顎道:アギドウ 第3顎「お米を食べろorASMRを聞け、お前ら」

エムさんが家に居着いた。

すぐにでも、勧誘がくるかと身構えていたが、特段そんなことはなく、今日も朝に挨拶を交わした程度だった。

本当はもっとこの状況にソワソワするのだろうけれど、それよりも学校もとい、部活のことが気になって仕方なかった。

あっという間に放課後になって、顎道部の道場にやって来た。

どんな人がいるのだろう?
心配と期待を胸に道場に足を踏み入れる。

「なんで君がここにいるんだ!」
「ああ? ここしか受かんなかったんだよクソがぁ!」

入り口の下駄箱の地点でいきなり怒声が聞こえる。
恐る恐る道場の中を見る。

すると、髪をセンター分けにしたいかにも優等生のような少年と棘のようにツンツンした髪に血管が浮き出るほど怒った少年が睨みあっていた。
共に顎人ではあるのだが。

「え、えっと……」
どうしたものかと固まっていると、やわらかい印象を受ける少年がこっちにやってくる。

「顎道部はここであってるよ。僕は一年、三井純、よろしく」
三井と名乗る青年は握手を求めてきて、握り返す。

「ああ、よろしく……僕は」

「知ってる。決乃顎斗でしょ?」
「え?」
顎斗は名乗る前に知られていたことに驚く。

「ネットニュース見たよ。顎人として嬉しいよ、ヒーロー」
以外にも自分が有名になっていることに驚きを隠せない。

「君みたいな男と一緒にやっていくことはできないね!」
「だったらてめえが辞めればいいだろうが!」

三井との会話を遮るほどに二人の声は大きい。

「あれは?」
「僕もそうだけど、彼ら二人は中学も顎道部だったんだ。昔からそりが合わないみたいで、それがまさか同じ高校とはね」

三井は呆れた様子で話している間、二人は互いの顎をぶつけて一歩も引かない。

「おい、お前ら」

低い声が聞こえ、その方を見ると、少し目つきの悪い青年が立っていた。青年は顎が根本から太く、先に向かって細く鋭くなっている。

青年は姿勢を低くすると、目にも止まらない速さでいがみ合う二人の元まで近づいて自身の顎を振り払い、顎を攻撃、そのまま二人を吹き飛ばした。

「うわっ!」「ぐぁ!」
吹き飛ばされた二人は背中から床に落ちて、悶えている。

「入部早々ケンカとはいい度胸だな龍次郎、それと北中のとどろきぜん
目つきの悪い青年は倒れる二人を見下ろす。

「誠司さん! 違います、こいつが!」
優等生風の青年はケンカ腰の青年を指差す。

「龍次郎、昔言ったことを忘れたか?」
誠司は龍次郎をギロリと睨む。

「す、すみません。仲間で揉めることあらず」
龍次郎はしゅんとした様子で言う。

「そうだ。入部した以上私たちはチームだ。最も大切なことは理解、本気の潰しあいなど言語道断だ」

「けっ、個人競技の顎道にそんなもんいるかよ」
立ち上がったもう一人の青年、轟は吐き捨てるそう言った。

「そう思っているうちはそこまでだよ、轟」
「……ふんっ」
誠司は轟に諭すようにいい、轟はバツが悪そうにそっぽを向く。

「こほん、失礼した。ようこそ、顎道部へ、3年部長の神爪誠司だ。歓迎する」
神爪部長は淡々とそう言い、張り詰めた空気が流れる。

すると、手を二回叩く音が聞こえ、道場の奥の部屋から海原先輩が出てくる。

「誠司さん、1年生たち怖がっちゃってますよ?」

「すまん海原、あとは頼む」
そう言うと神爪先輩は海原先輩の肩を叩いて後ろに下がる。

「分かりました。みんな、入部ありがとう。2年海原出流だ、よろしく」
そう言って海原先輩は明るい笑顔を浮かべ、1年生の間に安堵の空気が流れる。

「9人も入ってくれてうれしいよ、それで……」

海原先輩の会話の途中、道場入り口の扉が勢いよく開けられる。
そこには顔の濃い人が立っていた。もちろん顎人。

「まてーい! とうっ!」

入り口から顔の濃い人がジャンプで一年生たちが集まるところまでの数メートルを超えて突っ込んできた。

「夏樹、もっと普通に来れないのか」
海原先輩は呆れた顔で夏樹と呼ばれる顔の濃い人を見る。

「まだ、一人、入部希望がいるんだよ! さあ、どうぞ!」

テンションの高い夏樹は入り口を手で指すと、少し照れた様子の浅見さんが入って来る。

「ど、どうも、マネージャー希望です」
浅見さんはぺこりと頭を下げる。

僕は、ポカンとしていた。
この状況を理解するのに少し時間がかかった。

「(浅見さんが、なぜ、ここに、いる……)」
脳の処理が追いついていない。

「マネージャーかい⁉ うん、うれしいよ」
海原先輩はさわやかな笑顔を送る。

「(ま、マネージャー! そ、そう来たか! やっぱり、時代は顎道! はっきりわかんだね)」

顎斗が心の中でウキウキしている一方で浅見結と言うと……

「(うぉっ、やっべ……顎人ばっかりだ。たまんねえ、ケツアゴパラダイスかよ。おっと、ケツアゴのスメルによだれが)」

顎斗以上にウキウキしていた。

「君たちには頑張って欲しい。団体戦は5人、少なくともこの中から一人は出て欲しいからね」

「(5人?)」

今見たところ、3年生の神爪先輩、2年の海原先輩と、あと、この夏樹さんも2年だろうか?
あと、一人足りないような。

疑問に囚われていると、夏樹さんは道場の隅にいくつも積んである布団の元に向かう。

「瑠衣ぃ! お前また寝とんか!」

夏樹さんは布団を豪快にどけると中にヘットフォンとアイマスクをした長髪の青年が寝転がっている。
その青年はこの場にいる誰よりも高身長で、その分顎の長さも一番だった。

「うるさい、寝てない」

瑠衣と呼ばれる青年はアイマスクをずらしながら立ち上がると、けだるげな様子でヘットフォンをとる。

「ASMRを聞いてただけ」
「なんだそれ?」

「アナログすぎ」
テンションが高い夏樹さんと比べて瑠衣さんはダウナーで対照的だ。

「……ふたりとも、1年生ポカーンとしてるから、自己紹介しようね」
海原先輩は少し怖い笑顔で二人に言う。

「僕、2年、音夢ねむ瑠衣るい、みんなの好きな声優教えて」
音夢先輩は眠そうな目で微笑む。

「俺は2年、米田よねだ夏樹なつき!」
すると、米田先輩は勢いよく一年生たちの前に近づく。

「君たち、ご飯はよく食べるほうですか?」

「ま、まあまあです」
突然の質問にみんな、フリーズし、曖昧な返事をする。
すると……

「お米食べろぉぉぉおおおお!」
米田先輩は腹からの大きな声は道場内に響かせる。

「うるさっ⁉」
1年生みんな耳を押さえる。

「お米を食べて体力をつける。人間からだが一番! つまりお米を食べればすべてが解決する。ということで、はい」

すると、米田先輩は僕におにぎりを差し出してくる。

「え、えっとぉ……」
「食え」

米田先輩はすごい圧で僕に迫って来る。
キャラが濃すぎる。

「こいつの飯うまいよぉ、むしゃむしゃ」
すると、おにぎりをほうばる音夢先輩が僕の隣にぬるっと現れる。

「……た、食べます!」
僕は覚悟を決めて、おにぎりを食べる。

「おいしい……」

程よい塩気にそそられて、強く握り過ぎず空気を含んだお米たちは僕の口の動きに合わせてほぐれていく。

べちゃっとせず、一粒一粒が生きているようで、嚙み潰すごとに甘みが広がっていく。
自然と笑みが浮かんでしまっていた。

「はっはっは、いい食べっぷりだ!」

夏樹先輩は豪快に笑う。しかしこの剛胆さからは想像できないくらい器用で繊細なのがこのおにぎりから分かる。

「さあ、君たちも食べたまえ!」
夏樹先輩はおにぎりを両手に他の1年生ににじり寄る。

「他人が握ったもんなんか食えるかよ!」

その時、轟がそう言い放った。
それと同時に米田先輩は轟の方に振り向く。

「食えぇぇえいいい!」

米田先輩は轟に飛び掛かる。

「うわっ⁉ なんだこいつ!」
米田先輩は自身の顎で轟の口を強引にこじ開ける。

「天・誅!」
米田先輩はこじ開けた轟の口におにぎりを勢いよく押し込んだ。

「(この人、繊細、なの、かなぁ?)」
僕は遠い目をしてその様を見ていた。

「ふぅ、悪は滅んだ」

夏樹先輩は一仕事したような満足した顔をしている。

「いつまでも人の上に乗んじゃねえよクソが!」

轟は顎を米田先輩の顎にぶつけて引かせる。

「おっと、なかなか強力」
「はあはあ、ムカつくぜ。結構旨いのが拍車かけてんだよ」

そう言っておにぎりを完食した轟は米田先輩を睨む。

「ま、まあみんな仲良くなったところで」

海原先輩は呆れた顔をしながら強引に話を進め始める。

「君たち9人のプロフィールは見させてもらった。経験者や、未経験者、それぞれだ。でも、ここに入った以上みんなで強くなろう!」

海原先輩は大きく手を広げる。

「と、言っても目標必要だ。まず、3人ずつのチームを作る。僕たち2年がそれぞれ一人ずつ付く。そして一か月後のゴールデンウィーク初日にチーム同士の総当たり戦を行ってもらう」

「おもしれえ」
轟はニヤリと笑う。

「それでは、振り分けを発表する」
海原先輩は紙を取り出して、読み上げる。

「轟、明星院みょうじょういん、決乃、担当は音夢」

「三人とも、こっちだよぉ~」

音夢先輩に呼ばれて集まったが、そこにいたのは眼鏡を掛けた大人しそうな子と、今一番悪目立ちしている轟だ。

「(うわぁ、轟と一緒かぁ)」
僕は横目で轟を見る。

「何見てんだてめえ!」
「い、いや……」

睨んで来た轟の眼光から避けるように反対を向き、もう一人の眼鏡の子を見る。

「明星院君だね、よろしく」
「あ、は、はい」

明星院君はおどおどした様子で目も合わせてくれない。

「……」
幸先不安だ。

「やあやあ、よろしくよろしく」
音夢先輩はにこやかに手をユラユラさせている。

「宣言しよう。君たちの耳を調教する」

そう言いながら音夢先輩は自身の耳を指差す。

「いや! 顎道は⁉」

「ん、顎道、も、(ついでに)」

僕の指摘に音夢先輩は目線を外しながらそう言った。

本当に幸先が不安だ。大丈夫なのかこれ?

僕は遠い目をする。

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