Stravaとの出会い【自転車と歩んだ4000日】
健康診断で血糖値が引っかかった!これは30代の入口で迎えた人生の岐路だった。
何かしら運動習慣をつけないと。そう思って彼が選んだのは自転車だった。
あれから10年。人見知りでコミュ障の中年が、自転車という媒体により仲間を得て、人生を取り戻していく物語の、本当の始まりは案外つまらないものだった。
PCの表計算ソフトとにらめっこしながら、御堂は今日の走行距離を記録している。
自転車での努力とはすなわち走行距離と等しい。相手のおおよその脚力を推し量るには、年間の走行距離を聞くと良い。
限られた時間の中で距離を伸ばす方法は3つしかない。
速く走るか、長く走るか、頻回に走るかだ。週休二日で年間5000km走るためには、休みの日全てを自転車に費やしても、1回で50km以上乗らないといけない。
御堂が自転車に乗るようになって初めて読んだ指南書にはこう書かれていた。
「年間5000km以上乗っていない自転車屋からは、自転車を買ってはならない」
その言葉を言い換えると、
「年間5000km乗っていない人が、趣味を自転車とか言うの?ぷぷー」
と笑われているような気がした。
走行距離の累計は、自転車のメーター(サイクルコンピューター)に加算されている。その距離の積み重ねこそが、御堂の「自転車乗り」へ向かう道のりに思えた。
そして事件は起こった。
サイクルコンピューターの電池が切れた。消えたまま死んだように動かない。電池を替えて再起動したそのサイクルコンピューターは、目覚めた時にまるで別人格へと変貌していたのである。
「お前誰?」
そう言われた気がした。設定も走行距離も全て忘れてしまったそれは…すでに御堂の道のり全てをリセットしてしまったのだ。
総走行距離ごと。
平地の少ない地域で自転車に乗ると、走行ルートは数本に絞られる。同じ場所、同じ道を走り続けるうちに、新鮮さは損なわれ、それはただのトレーニングとなる。
その積み重ねが…消えた。
御堂は深いため息をついた。
PCとにらめっこする。無機質な距離の記録はどこか寂しく、御堂は走行時の速度も記録した。それでもどこか寂しい。
走ったコースも記録に足してみる。数字の横にコース名が文字で足されただけでも、味気なさが緩和された。
しかし手間がかかる。走るたびにPCを開き、距離を書き込む作業を、御堂は面倒に感じるようになっていった。
遠くに行きたい。
そんな気持ちで、自転車のナビを検索する。そして見つけたのは「Strava」というアプリだった。
見つけたものの、個人情報を登録するのが怖くて放置した。その名前だけを記憶して、御堂は地図アプリで走るルートを探す日々を続けた。
ある時、100kmチャレンジをすることになった。誘われたわけではないので、正確にはチャレンジを敢行しただけだった。
転職を考えた御堂は、新しい就職先を自転車で見に行くことにしたのだった。
そのために取った連休は、台風一過の残滓が残る強風の日と重なった。
1日目が職場へのルート確認。2日目が職場見学。その1日目を自転車で向かうことにした。
田園風景を抜けていく。坂を登り、緑を堪能する。はずむ息とともに流れていく風景…。いや、変わらない。視界に入るのはずっと田畑ばかりだった。
次第にどこを走っていたのかすら、わからなくなる。
「このルートも後で確認できたら良いのになあ」
そんな感想が脳裏に浮かんだ。
その日の帰り道。オーナーが自転車乗りの飲食店で昼食を取った。
限界を迎えた膝を相談すると、店主はペダルの回し方を教えてくれた。
そして…。
「Stravaって知ってる?」
出た…Strava。店主はその魅力を語り始めた。
まず優秀な記録モジュールであること。
走ったルートのGPSデータが地図に反映され、走ったルートが表示される。
距離も、平均速度も、累計の獲得標高も、数字で残したいデータはほぼ記録することができる。
その中には道の中で、設定されたある区間を通過するタイムまで含まれていた。例えばある坂を登りに切るのにかかった時間が、自動で計測されているのだ。
それは便利だ。表計算ソフトに自分で入力するには大変な手間がかかる。それが走って戻ればStravaに拾われていて、記録する必要なく閲覧できるのだ。
そしてStravaはSNSでもあった。
走った記録に添付できる画像たち。その苦しいライドの過程で何を食べたのか、その写真すら記録に付け加えることができた。
友達申請すると、相手の走行データも覗くことができる。
御堂はショップの仲間から誘われる機会が増えた。
その相手も御堂の脚力を、事前にチェックしており、御堂にとっての快適な速度で走ってくてる。走行データには、こんな使い方もあるんだな。
当時のメンバーで一番遅い御堂は、データを使ってもらう側にしかなれなかったのだが。
そしてStrava最大の魅力は、記録とその拡散の両方ができることを活かしたリーダーボードにあった。
区間タイムは世界中と共有できるのだ。
その中で一番早かった者には王冠が授与される。
「Stravaは、毎日の走行がレースになるねん。知らん人とレースできるねん」
店主は最後にそう付け加えた。
貧脚ノロマの御堂。その不動の肩書をもった御堂はStravaを始めた。
すると区間タイムを見て気づくのだ。
「ビリじゃない」
自分が一番遅いわけじゃない。劣等感が薄れていった。
「前よりもこの区間は速くなってる」
成長が実感できた。
「ついにこの人に勝った!」
順位が入れ替わるたびに、走る行為に色が付き始めた。
日に日に上がっていくモチベーション。そして、御堂は新しい区間を検索するようになる。
Stravaには計測区間を表示する機能もあったのだ。新しい坂、新しいチャレンジをStravaが教えてくれた。
Stravaに刻まれた運動記録。それは御堂の自転車を、血糖値対策ではなく、本当の意味で趣味にしてくれたのだった。
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