1-1_生まれてから4歳頃まで(アメリカ)
日本では平成の初期の頃、感情を代償に優秀さを手に入れたような父と、優しくていつも笑顔の母の元、兄弟と年が離れた末っ子として、私はアメリカで生を受けました。
なぜ、アメリカで生まれたのか。
それは、父が日系企業にいた頃に、アメリカの企業から声をかけられて、転職して、家族でアメリカに移住したためです。
合計で約7年、私の家族が過ごしたようですが、その途中で私が生まれたわけです。
母が私を妊娠した際の面白エピソードもあるのですが、それは機会があれば書こうと思うので、お楽しみに。
家族が住んでいたのは、カリフォルニア州サンノゼ市でした
今は住むにはクソ高くなってしまいましたが、当時はバブルの前?だったようで物価が安く、普通の会社員でも住めたんだとか…?
とにかく、私は人生の初めをアメリカでスタートするのですが、非常に、本当に残念なことに、当時の記憶が全くありません^^;
唯一、覚えてるのは、キッチンの床の柄、友達がアンパンマンのトレーナーを着ていたこと、くらいでしょうか…
キッチンの床の柄なんて、キッチンで作業する母の傍をハイハイしてたら、そりゃあ、赤ん坊の視線と物理的に距離が近いので、記憶に残りますね^^;
せっかくのアメリカの、しかもカリフォルニアの記憶が無いなんて!!
そんな記憶も自我もないまま、四歳の頃、「このままでは、子供たちが日本人ではなくなる」と、父は日本に帰ることを決めて、帰国しました。
私にとっては「帰国」ではなく、初めての日本ですから、「日本に来た」が正しいんですが笑
ちなみに、英語は習得できたのか、と言いますと。
当時、全く喋れませんでした。
英語はおろか、日本語も喋られなかったようです。
母国語が話されない海外にいる子供あるあるだそうですが、言語の発達は遅くなる環境でした。
言語に関しては、日本に帰国して数年、いや社会人になっても影響することになるのですが…
そんな日本語も英語も喋られない状況ですが、日本へ帰国となりました。
アメリカでの経験から学んだこと
私はアメリカの記憶もないので、「アメリカの経験」というより、「アメリカ生活経験者の家族から学んだこと」、間接的に私が得たものも多いです。
記憶はなくとも、今の私に影響したものも書きます(^^)
移民としてアメリカに渡ったので、生のアメリカの生活の経験を聞けた
「アメリカはどういう国なのか」を聞けた
いわゆる日系企業に守られた「海外赴任」ではなく、個人がアメリカ企業に転職して移住したので、当時のサバイバル?を聞けた
家族が良くも悪くも、アメリカ生活を恋しがったので(日本は窮屈だそう^^;)、国際感覚っぽいものが身に付いた
英語に限らず、色んな言語の発音を聞いて、それを再現できるようになった(耳が良くなった)
人生の初めで価値観が固定されなかったので、固定観念があっても、考えを改めるのが容易になった
終わりに
一般の方と比べて人生の初めが少数派で、今まで現在の私への悪影響に目がいってましたが、書いてみると、案外、良い影響もあったんだなとわかりました。
次回もよろしくお願いします
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?