見出し画像

きみのいる世界へ②

 
 私は次のメールがくるのを待ちながら毎日学校へ通った。
 毎朝これは夢であることを期待して目を醒ますけど体は小さいままでカレンダーを見ると2017年のままだった。
 学校では余計なことを話さないようにしていたらクラスメートとはなんだがギクシャクしちゃって変に気疲れしてしまった。
 早く慣れなくてはいけない。
 毎日帰ってからすぐにパソコン画面をチェックするのだがメールは来てない。あれはやっぱり悪戯だろうかと思い始めた1週間目にようやく次のメールがきた。


「凪沢美海(みうな)さんこんにちは。ジョン・タイターです。普段通りの生活は送れているでしょうか。私は1週間通信が出来ない環境にいました。今私は安全な場所にいてこれを書いています。
 青森県にある米軍の三沢基地にエシュロンという大規模な通信傍受システムがあります。これはあらゆるデータ通信を傍受して暗号を解読してしまう恐るべき兵器です。アメリカ軍はタイムトラベラーが発する情報を血眼になって探しています。通常回線ではすぐに発見されるでしょう。そのためこの通信も海外の複数のサーバーを経由して送っています。またこのメールも1時間で痕跡を残さず消去するようにプログラムされています。
 ちなみに私はどの国の利益を代表する者でもなければエージェントでもありません。ただ現在進行中のタイムリープ技術争奪戦においてこの技術をどの国にも渡さずに、2038年に起こる人類の危機を回避することだけが目的です。
 その過程であなたの友人である健(たける)さんは重要な役割を果たします。
 今この世界に7人いるタイムトラベラーのうち2人があなたの住む隣街にいます。あなたがこの世界でなすべきミッションはその方が教えてくれるでしょう。まずはその方と合流してください」
 そしてメールの下に隣街の詳しい住所が記載されていた。


 メールはそこで唐突に終わっていた。私は繰り返し何度もそのメールを読んだ。
 何となく内容は理解したけど本当に隣街にタイムトラベラーが住んでいるのだろうか?
 私はネットで記載されていた住所を念入りに調べ次の土曜日に出掛けることにした。
 駅から電車で3駅ほど離れた街だ。
 駅前から住宅街まで市営バスで行けるらしい。
 そして次の土曜日、お母さんに友達の家に行くと言って交通費を貰い、自転車で駅まで行ってそれから電車に乗って隣街へ行った。
 目的の住所は街を離れた郊外にあり駅前の市営バスに乗って行くことにした。

 バス停から15分ぐらい歩き瀟洒な住宅街の一角に教えられた家はあった。
 古風な石造りの洋館だ。
黒塗りの重厚なドアの横にあるチャイムを恐る恐る鳴らしてみる。
 暫くすると「は~い」と涼やかな女性の声がしてキーっと軋む音と共に玄関のドアが開いた。
 中から出てきたのは彫りの深い日本人離れしたきれいな女性だ。
「こんにちは。私は隣街に住む凪沢美海といいます。ジョン・タイターさんにこの家を訪ねるように言われました」
 言ってから私は笑いそうになってしまった。もしかしてとんでもない大がかりな悪戯にひっかかかってしまったのではないだろうか?こんなことを言って笑われたらどうしよう。
 でもその女性は真顔だった。
「ええジョン・タイターからあなたのお話は伺っております。どうぞ御上がりください」
「ではお邪魔します」
 そう言って玄関を上がると彼女の後ろについてリビングに案内された。
「ちょっとここで待っていてください。今ノアをお呼びしますから」
 そう言ってそのまま二階の階段を登っていった。
 椅子に座って緊張して待っていると、やがてゆったりとした足取りでさっきの女性とともに小柄な少年が現れた。

「こんにちは。お待ちしておりました。あなたもジョン・タイターからメールをもらったタイムトラベラーなんですね」
 見かけは私と同じ中学生ぐらいの背格好だ。
 色が白くて美しい顔立ちをしている。ハーフだろうか?
「はい。隣街から来た凪沢美海と言います」椅子から立ってペコリとお辞儀する。
「はじめまして。夏風ノアといいます」
そう言って少年はお辞儀した。
「こちらは私の母の夏風クロアといいます。一応そういう設定ですので……」
 設定?一体どういうことだろう……。
 私の疑問を察したようにクロアといった女性が説明してくれた。
「実はわたしたちは2038年からきた人造人間なんです。ほとんど人間と同じような生理機能を持っていますがね。私たちを開発した猫柳博士からある使命を帯びてやってきたのです」
 私がびっくりして口を聞けずにいると
「今お紅茶とお菓子をお持ちします。詳しい説明はノアがしてくれるでしょう」と言ってキッチンの方へ行ってしまった。
「今私、突然のことで混乱しています。あなたたちもタイムトラベラーなんですね?」
「ええ無理もない。僕らもあなたと同じタイムトラベラーです。もっともあなたと違って2038年の世界から来たのですが」
 夏風ノアという少年は大人びた口調でゆっくりと話しはじめた。

「2037年、日本の工学博士猫柳喜三郎はタイムマシンの開発に成功しました。それには超技術研究所に勤めて、博士の助手をしていた健さんのアイデアが大きく貢献しました。この研究には極秘でアメリカ政府も参加し技術、資金の両面で研究を後押ししていました。そしてタイムマシン開発成功の暁には世界平和の美名の元、アメリカ政府が世界を管理する密約が結ばれていました。しかしその超技術研究所には某国の諜報員が潜入していたのです。……あなたは2024年5月健さんに告白をしました。そしてあなたと健さんは結ばれました。しかし某国の諜報員はタイムリープ技術がアメリカへ渡るのを阻止するためにそれを妨害します。あなたが健さんに告白できなかった世界線では、健さんは自暴自棄となり、某国に金銭的報酬と引き換えにタイムリープ技術を流出させてしまいました。その結果、世界の覇権を握ろうとする某国とアメリカとの間で第三次世界大戦が勃発したのです」
 あまりのことに呆然として固まってしまう。頭の中が追いついていかない。とりあえずクロエさんが置いてくれた紅茶を一口飲んでから深く息を吐いた。
「……私には……難しいことはよく分かりません。ただ早く健に逢いたいだけです」
「残念ながら健さんはこの世界には存在しません」
「……それはなぜなんですか?」
「あなたにとってとても悲しいことだと思いますが、健さんは自身が開発に関わったタイムリープ技術によって第3次世界大戦が勃発し、多くの人々が亡くなったことを深く嘆き悲しみました。何よりあなたにそんな世界を見せたくないと言っていました。そこで健さんは実験装置の中で自分自身を量子化し、深きディラックの海、虚数空間へ葬り去ったのです。その結果タイムマシンは開発されず、第3次世界大戦が起きない世界線へと収束していきました。今、健さんは因果の鎖から解放され、情報生命体となって虚数空間で眠っています。……いつの日か、気の遠くなるほど遥かな未来でガフの扉が開かれた時、あなたと再会できると信じて……」
 それを聞いて私は涙が溢れた。……そんな……健は自分自身を葬り去ることで世界を救ったというの……。
 私には納得できなかった。それでは健があまりにもかわいそうだ。
「なんで……なんで健がそんな目に合わなければならないんですか?」
「あなたがそう思うのも当然です。猫柳博士もそう考えました。健さんとあなたが結ばれる世界を取り戻す。そのためにはタイムリープ技術を某国にもアメリカ政府にも渡さずに葬り去ればいいのです」
「私にできることがあればなんでもします。健を取り戻せるなら……」
 「ええよろしくお願いします。ところで美海さん。タイムリープしたきっかけで何か思い当たることはございませんか?」
 いつの間にかクロエさんも話に加わっていた。
「……私は何も。ただ健に好きって伝えようとしただけなんですよ」
 そう、何年も伝えられなかった思い……。あの時はふとそれが言えそうな気がしたのだ。
「きっとそれが引き金になったのでしょう。……つまりあなたが健さんに思いを伝えることで健さんと結ばれる。……その結果2037年に猫柳博士が開発したタイムマシン技術は日米両政府のものとなる。それを阻止しようとする某国の諜報員が近くにいませんでしたか?」
……あのとき健に思いを伝えようとした時、周りに誰もいなかったはず……たしかそのあと雑貨屋に行って……。
あ、雑貨屋の富子おばあちゃんに挨拶したっけ。でもまさか?
「何か思い出しましたか?」
「いえただ……健と会ったあとに雑貨屋に寄ったら、亡くなったはずの富子おばあちゃんがいてタイムリープに気づいたんです……」
 腕を組んで考え込むノアさん。
「……もしかしたら……その富子おばあさんという方があなたと健さんを監視していた諜報員の可能性がありますね」
「ええ~~!!」


 三人で相談した結果、ノアくんとクレアさんは「かどや」に張り込んで富子おばあちゃんを監視することになった。
 私は二人に雑貨屋「かどや」の詳しい場所を教えた。
 もし「かどや」の富おばあちゃんが諜報員だった場合、彼女を追跡すれば超技術研究所に潜入している諜報員と連絡を取るかもしれない。

 ノアくんは言った。
 「残念ながらわたしたちは未来へ戻る手段がありません。それが可能なのはジョン・タイターだけです。わたしたちはジョン・タイターと合流する前に一つのミッションを果たさなければなりません。健さんによって救われた世界ですがジョン・タイターはある懸念を持っていました。それは超技術研究所以外でタイムマシンが開発されることです。たとえ健さんがいなくても主要各国はタイムマシンの開発競争をしていました。タイムマシン開発の理論的実現性について世に知られるようになったのは、大学院時代に健さんが発表した論文がきっかけでした。しかしそれ以前から猫柳博士が超技術研究所でタイムリープに関する基礎研究を行っていたのです。某国は15年以内に盗んだ技術を使ってタイムマシンを開発する恐れがあります。そのため超技術研究所に潜入している諜報員を特定し、その情報を未来へ送る必要があるのです」
 私には難しくてよく分からない話だったけど、今はこの二人に頼るしかなさそうだ。なんだかとても頼もしい。
 私はノアくんと固い握手を交わしてその日は家に帰った。
 


  健は今もこの世界のどこかにいる。私には健が泣いているように思えた。
 健……がんばったんだね。一人で世界を救うために犠牲になるなんて偉すぎるよ。でも待っててね。きっと私がきみを助けるから。そしてあの時言えなかった言葉も……。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?