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バンカラ女子③~君のいた季節~桜の樹の下で


卒業式の前の晩。私は色々なことを思い出して眠れなかった。

きれいだねって手を繋いで海から眺めた初日の出。
一緒に初詣に行ったこと。
鈴を鳴らして手を合わせて私が願ったのはあざみさんのお嫁さんになることだった。
それを言ったら笑って頭を撫でてくれた。
あざみさんの願いはシンガーソングライターになること。
はじめてあざみさんの家に遊びに行ったときギターでスピッツメドレーと中島美嘉を歌ってくれた。
ハスキーな歌声で。
あざみさんが歌うなんて知らなかった。
廊下で男子と話していたとき、あざみさんが来て手を引いて行って「ごめん、やきもち焼いた」って言ってくれたこと。
そしてバレンタインデー。
私の作ったハートのチョコをおいしいって食べてくれたこと。
ゲームセンターで太鼓の達人を一緒にやったこと。
あざみさんはとても上手だった。
帰りにたい焼き屋のたい夢で買い食いしたこと。
持ってるホッカイロを交換したこと。
放課後暗くなるまで裏山のベンチで語り合ったこと。
そしてはじめてのキス。
そのすべてが愛おしい。
私は幸せだった思い出をぎゅっと抱き締め泣きながら眠った。

そして卒業式。

卒業式が終わったあと私はずっと涙が止まらないままよろよろと教室へ向かって歩いていた。
そしたら同級生の男子が近づいて来て一枚のメモを渡してくれた。
「はいこれ。一条さんにって」
そのメモを読むと「初桜あの裏山で待ってます あざみ」と書かれていた。
あざみさんはスマホを持ってない。
ホームルームをサボって寂しさと悲しさで胸が潰れそうになりながら校舎の裏から裏山へ続く坂道をふらふら登った。
裏山のてっぺんは見晴らしのよい千畳敷の公園になっていて、ここのベンチで放課後暮れていく街を眺めながらあざみさんと語り合ったことがある。
今年は異常気象で早く春が来た。
今はたくさんの桜が咲いている。
一番大きな桜の樹の下にあざみさんはいた。
「よっ、みさきちゃん来たね」
そう言って振り向いたあざみさんは継ぎはぎだらけの学ランに学帽、下駄を履いてポッケから手拭いを垂らしている。
久しぶりに見たバンカラ姿はとてもかっこよかった。

「みさきちゃん。ちゃんと見ててね~」 
「え?」
「いくよ。フレ~、フレ~、み~、さ~、き~!」
先輩は大声で応援してくれた。
私のためだけの応援。
冬休みの間練習してたのは私のため?
それから足許に置いてあったラジカセのスイッチを押すと大の字になった。
応援歌が流れはじめると白い手袋をつけた両手を一生懸命振って演舞を披露してくれた。
桜舞う中。
さっきまで寂くて悲しくてずっと泣いていたのに私は思わず笑ってしまった。
かっこいいけどムードないよな~。

演舞を終えたあざみさんは腕組みして誇らしげに仁王立ちしている。
パチパチパチ。
「あざみさん私のためにありがとう」
「うん、みさきちゃんには世話になったからな~。感謝の気持ちを込めたよ」
「すごくうれしいけど…ごめんなさい。笑っちゃいました」
ペコリとお辞儀する。
「えへへへ。みさきちゃんは笑顔が一番可愛いんだよ」
そう言いながら先輩はボロの学帽を取る。
長くてきれいな黒髪が桜舞う中を流れていく。
「にゃ~お」
突然白い子猫が現れてあざみさんの足許にすり寄ってきた。
「あ、猫ちゃん」
「お、チビまた来たか」
屈んで撫で撫でするあざみさん。
「かわいっしょ~。チビも花見かな」
「あざみさん猫好きなんですか?意外」
「そお?なんかあたしに似てるかなぁと思ってさ」
「ふふ、たしかに似てるかも」
ふたりで交互に猫を撫で撫でしていたら草むらに何かいたのか急に手をすり抜けて向こうへ行ってしまった。
「あ~あ、行っちゃった」
「行っちゃいましたね」
それからふたりで桜を眺めた。
「今年は早かったね桜。エルニーニャ現象のせいかな?」
「それを言うならエルニーニョ現象ですよ」
「だっけ?でも見れて良かった。卒業式に」
「うん、なんか……私たちのためみたいですね」
「…だね」
ふたりで桜を眺めているこのときをしっかり胸に刻もうと思った。
きっと大切な思い出になるだろうから。

しばらくするとあざみさんは言った。
「今日はちゃんと化粧してきたんだよ。どう?きれい?」
「ふふっ、先輩パンダになってますよ」
「嘘?マジで」
「嘘です」
「あ、騙したな~」
そう言ってあざみさんは私の頭をコツンと叩いた。
なんだかとてもうれしい。
「あっ」
ふたり同時に喋った。
「今の前にもあったよね」
「あったあった」
「やっぱうちら気が合うんだね~」

「あざみさん。私たちまた逢えますよね」
「うん」
「ほんとに旅に出るんですか?」
「うん。色々見てくるよ。そして曲とか詩とか書いてみる。今しか書けないと思うから」
「いつまで?」
「バイトで貯めた金と親が作った定期預金が尽きるまで。とりあえずバイクで日本一周目指すよ」
「また私に逢いに来てくださいね」
「うん」
「そうだ。第2ボタンください」
「いいよ~。ほれ」
先輩は無造作に第2ボタンを引きちぎると私に差し出した。

それから先輩はポケットから小さなナイフを取り出すと桜の幹に相合傘を書いてハート あざみみさき と掘ってくれた。
バレたら怒られちゃうかも。
なんかレトロだなぁ。
きっとここに来るたびに思い出すんだろうな。
別れの予感が胸に広がっていく。
私はあざみさんみたいに強くなれるかな。


「みさきちゃん。君のおかげで楽しい高校生活だったよ」
「あざみさん。クリスマスの日、ご馳走してくれてありがとう」
「んーん。みさきちゃんみたいな彼女ができてよかった」
「私もあざみさんみたいな彼女ができてよかった」
「ふふふふ……」
「大好きだよ」
「私も大好き」

そして私たちはそっとキスをした。

私より背の高いあざみさんが少し屈んでキスしたとき、あざみさんの頬を一筋の涙が流れ落ちるのが見えた。
唇が少し震えていた。
先輩ほんとにパンダになっちゃいますよ。
そう思ったけど私も泣いていた。

そのとき急に強い風が吹いて地面に落ちた桜が一斉に空へ舞い上がった。



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