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幼少

 小学生の頃、子役の子供がパチンと手をたたかれると泣く、というのをテレビでみて、わたしもやってみようと思った。洗面台の鏡に自分をうつして、さん、に、いち、と数えてなく、案外涙はするすると出てきてそのうち本当に悲しいような気がしてきて、止まらなくなった。子役の女の子が言っていた、家族が死んでしまったことを想像する、などということもせずに、ただほんとうに、涙腺をきゅっとひねったような感覚だった。そうしなければ、泣けなかった。保育園の頃、泣き出すと泣くのがやめられなくなって困ってまた泣いていたのを思い出して、あれが嘘みたいだった。演技だと思わなければ泣けなかった。例えば本を読んだり映画を見たり音楽をきいたり、そういったことで泣くことはたやすくできた。ただ、自分の感情から一直線で涙を流すことができなかった。
 今も思いだす、祖父母の家の鏡の前で、しわくちゃで真っ赤な顔をした自分が、けれど決して目を逸らさずに涙を流している。そのときなにも考えていないことが嘘のように泣いている。そういうことを、それから高校生になるまで定期的に、ずっと、やっていた。
 そんなことをふと、思い出す。

23.0706

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