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映画感想(2)【オッペンハイマー】

クリストファー・ノーラン監督の作品が大好きなので、オッペンハイマーを見てきた。
まず、ノーラン作品であることを覚えておかないと初っ端からおいていかれることになる。時系列が3つほどあり、それらが同時に進むからだ。多分。
おそらくなんだけど、①モノクロのストローズ(演:ロバート・ダウニー・Jr.)視点で過去も現在もある、②聴聞会にかけられる現在のオッペンハイマー視点、③前述視点からの回想による物語の主軸(オッペンハイマー自身の生涯)、の3つじゃないかな…。間違っていたらコメントで指摘していただけるとありがたいです。
できることなら登場人物(マンハッタン計画に関わった著名な科学者たち)を前提知識として頭に入れておけると良いかもしれない。私はそういった知識も、そして恥ずかしながら世界大戦の歴史もイマイチ覚えていない状態だったので盛大な置いてけぼりを喰らった。
上映後、その足でパンフレットを購入した。先に購入して目を通しておけばよかったと少し後悔した。ではその知識を頭に叩き込んだ上でもう一度見るか?と言われれば、苦しいのでしばらくは観たくないかな。

さて、観終わった感想としては前述の通り「苦しい……」という感情にしばらく支配されて、それ以外の感想は出て来なかった。
この映画の作りはオッペンハイマー個人の視点となっており、没入型だ。
オッペンハイマーの深い苦悩を、映像と音を通して強制的にシンクロさせられる。とても苦しい。
そして私たちは、「原爆を落とされた日本」という視点からも見ることとなる。
トリニティ計画が成功した時のあの科学者たちの喜びを。
原爆投下後のアメリカ人たちの割れんばかりの喝采を。
そしてその喝采は爆弾の音とリンクしていく。
私は世界大戦の時代を生きてないし、原爆の被害にあった身内や知人なんかもいない。それでも、あまりに苦しくて流石に涙が出た。

作中、イルジート・アイザック・ラビ博士が涙するシーンがあったと思う。
「研究の集大成が、兵器だなんて」(って感じのセリフ。正確には覚えていない)と、眼鏡を押し上げて涙を拭う。きっとマンハッタン計画に関わった多くの科学者たちの本音だったかもしれない。誰かを傷つけたかったわけではないのだろう。ただひたすらに、研究結果を求めただけなのだろう。
ラビ博士は、立場を追われていくオッペンハイマーのそばに最後まで寄り添ってくれる。作中きっての良心キャラだった。もちろんそんなラビ博士もノーベル賞受賞するような異次元の頭脳を持った人だ。何かを成した学者といえば、なんだか人間性が欠落していたりどこかアンバランスな人が多いようなイメージを持っていたけれど、ラビ博士はバランスをしっかり保っている人だなと思った。

映画を観ている時も思ったのだが、オッペンハイマーはあまりに天才すぎる。
物理屋のはずなのに何故か哲学もやってるし、哲学やるために他言語も操る。作中、確か、オランダに呼ばれて講演する際には短い期間でオランダ語を習得し、オランダ語で講演を行なって聞き手が驚くシーンがあった気がする。オランダだったかな、別の国だったかも。
とにかく頭が良すぎて、凡人とは別の生命体なんじゃないかと思った。


モノクロシーンはロバート・ダウニー・Jr.演じるストローズ視点だと前述したが、初見で彼がロバート・ダウニー・Jr.だと気付けなかった。持っていた彼の印象に比べてひどく老けて見えたからなのだが、それは彼が役作りのために前髪を剃っていたから、らしい。
そういえば親しい美容師の方から「容疑者Xの献身」で堤真一も前髪を抜いて“冴えない、くたびれたおじさん感”を出していたらしいと聞いた。
前髪って人に与える印象に大きく関わってくるんだなぁと思ったのと同時に、役者さんの気合いに感動した。

私は本作中で1番好きだったのはラビ博士だけど、他にも魅力的な人物がたくさん出てくる。
ジョシュ・ハートネット演じるアーネスト・ローレンス博士は外交的・社交的で、オッペンハイマーが出会った瞬間から彼が大好きになったのが手に取るようにわかってほっこりする。ローレンス博士側もオッペンハイマーを気にかけてくれている感じがとてもいい。共産党的活動してるとやめさせるところとか、オッペンハイマーの身を案じてる感じがする。オッペンハイマーは少し誠実すぎるところがあって、そのせいで生き方が下手な気もするのだけれど、ローレンス博士はそのへんを気にかけていたんだったりするといいな。
ストローズは本作では悪役という立場で描かれているけれど、彼の背景を考えると人間らしくて良い。
ファインマンがボンゴを叩いているシーンはおそらくTwitter(現X)で既に話題になっているけど可愛い。私は逆立ち小便で相手の意見を否定した逸話が好き。天才の逸話はいつだってぶっ飛んでて面白い。
オッペンハイマーの妻であるキティはちょっとアル中気味の印象を受けるけれど、聴聞会のシーンは強い女のそれでとても良い。オッペンハイマーが優しすぎるから、キティが彼の代わりにいろんなことに怒ってくれる。最初はヒスっぽくて苦手だったけど、最後まで見たら好きになった。
当然ながらオッペンハイマー自身も非常に魅力的な人だと思う。天才なんていう言葉が軽薄に見えるような天才で、人に対して優しすぎて、科学に対して誠実で、単一の言葉では表せない複雑な人物でとても引き込まれる。
こういう言い方は歴史的事実を考えると不謹慎すぎるが、マンハッタン計画って本当に素晴らしい天才たちの集まりで、一種ドリームマッチ感がある。戦争という背景があったが故のものであるというのがなんとも悲しいところではあるが……。
天才たちの逸話をネットサーフィンして眺めていたのだが、ノイマンってこの映画に出てきただろうか。私は見つけられなかった。
あと、ゲイリー・オールドマンも出演していたそうだが見つけられなかった。ロバート・ダウニー・Jr.のようにだいぶ印象が違う役作りをしていたのだろうか。

本作はおそらく「戦争の是非を問うもの」ではない、と私は感じた。
戦争の現場は全く描かれていない。とにかく「原爆の父たるオッペンハイマーの複雑な苦悩」をひたすらに描き切っているものだと思う。
最後のアインシュタインとオッペンハイマーの会話シーンはとても苦しかった。どこか告解的な印象を受けた。でも許しを乞う感じではなかった。私はとんでもないことをしてしまった、という告白という印象。
終戦後78年の今、あの戦争を知る人間はどんどん居なくなっている。この作品で描かれた「オッペンハイマーの苦悩」を通して、戦争とは一体なんだったのかを自分で考えたり知ったりする機会を与えてくれる作品であったと思う。

ひたすらに思いついたことを書き出したので煩雑な感想になってしまったけれど、観て良かったかと聞かれると間違いなく「良かった」と思う。

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