気に駅前に集まっていく。

「な、なんだあれ?」
女子たちの声に耳をすます。

海原かいばら君、今日ロケでこっちに来るんだって!」
「海原君、ほんとかっこい!」
「モデルもしてるのに、文武両道!」
「去年の新人戦で全国2位だって、かっこいいのに強いなんて反則だよぉ!」
顎道アギドウができる男の人って素敵!」

わらわらと集まった女子たちは次々とその海原とやらをキャッキャッした様子で褒めたたえている。

「(僕には遠い世界だな……ん? でも顎道アギドウって)」

僕の思考が巡るよりも先に例の海原がやって来たのか女子たちの声がより騒がしくなる。

「海原さん! お疲れ様です!」
「ああ、ありがとう」

人ごみから少し海原が見える。確かに甘いマスクで輝くような金髪は、それはそれは女子受けがいいと思わせる。

「どうして、持っている人間と持ってない人間にこうも差があるんだ。やってらんないよ」

完全に自暴自棄になってよろけながら立ち上がる。

しかし、その時後ろから新たにやってきた海原ファンたちにぶつかられて、再び倒れてしまう。

「ごめんさい。先を急いでるから」
「顎人なのに、バランス感覚もないなんて」

ぶつかって来たのは向こうなのに、さらに追い打ちをかけられた僕は、顔を上げることが出来なかった。

もう、世界を見ることが怖くなってしまった。

「君、大丈夫かい!」

しかし、女子の群れから海原が出てきて駆け寄って来る。

もう、ほっといてくれ。
みじめじゃないか。

「こんなに汚れて、拭くから」

そう言って海原は僕の頬を触って顔を上げる。

涙で霞んだ目で海原の顔を見る。

それは衝撃的だった。

そう、海原の顎は俺と同じだった。

俺と少し違って顎は少し前にカーブ掛けて1メートル近く伸び、これまたきれいに割れたケツアゴだった。

「あ、ああ」

言葉が出なかった。
なぜなら、僕と同じ顎人アゴビトがモデルをやっているからだ。

「大丈夫? ごめんね、彼女たちも悪気があったわけじゃないんだ」

そう言って、海原は膝を着いて、わざわざその長い顎も地面に着けて、手を差し出してくれる。

「きゃー! 海原さんかっこいい!」
「流石、顎道を出来る男の人って素敵!」

そうだ、顎道って……

作者が説明しよう!

顎道アギドウとは!~

顎の力を利用した日本由来の武道である!

50年前に起きた顎の乱を終結させた伝説の顎人、顎割あごかつによって考案された。

強大な力の向け先を競技にすることで、顎人の精神を律し、統一させるため生まれたのが起源である。

顎道を極めし者は、その力を制御できる者。

それゆえ、顎道を進む者には多大なる尊敬が向けられるのだ!

~~

「海原さん、ぼ、僕……」

色々と今までのことがこみ上げてくる。
関係の崩壊、恋の破砕、そして他人とは違う身体を持つという孤独。

「分かるよ、私も一緒だったから」

海原のこれまでの優男の笑顔からニヒルな笑顔へと変わる。
その顔からこれまでの壮絶さが物語っている。

本来顎人は生まれながらのものだ。

今日顎人になった僕なんかよりもずっと、普通の人からの無意識な風刺、疎外感を受けてきたに違いない。

でも、今、彼はここにいる。

多くの人の尊敬を一心に受けている。

きっと、それは……

「僕も海原さんみたいに、なれますか?」

これは純粋な救済を求めた言葉だ。

「なれる」

海原先輩は自信に満ちた顔で答えてくれる。

涙が止まらない。
失った自分を埋めて認めてくれる新たなアイデンティティがここにある。

「君、名前は?」
「決乃顎斗です」

そう言って海原さんの手を取る。

「君があの……」

海原さんは少し驚いた顔をする。

「海原さん?」

「いや、何でもない。少し話そうか」

海原さんは僕を連れて、あるところに戻る。
そう、顎リンゴジュース専門店だ。

女子たちの群れをかき分けてカウンターに向かう海原。

「春季さん。二つお願いできますか」

「久しぶりだな。出流いずる、相手は誰だ?」

「彼です」

海原さんは外の席に座る僕を指差す。

「さっき走ってた子か、確かに心配ではあった。俺のおごりだ、もってけ」
「ありがとうございます」

海原さんは二つジュースを手にして、僕の席までやって来る。

「どうぞ、春季さんのは本当に美味しいんだ」

「ありがとうございます」

一口飲む。
口に入った瞬間広がる爽やかさ、そして甘酸っぱい味が全身に染みる。

「おいしい」

「良かった」

「あの、海原さん一つお聞きしてもいいですか?」

「なんだい?」
海原さんは優しい声で返す。

「顎道ってなんですか?」

僕がその質問をした瞬間、海原さんの目つきが変わった。

「そうだね。少し大げさかもしれないけれど、顎人にとっての居場所、僕はそう考えている」

「居場所……」

「顎人は明らかにみんなと違う。それに、私たちの顎は一歩間違えば、人を殺しかねない。故に、危険な存在なんだ。」

僕は今日、顎で慎吾を吹き飛ばしたことを思い出す。

「だからこそ、その力を認めてあげる場が必要なのだと思う」

「それが、顎道」

「そのとおりだ顎斗君。このジュースを作った春季さんも元々は荒れていたそうだ。でも、顎道で精神を鍛えて、今はジュース屋という自分の道を見つけた」

「おい、出流! あんま人のことベラベラ喋るな!」
カウンターから春季さんの声が聞こえる。

「春季さん、すみません。話を戻そう、顎道はただの競技だけじゃない。その先を導く道しるべなんだ」

「道しるべ……」

「今、君にどんな悩みがあるかは聞かない。だけど、人として、顎人として次のステージへ移った君なら出来ないことはない」

「……僕、頑張ってみようと思います」

そうだ。確かに、何も全てが終わったわけじゃない。
人として強くなるんだ。そうすれば、浅見さんも振り向いてくれる。

パリンッ!

その時、ガラスが割れる音がした。

音のする方を向く。
そこには明らかに強盗といった風貌の男3人が、カウンターの窓ガラスを割っていた。

「おら! このクソ顎! お前らみたいな奴が随分ともうけてんじゃねえか、俺たちにも分けろや!」

カウンターの向こうでは春季さんが額から血を流して顎を押えている。
強盗犯の親玉は恨みの籠った様子で店をめちゃくちゃにする。

騒動で、周りの人々が一気に店から離れる。

いきなりの出来事で放心していると、隣にいた海原さんが既に飛び出していた。

「また顎野郎か、最近ちやほやされやがってうざいんだよ、やれお前ら!」

手下の二人はナイフを持って海原さんに襲い掛かる。

「海原さん!」

「大丈夫」
海原さんは振り返って笑顔を向けると、すぐに強盗犯を睨む。

「柔の型」

海原さんがそう言うと、彼の顎が急に軟体化し、触手のようにうねり始める。

「中段、サクラ裂き!」

その瞬間、海原さんは宙を舞い、回転する。それと同時に二つに割れた顎がムチのようにしなって、強盗犯たちの全身を攻撃、手下二人はその場に倒れる。

「何⁉」
残った親玉は狼狽えている。

「次はお前だ!」
海原さんは怒っている。

「クソ、ならば!」

すると、親玉は恐怖で腰を抜かして、逃げ遅れた少女の元に向かい、人質に取る。
しかし、その少女は、浅見さんだった。

「こ、これで、手出し出来ねえだろ」

「貴様、どこまでも」
海原さんは拳を握っている。

「どけ! 俺は逃げるんだよお!」
親玉はナイフを振り回して、人ごみを避けさせる。

親玉はどんどん、海原さんから離れていく。だが、代わりに僕の近づいて来た。

今、親玉は海原さんを注意している。
僕はただの通行人としか認識していない。

つまり、今しかない。

僕は静かに親玉の後ろに回る。

そこで親玉は僕の接近に気づいた。

「どけって言ってんだろうが! なに、お前も顎人!」

親玉は僕に向けてナイフを振るう。
よほど、顎人に恨みがあるのだろう。

だけど、それは僕には関係ない。

それ以上に、浅見さんにはもっと関係ない話だ。

「浅見さんから離れろ!」

僕は身体をねじって、顎を振り、親玉のナイフを持つ腕を叩き落す。

「クソ、いつもお前たちはぁ!」

親玉は叫んでいるが、それを無視して、僕は態勢を立て直して、顎を振り上げる。

「今、ここに持ってくる話じゃないだろうがぁ!」

僕の顎は親玉の顎にヒットして宙へ飛ばす。それと同時に、放された浅見さんを僕は受け止める。

「顎斗君」

僕は浅見さんの顔を見ない。

今はまだ、その時ではない。

僕はそのまま、元クラスの女子の元に浅見さんを連れて行って降ろす。

「結!」

女子たちは浅見さんを抱きかかえる。

「顎斗、あんた、カッコいいじゃん」

女子がそう言ったのを聞いたが、僕は背を向ける。

「(僕はもっとカッコよくなって、いつか君を見る)」

僕は海原さんの元に向かう

「ごめんなさい。介入しちゃって、身体が動いてしまったんです」

「いいや素晴らしい。君は既に顎道に必要な心を身に着けてしまったんだね」

そう言って海原さんは微笑む。

「海原さん」

僕も思わず笑みが浮かぶ。

「いい話風にしてんじゃねえ!」

その時、店主の春季さんが僕たちの頭を強く叩いた。

「痛い」
海原さんはシュンとした顔で頭を押さえている。

「危険なことに首をつっこみやがって、お前らは学生なんだから、こんなことしなくて良かったんだ。反省しろ!」

「す、すみません」
僕は頭を下げる。

「でも無事でよかった。それに、いい顔になったじゃねえか」

そう言って春季さんは僕の頭を撫でる。

僕は嬉しくて涙が止まらなかった。

それから、警察が来て、色々注意されたけど、今回の功績は表彰され、ネットなどに載るらしい。

家を帰ったのは夕方だった。

既に家に連絡が入っていたのか、帰った瞬間、父さんと母さんが僕を抱きしめてくれた。
ちなみに、両親の顎は普通の人と同じだ。

しばらく身動きが取れなかったんだけど、いつものように食卓を囲んだ。

「父さん、母さん、今日色々あったんだけど、僕、高校生になったら、顎道をやろうと思うんだ!」

僕は打ち明けた。
一般的には顎道は過酷な競技と言われ、反対する人も多い。

「あなた」
母さんは父さんを見る。

「……分かった。お前が決めたことなら、私は否定しない」
父さんの顔は少し険しかったが、認めてくれた。

「私も賛成よ。顎斗、強くなりなさい」

やった、これで、顎道を出来る!

カッコいい男になったら、浅見さんは振り向いてくれるかな?

顎斗は認められた喜びで妄想にふけ始める。

「たくましい人、好き」

とか言ってくれたりして、ふふ

「顎斗、実は今まで隠していたことがあるんだ」

顎斗の父は真剣な顔で話を始める。が、顎斗は妄想で話が頭に入っていない。

「私の父、お前にとっての祖父のことだ」

「(むふふ、僕の春が始まる)」

※全く聞いていません。

「祖父の名は顎割あごかつ、顎道を広めた男だ」

「きっと、これからお前にはたくさんの困難がある。それでも、私たちは顎斗、お前の味方だ」

「え? あ、うん、ありがとう!」
顎斗は笑顔で返す。

※最後の方しか聞いていません。

一方、その頃、浅見結はと言うと

「顎斗君」
ベットでクッションを抱いて寝転がっている。

「やっべ、マジたまんねえ!」

浅見結は息を荒げている。

「顎が良すぎる」

浅見結はよだれを垂らし始める。

そう、浅見結は、顎フェチなのだ。
部屋中には顎人の顎だけの写真が飾られている。

「まさか、いきなり顎人になるなんて反則すぎるよ、しかも、今までの顎人の中でもトップレベルの顎の形の良さ、まさに理想」

浅見結は早口で独り言をぶつぶつ言っている。

「あーやっべ……昼間は、あまりにも刺激的過ぎて直視出来なかったなあ」

浅見結はクッションにしばらく、顔をうずめ、顔を上げたときには少し頬を赤らめていた。

「慣れなきゃ、高校、同じクラスだったらいいな。いや、顎斗君、顎道部に入るかも、なら私も……」

その表情はまさに恋する乙女。
しかし、いささかベクトルは違うようだ。

濃い一日をもって、少年少女の高校生活を迎えることとなる。

その先は過酷で、すれ違い、顎を絡めた青春、それらが彼らを待っているだろう。


東京、日本顎道協会会長席

「時が来たか」

青色の髪をした青年が執務用の机に肘を着けてスマホの画面を見ている。
画面には暴漢から庶民を守った顎斗たちの記事が書かれている。

「顎割との約束だ」

青年はスマホを置いて、部屋の片隅ある円錐の水槽に向かう。

顎斗あぎと、君を来たるべき時のために鍛える。それが、死に分かれた友との約束ならば、叶える他ないだろう」

そして青年は水槽の前に着き、水槽に手を付ける。

「そのための準備は抜かりない。そうだろう? エム」

青年は水槽の中に浮かんでいる少女に話しかける。

「ええ、会長、最終アップデートが完了次第、顎斗様に追従します」

水槽の少女は顔を上げてニコリと笑う。

顎斗の祖父、顎割あごかつ。彼の因縁は良くも悪くも、顎斗を振り回す。

しかし、そのことを顎斗はまだ知らない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?