新刊レビュー:エリー・ウィリアムズ『嘘つきのための辞書』

 マウントウィーゼルというものをご存じだろうか。私は知らなかった。辞書などに紛れ込んだ嘘の項目のことを言うらしい。
 『新コロンビア百科事典』に掲載されたリリアン・ヴァージニア・マウントウィーゼルという架空の写真家の項目に由来するらしく、他者の成果物を簒奪しようという剽窃者に仕掛けられたトラップ、あるいはいたずら心の産物として辞書に仕掛けられることがあるそうだ。
 本書は辞書編纂をテーマにしたお仕事小説と言える(『舟を編む』とこの本以外にそんなジャンルの小説があるのだろうか)。
 物語は現代と19世紀それぞれの辞書編纂者の視点で交互に語られる。彼らが取りかかる『スワンズビー新百科事典』は19世紀から編纂されるも第一次世界大戦で編纂者たちが大量に戦死し、未完成のまま終わった辞書だ。1930年代に初版の出たこの辞書は未完成ゆえに愛好されたという。この辞書の電子版を刊行しようというのが当代社長、デイヴィッド・スワンズビーの目論見である。
 
 ちなみに本書がミステリなのかという話(一応Dミスの記事なので)だが、現代パートにて毎日のようにかかってくる謎の人物からのスワンズビー社の爆破を仄めかす電話などの謎はあるものの、さすがにこれをミステリというのは厳しいというのが個人的な意見だ。
 
 スワンズビー新百科事典には先述したマウントウィーゼルが大量に含まれているらしく、これらを大量に混ぜたのが19世紀パートの視点人物ウィンスワースであり、これらを取り除く作業に従事しているのが現代パートの視点人物であり、スワンズビー社インターンのマロリーなのだ。マロリーが多すぎる嘘の言葉に悪態を吐く次の章で、なぜそうした言葉を造り出したのか背景の窺えるエピソードともにウィンスワースがせっせとそれを生産しているのは笑いを誘う。
 どちらの視点も訳注必須の言葉遊びの応酬で、本書はまさに言葉の小説と言えるだろう。


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