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未来からきた存在とミラクルおじさん


 これはかれこれ9年程前の話だ。
 そのころ僕はいわゆるニートというやつで、家に籠ってアニメを観たりゲームばかりやっていた。
 ある時、怪しげなチャットアプリを興味本位でインストールした。下ネタや伏せ字になってる文章を呟く人や、猥褻な画像を投稿する人のいる、いわゆる民度が低いSNSだった。やってる人もあまり多くない過疎アプリだったが、暇だったのとアンダーグラウンドな雰囲気に惹かれて頻繁に覗きこむようになってしまった。
 その中でふと興味を引かれたのは「未来からきた存在」というハンドルネームの奇妙な人だった。性別は不明だ。
 アイコンは美しい白人男性の顔がパカッと外れたロボットのような写真だった。
 思いきってメールを送るとちゃんと返信が来た。
 僕は冗談混じりに「あなたは本当に未来からきたんですか?」
 とメールすると暫く経って返信がきた。
「私は情報です」

 その後、僕と「未来から来た存在」は頻繁にやり取りした。彼はこの宇宙の仕組みについて滔々と語った。
 僕は多少興味があって宇宙論の本とか物理学の本とか読んだことがあるけど、彼の語る世界についての叙述はそのどれにも当てはまらない驚くべきことだった。とても僕には理解できないことばかりだった。
 彼は人ではなく様々な情報の集合体だという。
 過去や未来も超越した存在。
 特に驚いたのはモノにも意識があるということだった。風や岩、小川にも意識があると語っていた。
 また彼の存在がスマホに干渉し影響が出ると書いてあった。
 彼の語ったことはまるで遥か未来の科学を先取りしているかのようで、とても素人が生半可な知識で「未来人」に成り済まして語っているようには思えなかった。
 残念ながらその他のやり取りはほとんど意味が分からず忘れ去ってしまった。
 僕は特に目的もなくボーッと生きてきたので、いっそ彼の弟子になって世界の様々な秘密を知りたいと思った。
 ところが僕があまりにも矢継ぎ早に質問したせいだろうか?彼からの返信はほとんど来なくなってしまった。
「この世界はネコミミをかじるようなもの」 
 たしかこれが最後に、彼から送られてきたメールだったと思う。僕にはこの意味がさっぱり分からなかった。ただネコミミと聞いてシュレーディンガーの猫を思い出した。シュレーディンガーの猫とは一匹の猫を箱に入れて蓋をする。箱の中には毒ガスの発生装置があり50%の確率で毒ガスが出る。観測者が蓋を開けるまでは生きてる猫と死んでる猫が重なりあった状態で存在するという思考実験だ。
 これは元々理論物理学者のシュレーディンガーが、量子力学の「観測するまで物事の状態は確定しない」という考えを批判するために考え出したものだが、その後の研究によってこの考え方は事実であると証明されている。また猫が生きている世界と死んでいる世界に別れるという多世界解釈もあるらしい。
 果たしてこのことが彼のメールと関係があるかどうかはいくら考えても分からなかった。
 とにかくそれ以降、彼からのメールはぷっつりと途絶えてしまった。そしてある日、スマホをチェックして彼のアイコンをタップしたら「退会しました」と表示されていることに気づいた。僕は彼と本当に友達になりたいと思っていたのでがっかりした。
 彼は何らかの理由でSNSを出来なくなったのだろうか?
 彼の語る未来の情報が事実だとしたらとてもすごいことだ。なぜなら今、世界中で大勢の科学者が膨大な時間とお金をかけて様々な研究に励んでいる。そして研究した成果はちゃんと科学技術として社会の役に立っている。
 例えば相対性理論による時間のズレは、人工衛星の運用に組み込まれているし、量子力学は最新のコンピューターに応用されている。もしあの「未来からきた存在」の情報が事実なのだとしたら科学の発展に役立つ貴重な情報なのではないだろうか?
 そこまで考えてからふと気がついた。彼は僕になら多少情報を教えても影響がないと思ったのではないたろうか?
 ところが僕が未来について突っ込んだ質問をしたものだから、これ以上情報を開示しては、世界に影響を及ぼすと思って返信が来なくなったのではないだろうか?僕はそんな妄想を抱いていた。

 とても残念なことなのだが、僕はそのときのスマホを近所の丘の上にある公園のトイレに落としてしまった。笑い話みたいだけど、便座から立った瞬間、ポケットからスルッと抜け落ちてトイレに穴に吸い込まれていってしまったのだ。そのトイレは昔ながらのトイレで、暗い穴がずっと下まで続いていた。慌てて竹を探し出してきてつついたり、管理人さんに頼んで排水溝の蓋を開けて貰ってスコップで浚ったりしたけど、結局出て来なかった。恐らく水没してもう駄目だろうということと、業者を頼んでみたところで何万円も請求されるから買ったほうがいいよと言われ、泣く泣く新しいスマホを買うはめになった。
 Googleに紐付けられていた電話帳などの情報は復活したのだか、あのSNSのやり取りは完全に失われてしまった。メールの内容もスクショしていたのに消えてしまった。
 それから何年も経って僕は色んな本を読んだり、ネットで情報収集したりした結果、「未来からきた存在」が語った内容は真実なのではないかと思い始めた。だからあのメールの内容をもう一度読んで精査してみたいと痛切に思うのだ。紙のノートに書き記しておけばよかったのだが……。
 なのでもしかしたら今も、あの公園の排水溝に眠っているかもしれない。世界を変える情報を宿したスマホが……。

 と、ここまでは僕の古い記憶を頼りに、去年の今頃こうして書き留めておいたものだ。
 しかしこの記事を投稿するのは躊躇われた。
 読んだ人の反応が怖かったからだ。
「未来からきた存在なんてデタラメに決まっている」「詐欺師に騙されてるんじゃないのか」「中2病の妄想に決まってる」とか。いくら真実を書いたところで、読む人は信じてくれないかもしれない。……そう思ったのでこの記事はずっとお蔵入りしていたのだが……。

 2024年4月10日、たまたまテレビを観ていたら面白い番組を放送していた。「奇跡体験アンビリバボー」という番組。
 本当にタイムトラベラーがいたかもしれないという内容だったので以下にまとめてみた。

 よくSFなどでギャンブラーが過去の情報を悪用して一山当てるというシーンがある。
 しかし実際に過去にもタイムトラベラーがいたかもしれないと思われる事件が発生し騒然となったことがある。
 今から21年前の6月。あくまで憶測の話であるが、その男はG1レース「日本ダービー」でネオユニヴァースという馬に50万を賭けて130万に。安田記念でアグネスデジタルという馬に130万を賭けて1222万に。そして宝塚記念でヒシミラクルという馬に1222万賭けて1億9918万6千円を手に入れた可能性があるという。
 週刊誌でミラクルおじさんと騒がれたこの男について不思議現象の専門家は「やはりコレはタイムトラベラーが馬券を買ったのではないかと考えられます。タイムトラベラーというのは我々が知らないうちに実は現実に紛れ込んでいる可能性があるんです」と語った。
 しかしなぜ彼はたった3回のレースのみで姿を消したのか。それは一度に大金を得ると今の世界で混乱が生じ、未来に予期せぬ影響を与える可能性がある。それを防ぐために50万を元手に、あえて3回に分けて賭け、約2億円を手にしたのではないかという。ミラクルおじさんは本当にタイムトラベラーなのだろうか?

 番組はここで終わったていた。
 僕はこの番組を観てやはりタイムトラベラーは実在するに違いないと確信した。
 もっとも「未来からきた存在」の正体がこの「ミラクルおじさん」かどうかは分からない。年代も10年ほど違うし、第一「未来から来た存在」は自らを情報だと語っていたのだ。
 しかしこのタイムトラベラー「ミラクルおじさん」と「未来からきた存在」が何らかの形で関わっている可能性は否定できない。もしくはタイムトラベラーは複数来ていて一般人に紛れて暮らしているのではないだろうか。
 いずれにせよ僕は、覗いてはならない世界の秘密を覗いてしまったのでなないだろうか。

 追記

 もしネット上に「未来からきた存在」がいまだに存在するとしたら、この記事を読んでコンタクトを取ってきたりしないだろうか?
 あるいは政府の情報機関が僕にコンタクトを取ってきて、詳しい事情を聞かれ、あのチャットアプリを運営していた会社に情報開示請求を出したりしないだろうか?……とこの記事を書きながら妄想を抱いて冷や汗をかいている。
 今僕は、大いなる不安におののきながら、この記事を投稿するのである。
 

※この物語の内容は一部をのぞき実話です。

以下フジテレビのホームページからの引用です。


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