吉岡真史先生と考える経済とAI 前編
こんにちは。経済学AI研究会 マシンエコノミクスの代表のSです。
当サークルは「機械学習の経済学への応用法を探り、それを本団体の内外で共有し、団体外の学生にビジョンを示すことを通して立命館大学に機械学習を応用した経済学の学習と実践を行うオープンな学生のネットワークやその拠点を形成する」ことを目指しています。
その活動の一環として現在立命館大学に在籍している先生方にインタビューをしてお話を伺い、機械学習と経済学のこれからについての構想を共に考え今後の活動の道筋を探究しています。
今回はそのインタビューの第2回目ということで立命館大学経済学部の吉岡真史先生にインタビューを引き受けていただきました。
今回は前編・中編・後編の3つに分けてインタビュー形式でお伝えしたいと思います。
吉岡真史先生の経歴・研究テーマ
先生
「私はもともと関西の人間で京都の宇治の方で生まれました。
京都大学を出ましてちょっとだけ民間会社にいたのですが、その後国家公務員になり、経済企画庁という役所に入って60歳の定年まで内閣府にいてその後、現職に至りました。
1998年にはですね、当時の国家一種経済職公務員試験の試験員をやって試験問題を作っていました。」
代表
「先生の専門はマクロ経済とのことですが最近の研究や今取り組んでいるテーマのお話を聞かせていただきたいです。」
先生
「基本的に日本経済のマクロ動向や景気変動とかがテーマですね。最近の話題だとインバウンド消費とかで、その辺りの所の研究をしていました。
経済学に限らず、科学というのはモデルを分析する学問です。しかし例えば今回のコロナみたいな経済外要因はモデルの中に含まれていないわけです。コロナのあとはもう統計的に連続性がなくなって突飛な事が起こってしまったような気がしまsて、なかなか研究が進んでいませんけれどもこの様なモデルの中に含まれていない観測不能な変数の影響を把握しようという試みはしています。
また開発経済学の体系的な勉強したわけではないですが、高度成長期の日本経済がどういう風にして経済発展してきて、先進国の仲間入りをしたかというのは東南、アジア等の新興国とかにある程度当てはめることができる可能性があると考えています。
アーサー・ルイスというノーベル経済学賞を取った人の二部門モデルを日本に当てはめて、延々と偏微分を繰り返してということもやっています。」
代表
「ちなみに今はコロナのような経済モデルの変数に含まれないようなものを処理する方法を研究されているとのことですが、具体的にはどのような手法を使っているのでしょうか。」
先生
「状態空間モデルというモデルで観測不能変数を推計してみようかなと思っています。これはインバウンド消費についてはうまくいきましたが、それがすべてのケースで上手くいくとは限らないと思うので他にもいろんな方法があるだろうと思っています。」
代表
「これは観測不能変数の影響を誤差項や切片に含めるというイメージなのですか。」
先生
「うーん、まあ、そうですね。はっきり言って状態空間モデルと誤差項はどう違うのかはなかなか難しい。誤差項と似た考えですが、状態空間モデルはデータそのものが確率的な振る舞いをしていると考えています。そしてその確率的な振る舞いをデータそのものから抽出するとどうなるかということを考えるものです。
OLS(最小二乗法)の誤差項とどう違うかっていうのは私もなかなか説明するのに窮します。」
副代表
「インバウンド商品についての論文を2020年度に書かれていますが、研究テーマはどのような変遷を辿っていったのでしょうか。」
先生
「私は役所に居るときは総理大臣等の指揮命令下にあったものですから、やれと言われた研究をやっていて、自分の好きな研究をやっていたわけではありませんでした。
役所にいた時は人事異動に従って、あちこち行って、そこで必要とされる勉強を研究していたので、それほど自分の問題意識と研究内容はあまり関係がなかったです。」
雇用に対する情熱
先生
「私は一番大事なことは雇用だと考えています。
伝統的なミクロ経済学では雇用とはレジャーとの代替物であって、人々はレジャーを犠牲にしてでも働きに出るだけの賃金がもらえないと働かないというもので、非自発的失業はないという考えでした。
しかしそんなことはないだろうと言うのは皆さん思っている通りです。
国民がそれぞれそれなりの所得を得られるようなそれなりの尊厳ある職を持つというのが経済政策の一番の目標だと思っています。
まあ勿論、何もせずに、お金だけ欲しいという人もたくさんいるんですけども、それなり社会参加ということで、労働通じた社会参加。もちろんボランティア等、社会参加の形はいろいろありますが、職業を通じた社会参加ができるっていうのが、大きな経済政策の目標だと思うのです。それに関する分析を今のところいろいろしてきています。」
副代表
「雇用をテーマに選んだきっかけは何だったのでしょうか。」
先生
「特段無いのですけれどもミクロ経済学的な交換、例えば選好とか、どっちがリンゴとバナナとどっちを選びますか?みたいな話よりもマクロ経済に興味を持ちました。
大きな日本経済、あるいは日本経済も含めた世界経済を考えるといろんな要素があります。
経済政策の場合、ぱっと見につくのは、金融政策と財政政策です。 財政政策とは、税金をどう取るのかとか、どこにどういう風に公共事業すべきか等です。金融政策にも金利の上げ下げや量的緩和とかいろんなものがあります。
それも確かに重要ですが、皆さんついつい経済成長というところに注目しがちです。今岸田内閣なんかは成長から分配へとか、いろんなことを言っていますね。しかし最後の究極的な経済政策の目標は何かというのを考えると、私の場合は雇用だと思いました。」
代表
「お話を聞いていると、イメージ的には新古典派と言うよりは、ケインズ派なイメージを受けました。」
先生
「完全にそうだと思いますよ。多分、役所の官庁エコノミストの中でも最左派、最もリベラルな方だと思います。」
反緊縮?新自由主義とは?
代表
「ちなみに今、本棚をちらっと見ると面白そうな方が何冊か目に入りました。最近はMMTや反緊縮というような単語をよく聞きますがこれはどういったものなのでしょうか。」
先生
「内部留保に課税せよと消費税は廃止まで言わないものの税率を下げよ、最低賃金を上げろというようなものです。」
代表
「ザ・ミクロ経済学的な発想で言うと、最低賃金を上げると失業が増えるという反論がよくあると思うのですが、それについてはどのように考えているのでしょうか。」
先生
「ミクロの理論的に言うとそうかもしれないですけど、実際に引き上げられていい方向に出るのか、それとも本当に雇用が減るのかは実証的にデータを当たるしかないと思います。理論的にはおっしゃる通りです。
そもそも私の場合はミクロ経済学について二つ疑わしいと思うところがあります。
一つは市場の価格が本当に経済厚生の最大化を実現する価格水準と一致しているかどうかです。
例えば、カーボンのプライスについてですね。今、石油価格が上がっている最中ですけれども、将来的な二酸化炭素排出を考慮に入れると、本当に今の価格が正しいのかは非常に疑問に思います。」
副代表
「それは期待みたいなものが含まれてたり、市場外部性が存在したりするということでしょうか。」
先生
「おっしゃる通り、外部性というものがあります。市場はそんなに超長期のものは評価できないっていうことです。
典型的には昔は公害を垂れ流していました。公害の処理設備を持たずに郊外を垂れ流して安いコストで作るっていうのは過大生産になるというのが外部性の一例です。
あと、情報の非対称性というのもあります。超長期的に考えた場合、今のカーボンの価格が本当にこれでいいのかどうかを将来の球温暖化や気候変動に照らしあわせると明らかに市場の価格は失敗していると思います。
ほぼほぼ全部が市場の失敗で、厚生経済学の第一定理のように、市場価格で資源配分されると、パレード最適が達成されている、新自由主義的に市場原理に従うことが一番いいのだというのも疑わしいと思います。」
代表
「ちなみに、新自由主義という言葉が最近は結構聞かれるようになったと感じます。私が調べた限りだとちょっと定義が曖昧であるように感じるのですが、これは一体どんなものなのでしょうか。」
先生
「基本的にはレーガンサッチャーから始まった経済の風潮と思っていただいて結構です。だいたい1980年前後ですね。
戦後の1950年代、60年代はその前の1929年から30年の大不況が原因で財政、金融政策によって、失業が出ないようにするケインズ政策の全盛期で最もケインズ政策がもてはやされた時代だったのです。
ところが70年代に入ると石油危機が二回あったわけですよ。今みたいに石油がポーンと上がり日本は狂乱物価とかになって、ケインズ政策の結果としていわゆるスタグフレーション(インフレかつスタグフレーションで不況下のインフレ)が進んでしまい、これはだめだとなりました。
それからマネタリズム等いろんな経済学自体の進歩もありました。そして80年前後にイギリスのサッチャー政権アメリカのレーガン政権が誕生しました。その辺が市場を重視して規制緩和を進め、政府が市場に関与することを少なくする新自由主義の始まりです。
それに対して「弱肉強食の世界になってしまうのでは?」という反論もありました。
しかし上の方でお金持ちの所得が増えれば、人をいっぱい雇ったり、社員の給料をあげたりしてだんだん下の方に滴り落ちるトリクルダウンという考えがありました。しかし実証的にはロンドンスクールオブエコノミクスの人たちによって否定されました。」
代表
「トリクルダウンの話を聞いたときに、ちょっと乗数効果に似ているなと思いました。新自由主義にはケインズとは反対のイメージを抱いていたのですがトリクルダウンの発想は、逆にケインズのいうところの乗数効果に近いと感じました。
新古典派の次にケインズの時代が来て、その次に新自由主義の時代が来るという順番だと思うのですが、やはり新自由主義はケインズの時代を踏襲しているのでしょうか。」
先生
「ええ。そしてその後、2008年のリーマンショックになって、やっぱり新自由主義はだめだとなり、市場に介入するようなケインズ主義がまたまたもう一回出て来たという感じです。」
代表
「ちなみ最近はけっこう物価の上昇が激しく、1970年代のスタグフレーションの再来だと言う方もいると思いますが、これについて先生はどのように考えますか。」
先生
「ほかの国と日本とで圧倒的に違うのが物価の上がり方で、アメリカはもうインフレ率が10%に迫りつつある。日本の場合はせいぜい2%で、多くのエコノミストは多分8月9月10月ぐらいがピークで多分そのあとは物価上昇率が下がってこのインフレは今年中に収まってしまうと考えています。
そもそもインフレ率2%は、2013年に今の黒田日銀総裁が総裁についた時の物価目標でした。まあ、ロシアのウクライナ侵攻等色々あって日銀の政策とは関係なしに変な方法で物価目標に達してしまいましたが、どちらにせよ2%に達したんだから日本はそれでオッケーなんじゃないのと私は思います。
現状の円安もですね。130円とか135円とかになってきました。この程度であれば、別にハイバーインフレにはほど遠いです。
あと、黒田総裁をサポートするわけではないですが、これからいかに所得を増やすか、賃金を上げるかっていうことが課題です、こんなに円安になった、石油が値上がりして大変だっていう意見はありますが、石油元売り会社ってもう決算見たら売り上げ利益も過去最高益とか言ってウハウハですよね。商社とか各社の過去最高のウハウハ状態だと思うのです。そんなところに、なんでそのガソリン価格の為に補助金をやらんといかんのだと強く強く思っていますけどね。」
統計の有用性と限界
代表
「統計省の消費統計課長など、長らく統計に係るような仕事をされてきたとのことですが、経済を俯瞰する上での統計の有用性と弱点について、教えていただけないでしょうか。」
先生
「経済の統計の場合、かなり多くの部分がいわゆるマクロ統計なのです。
リンゴの売上とかのミクロ統計も確かにあるのだけども、それぞれの人がその場、その場で何を選んだかというのは多分ビッグデータに頼らないといけないと思います。
統計には記述統計の推測統計とベイジアン統計の三つ種類があり、サンプル調査をして全体が推測できるっていうのが、統計のいいところです。例えば百人いたらカツカレーを選ぶ人が20%でそばを選ぶ人が30%であって、サンプルを取ればここから全体に引き伸ばせると言う事が大きな利点の一つです。しかし逆に言うとこれは確率論になってしまいます。
よくある統計の間違った利用法の一つは、統計数値として出した瞬間に確率論的な数字じゃなくて、決定論的な数字として扱ってしまうことです。かなり誤差はあるはずなのに、みんな誤差を無視してしまうと言うのはかえって良くない点です。
もう一つは、統計がなければ逆に何も出来なくなってしまう。そういう恐れがあります。
ビッグデータについての話ですが、プライバシーのことがよく話題に上りますね。私はプライバシーには市場と取引する際のプライバシーと人と人の間のプライバシーの二つがあると考えています。
そして前者はもう現代にはなくなったと思っています。何を買いましたか、金融資産をどこにどうやって預けて、どんな株式を持っているかというような、市場と個人との間のプライバシーというのは、もうほぼほぼなくなったと思っています。だからアマゾンとかはこれらの情報を知っているかもしれませんね。
しかし反対に前者の市場と取引する際のプライバシーというのをそこまで保護する必要があるかどうかについては、私はちょっと疑問です。
アマゾンには5年前6年前だったかまあどっちかってなかったかもしれないけど、もう全部買い物の記録が残っているわけですよね。すべての取引記録が残っていて、これはむしろ犯罪やらなんやらの観点からしてもこのプライバシーはそれほど守るべきではないとすら思うんですよね。
ただし後者の人と人の間のプライバシー、誰か忘れちゃったけど、ある人はこれを寝室のプライバシーと呼びました。私はこれは守られるべきだと思います。
君たちはクロヨンとかトーゴーサンとか聞いたことありますか。
クロヨンは、サラリーマンは所得を九割捕捉されていて、中小企業の経営者六割しか所得を捕捉されていなくて、農民は四割しか捕捉されていない。サラリーマンは、源泉徴収で全部税金を正確に払わないといけないけども、自営業の人たちはもしかしたら税金をちょろまかしているかもしれません。
他にも昔は政治家が無記名の割引債券をつかってお金を動かしていた等、過度なプライバシー保護はマネーロンダリングとまでは行かなくても、不健全な経済行為が生まれかねません。
そのため私は相手が市場の場合は資産にしろ商品購入にしろ、プライバシーをカチカチに守らなければといけないとは思いません。」
代表
「税金の捕捉の話ですが、例えば最近インボイス制度が話題の消費税は、比較的脱税がしづらい税金であって、脱税を減らすために、所得税から消費税のほうに段々軸を移して行くべきというような発想もたまに聞かれます。反対に消費税減税もしくは撤廃を主張する人もいますが、これについてはどのように考えますか。」
先生
「本来はちゃんと補足して所得税で取れというのが私の意見です。消費税の場合は逆進性がある、つまりお金持ちもお金持ちでない低所得者も同じだけ消費税をとられるっていうのはやはり公平性の観点からして問題があると思っています。
また消費税の減税に関しては一時的でいいと思います。ガソリンのトリガー価格のようにとりあえず今年度一年間は10%から5%にしますと言えば、今の物価上昇だってほとんど相殺されるわけですよね。来年になったらまたその時考えればいいことなので。
公平性の観点と、あと消費税は物価上昇に対応できるような税金であると考えるため、ある程度柔軟に動かしていいと思います。ただ、確かに消費税は物凄く安定的な財源であり、おっしゃるように魅力的な財源なんだろうなと言うのは理解します。」
代表
「もう一点統計の限界についての質問なのですが、例えばマクロ経済学で言いますとルーカス批判、つまり過去に観測されたデータを元にして政策を考えても、人々は政府の行動を見て自身の行動を変えるから無意味だという批判があると思うのですが、これについてはどうなのでしょうか。」
先生
「それはもう永遠に何をどうしてもルーカス批判が出てくると思いますよ。政府が政策を変えたら、人々の構造パラメータが変わるっていうのは何においてもそうです。だからそれ言い出すと不可知論になってしまうので、ある程度のところで割り切ってやらないとしょうがないなと私は思っています。」
副代表
「統計を用いた研究をされていると思うのですが、データとしてはSSDSE(教育用標準データセット)等の一般公開されているものを分析されているのでしょうか。」
先生
「そうですね。基本的には集計されたデータを分析するのですけれども、一応お願いすればかなり細かな個表でデータをくれますのでいろんな分析ができます。
例えば単純に失業率何パーセント等と数値が出てきますが、当然この数値は個々のデータを集約した結果です。
そして裏には失業しています、失業していません、何歳ですか?職歴は?性別は?みたいな個別の情報が何件もあるわけです。そこから細かな属性分析もできます。」
次回予告
人間は家畜になる?ロボットも失業する?
吉岡先生インタビュー中編:技術倫理とシンギュラリティ