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学校教育の現場でも供給制約?(2024/05/30)

 先日、Xで気になる投稿を見かけました。流れてきたのを見ただけでクリップしておかなかったので、リンクは貼れないのですが、こんな趣旨だったと思います。

 ご自身のお子さんの小学校からの配付文書の画像をアップしていました。
「学校も先生不足なのでボランティア募集!(採点など)」ということで、教員の補助業務的なものを無償で手伝ってほしいという内容のプリントで、それに対し、投稿主のコメントで
「氷河期世代は採用をさんざん絞っておきながら、親世代になったら無償労働で搾取ですか!?絶対やりません(意約)」というような内容だったと思います。
(※私のほうでカギカッコを使用しているものの、内容はうろ覚えなので厳密には引用ではありません。)

 これを見てふと思ったのですが、我が子の学校ではPTAとは別に、学校授業内のボランティア活動を募集しています。たとえば、「九九の暗記のチェックの補助」や、家庭科の授業での「玉結びのチェック」など、教員一人では全員のフォローを対応しきれないような内容の授業でピンポイント業務などです。こちらの活動はPTAと違って完全に任意のボランティアですが、事前登録制で、ボランティアをお願いしたい活動が発生したときに登録者に連絡が行き、そのタイミングで参加できるようであればお願いするという形のようです。私は登録していませんが、それなりに登録者はいらっしゃるようですし、この活動に対して悪いことを言っている人の話は聞いたことがありません。「完全に」ボランティアなので、ご本人の意思でされている方ばかりだからでしょうか。また、子供たちの学校の様子に直接関われますし、活動の意義を感じやすいのかとも思います。

 対してPTAのほうは、私は既に経験しましたが、「この活動って本当に必要?」と思うものが多いです。この辺の議論を持ち出すと長くなるので本稿では割愛しますが、そもそも社会全体が「供給制約社会」となっていく中で、「人手が足りないからどうやって人を増やすか」ではなく、「人手が足りないからどう効率化するか。本当に必要な活動を残し、不要な活動を削減していくか。」を考えるべきと思いました。

 これらの流れを思い返して、ふと思ったのですが、我が子の学校にとって本当に必要なボランティア活動のほうは、前述した「授業内のボランティア」のほうであって、PTA活動のほうは、不要な活動は削減していくべきなんじゃないかなと思いました。(PTA活動のすべてが不要とは思っていないのですが、不要とも思われる活動を含め「活動内容ありき」で、人を拘束していくのは、時代錯誤かなと思いました。)

 でもね、そんなこと、みんな分かってるし、思ってるんですよ。

  既にある活動の流れを変える(削減する)ことって、めちゃくちゃ労力が必要ですし、本気で変えようと思ったら「無駄と思われる活動」をしているより、リソース割かれて大変なことになるし、実現したところでその功績を感謝されるでもなく、自分がその恩恵を受けるわけでもない。というか、役員やってみて一年の流れや活動内容がようやく理解できたところで任期終了…という人が多いのでは。だからまた続いていくのですね。。

 PTAの話がしたかったわけじゃないのに、最終的に話が逸れてしまいました。それにしても、「授業のボランティア活動」のほうは、純粋に活動に参加されたい方が自らの意思で参加されてますし、この取り組みは良いことだなと思いました。冒頭のX投稿にあったような、採点作業などはないですが…というか、さすがに採点作業は保護者ボランティアが行うのは問題あるのでは??と素人的に思ってしまいました。投稿自体がフェイクという可能性も無きにしもあらずですが。

 


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