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003.日本のものづくり技術の出発点

2015年の第39回世界遺産委員会で、山口・福岡・佐賀・長崎・熊本・鹿児島・岩手・静岡の八県に点在する、明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業がユネスコの世界遺産リストに登録されました。

これは、西欧由来の科学技術を基盤にしたものづくりを、開発途上であった東洋にトランスファーし、非欧米圏として初めて大きな成果を上げた記念碑的な意味を持つ例として高く評価された結果です。そこには、西洋文化・技術と日本的な伝統と文化・技術の出会いがありました。

明治日本の産業革命遺産の登録は、それまで世界遺産認定を受けていた富岡製糸場と絹産業遺産群と違って、八幡製鉄所をはじめとして稼働中の施設も含まれていて、現代日本の産業技術に直結しているものであることが特徴です。

我が国にとっては、明治以来の西欧技術へのキャッチアップの努力が認められた画期的な出来事でした。日本のものづくりの伝統が認められたことで、神輿を担いで一気に盛り上がるはずの産業界もコロナの伝播と地球温暖化の風にあおられて元気を失い、ものづくりという言葉さえ、行き場を失って、迷子になってしまった感があります。

他方、日本の産業界も、かつて1990年ころにはOECD各国の中でも人件費の高い国であったのが、賃金上昇が抑えられて2020年には、OECDのなかでも賃金が下位に位置するようになるなど、社会には閉塞感が蔓延しています。失われた30年などという言葉も蔓延しています。

これから希望をもって社会に船出しようという、20歳くらいの若者にとっては「経済に関心を持つようになって以来、日本の社会は、ずっと景気が悪いと言われてきた」ので、「日本は景気の悪い国」というイメージしかもてないようです。日本は韓国より賃金が安い国ということに、何の違和感もないという。若年層に経済不安が広がってしまっては、なかなか再浮上の兆しが見られません。

振り返って見れば、明治維新以来、わたしたちは西洋の科学技術に学び、取り入れてものづくりを構築してきました。

そうして生み出した私たちのものづくりは、加工の微細度がナノ(100万分の1ミリ)レベル、不良率は100万個に何個かという、究極の精度を実現しています。こと品質・精度に関して言えば、世界の市場ではほぼ他国の追随を許さない「勝負あった」状態にあります。

こうした高い精度のものづくりを実現してきた背景には、私たちの美意識、労働観、作ることや技巧へのこだわりなどが言われます。独自の自然環境や文化、価値観が、私たちのベースに「通奏低音」のごとく流れていて、それが、小さな工夫と改善を続け、コンパクトで細やかな仕上がり、瑕疵のないものを生み出す基盤になってきたように思います。

第3章で詳述しますが、古事記にもアマテラスオオミカミ(天照大御神)が神衣を機織りするという記述があります。神話の時代から日本では神さえも労働をする国なのです。西欧社会では労働は卑しい者のすることだとされていましたので、これだけでも日本が労働することに特異な考えを持った国だということがわかります。

その意味で、私たちのものづくりは、先人のはぐくんだ伝統文化に西洋の科学技術や合理性が融合されて生まれた、世界でもオンリーワンの文化といっていいと思います。

いま、情報技術の急速な発達を受けて、技術の高度化が加速度的に進み、最先端の製品を生み出すために、これまでなかった1ランクも2ランクも上の高い精度や安定性が求められています。そして、世界中の最先端のものづくりの現場で、私たちが構築してきた高度な技が使われています。

小型化・高機能化する携帯端末、IT製品、高い精度と緻密な加工技術が求められる宇宙・航空機、半導体など、日本の緻密な技術から生み出されたノウハウや高精度な機械・電子部品がなければ、新しい製品は成り立たなくなっています。

先人が構築してきた高度なものづくりの力がなければ、高度な製品も生み出せなくなっているのです。また、特有の文化から生まれた日本食も、その繊細な味付けで世界の人々を魅了しています。調理もまた、ものづくりの技が発揮される根源の一つです。

人は、自然界にある「もの」と、人が手を加えることで生み出した「もの」を利用することで、空間的、時間的、さらには精神的な広がりを持った活動を可能にしてきました。

いいかえれば、「ものをつくる」という行為は、人間の尊厳と文明を支える基本的な要素なのです。人がホモ・ファーベル=ものつくる人といわれるゆえんです。

これまで産業技術の開発を進めてきた先進国の多くの人たちが興味を持たなくなってしまった“ものをつくる”という原初的な行為に、私たちはいまでも強い関心を持っています。そうしたものづくりの精神と技術は、未来に向けた貴重な「人類の資産」であるといってもいいでしょう。

この先、まだまだ、作り出すものについて改革・改善・改良の努力が不可欠です。そのノウハウをさらに展開し、必要としている世界に広め、次の世代につないでゆくことは、私たちの役目といってもいいでしょう。

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