顎道:アギドウ 第2顎「キャラ崩壊DXエディション」

突然、顎が伸びてビックリどころじゃすまない僕だけど、4月になって高校生になりました。

人間関係は一新されたから、ほとんどの人は僕が顎人だということに違和感を抱かない。

正直それで良かった。いちいちビックリされる方がしんどいからね。

入学式後、自分のクラスに入る。

「高校もまた同じクラスだな、慎吾」

「ああ、でも人間あれだな、慣れるもんだな、お前の顎も見慣れてきた」

「ははは、正直僕もそうなんだ。適応するみたいだな」

僕は苦笑いをする。

「ま、そんなことより、あれを見て歓喜で笑えよ」

慎吾が指さす方を僕も見る。
そこには想い人である、浅見さんがいた。

「お、おぎょ! 同じクラスぅ!」

顎斗は明らかに動揺した様子で今にも倒れそうだ。

「いい加減慣れろな、中学時代から変わってないな」

「う、直視出来ない」
そう言って、顎斗は慎吾の肩におでこを置いてもたれかかる。

「顎の分、重くなったな~」

すると、向こうの方でガタンと大きな音が鳴る。

「あ、あうあうあ」
向こうで浅見結が口をパクパクさせながら、顎斗の顎を凝視している。

「結、いい加減慣れなよ」

そう言って、中学時代からの友達は浅見結の背中をさすっている。

「もう無理でしゅ。許容量を超えました」

その言葉を最後に浅見結は勢いよく机に頭を下して、動かなくなる。

「……」

浅見結の友達と慎吾は目が合い、苦笑いをした。

そこから先はあんまり覚えていないが、ホームルームをやって、今日は解散となる。
既に校舎の外は部活勧誘で人が溢れている。

と言っても、顎人である僕には出来る部活は数少ないだろう。

その時、廊下の方が騒がしくなる。
それは黄色い声援といった感じで、どんどん大きくなる。

そして、教室の扉が開いて、見知った顔が現れる。

「やあ、入学おめでとう、顎斗君」

現れたのは海原さんだった。
海原さんが現れたことで、教室も騒々としている。

「海原さん! どうしてここに?」

「言ってなかったかい? 私のここの2年生だよ」

「そうだったんですか」

「で、部活動の勧誘に来たんだけど、顎道部、内にもあるんだ。どうかな?」

「もちろん入ります! 高校生なったらやろうと思ってたので」
僕は元気よく答える。

「良かった。本入部は明日だ、道場で待ってるよ」

そういって、海原さんは教室を出て行く。

クラスのみんなからジロジロと見られている。
それだけ、海原さんの知名度があるんだろう。

「うぉ! 顎斗君と海原先輩との会合、すばらしき」

そう言って、虚ろな目で息を荒げる浅見結。

「おーい、こっちに戻ってきなさい」
そう言って、浅見結の友人は身体を揺らしている。

しかし、この様子に顎斗は全くもって気が付いていないのである。

「(よーし、顎道頑張って、浅見さんを振り向かせるぞ!)」

振り向くどころか、悶絶していますが。

今日は部活の見学会だ。

既に顎道部に決めている僕には必要というわけではないけれど、正直顎道がどういった競技なのか知らないので、見学にいくことにした。

校舎から離れた校内の端にある道場。

外見は柔道や剣道の道場と変わらない木造の平屋だ。

外からでもバシンと何かがぶつかる音が鳴り響く。

一瞬、剣道場に来てしまったのかと思ったが、玄関の表札には顎道と書かれている。

道場内に入って、下駄箱の前で靴を脱がないまま、中の様子を伺う。

その時、漆で塗ったような黒いプロテクターを全身に纏う、海原さんが対峙する相手に向かっていくのが見える。

「はあ!」

海原さんは全身で身体を使って、顎を横薙ぎに振る。

「ふん!」

対する相手は海原さんの顎を己の顎で受け止める。

「日に日に強くなるな、お前も、顎も!」

しかし、凄まじいパワーで海原さんの顎を振り払ってしまう。

「だが、出流。お前にはまだ負けん」

「そうですね誠司さん。でも、超える、超えます!」

そう言って、海原さんは姿勢を低くし、顎を突き出したまま、相手の胴を目掛けて突っ込む。

「中段、線穿ち!」

海原さんの渾身の突きは相手を捉えたように見えた。

しかし、その瞬間、相手は華麗な宙返りで海原先輩の背後を取る。

「くっ!」

海原さんはすぐさま振り返るが、相手は払うように手を叩いた。

「終わりだ、出流」

そう言った瞬間、大きなブザー音が鳴り響く。

「うわ!」

突然の音にビックリした僕は思わず声を出してしまった。

「ん? 顎斗君来てたんだね。いやあ、カッコ悪いところ見せちゃったね」

そう言うと、海原さんは頭の兜の脱ぎ、スイッチのようなものを押す。
すると、ブザーの音が鳴り止む。

あまり状況が分かっていない。

「このプロテクターね、顎の衝撃でブザーがなるようにできているんだ。で、さっき僕はみごとに頭を取られったってわけ」

「ああ、なるほど!」

「先に教えておくけど、顎道は顎をプロテクターに当てて点数を競う競技だ。顎は強力だけど、それを自在に操るとなれば、高い身体能力も必要となって来る。大変かもしれないけど、一緒に頑張っていこうね」

「はい!」

しばらく、見学したのち、顎斗は帰って行った。

「彼が例の?」
「はい」

誠司の問いに海原が答える。

「そうか、今年は、他にも色々いる。大変かもしれないな」

「……大丈夫ですよ」

帰宅した僕は、夕飯を食べていた。

「(明日から本入部か、不安もあるけど、楽しみだな)」

ピンポーン
その時、チャイムの音が鳴る。

「僕が確認するよ」

僕は、立ち上がってインターホン越しに、玄関の前にいる人を見る。

そこに映っていたのはスーツ姿の少女だった。
彼女は目を引くほど美少女綺麗な銀髪、整えられたショートヘアーだ。

「(うわぁ、めちゃくちゃ可愛い。浅見さんを知らなければ惚れていたかもしれないな)」

僕がインターホンの前で黙っていると、少女が口を開ける。

「夜分遅くに失礼します。私、日本顎道協会から来ました。エムと申します。顎斗様、お話があるのですが、一度出ていただけないでしょうか?」

すると、父が席を立ち、インターホンの画面をオフにしてしまう。

「顎斗、席に戻りなさい」
父は静かにそう言った。

「え、でも」

「いいから」

その時、再びチャイムが鳴る。

「顎矢さ~ん、無視しても無駄ですよ」

インターホン越しに少女は父の名前を呼ぶ。

「お、お父さん、呼んでるけど」

「う、う~ん、私には聞こえない」
父は明らかに動揺した様子で耳を塞ぐ。

「顎矢さん、十秒以内に出ないとこのドア、破壊しますよ」

「あーもう! なんだよ!」
普段、冷静で静かな父と思えないほど焦った様子でインターホンに出る。

「お久しぶりです。ドアを開けてください」

「……顎斗、いくぞ」

そう言うと、父は僕を連れて、玄関向かう。

そして、ドアを開けると、インターホン越しの少女が現れる。
生で見る彼女はより美しかった。

「お久しぶりです。顎矢さん」
少女は含みのある笑顔で挨拶をする。

「……そうだな」
父は苦い顔をしたまま顔を背ける。

「父さん、この人と知り合いなの?」

「出来ればもう関わりたくないがな。お前ら、今度は息子が目当てか?」

「……違うと言えばウソになりますが、私は会長の命により、顎斗さんのサポートをするべくここにやって来ました。前とは違います」

「ちっ、お前たちは! 私は父と違う! 顎割の呪縛に私たち家族を巻き込むな!」
そう言って、父は僕の肩を強く握る。
少し震える手を見て、父は僕のために戦ってくれていることが分かる。

「……顎矢さん、私たちは顎矢さんには用はありません。顎斗さん、どうですか? 私と一緒に顎道を極めてみませんか?」

そう言って、少女エムは自身の胸を押さえて訴えかける。

「……それって、僕がエムさんに顎道を教えてもらうってことですか?」

「はい! 毎日、お傍で顎道に関わらず全てのことをサポートさせていただきます!」

エムはそう言いながら、一気に距離を詰めて来て、彼女からいい匂いがする。

正直、惹かれる。けど……

「ごめんなさい」

「な⁉」

エムは驚いた顔でたじろぐ。

「僕は、明日から顎道部に入るんだ。だから、顎道はそっちで学ぶことにするよ。それに、僕には……」

一瞬、浅見さんがいると言いかけたのを飲み込む。

「僕は、今の生活が好きなんだ。だから、お断りさせていただきます」

僕は失礼のないように、丁寧に断る。

「バ、バカな⁉」

そう言うと、エムはその場に膝を着く。

「ははっ、とういうわけだ! さっさと帰れバーカバーカ!」

嬉しそうな父は僕の肩を揉みながら、罵声を浴びせる。

「(父さん、キャラ崩壊してるよ)」

「くぅ、男子高校生の脳みそを完全に理解していなかったか。覚えてろよ!」

そう言うと、エムは走り去って行った。

「エムさん……何だか、どこかでまた会う気がする」

僕はドアが開かれたままの玄関を見てそう呟いた。

すると、すごい勢いでエムさんが玄関に戻って来た。

「そういえば、私、住所不定でした! 助けて下さい!」

「えぇ、再開早すぎ」

「会長に連絡したら、帰ってこなくていいって言われちゃいましたぁああ」

そう言って涙を浮かべてエムさんは僕の顎に縋り付いて来る。

「いや、ちょっと待ってよ、いきなり言われても」

「二人とも可哀そうじゃない」
あたふたする僕の元に母がやってくる。

「お母さん」

「こんな女の子を夜に放り出すなんて人のすることではありません」

「いや、こいつそこらの武闘家より強いが」
父は僕の背中に隠れながら顔を出して訴える。

「今はそういう話をしているわけではありませんが? 後で、お話しがあります」
母は怖い顔でそう言うと、父はその場に委縮してしまう。

「そんなことよりエムちゃん、お腹空いたでしょう? こっちにいらっしゃい」

「はい! お母さま!」

エムはすぐさま、母の後ろをついていく。

その後ろ姿はどこか、嬉しそうで、作為的なものを感じた。

「(計画どおり!)」
事実、そのときのエムは悪い顔をしていたそうな。

「どうなるんだろう、僕の日常」

顎斗は遠い目をしていた。

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