kuroyuri(クロユリ) 愛する人へ 四話「処刑」

莉子に「60」のナンバリングが施されてから、数日後の夜。

幹線道路沿いの駐車スペースを広く取ったコンビニ。
派手な外観の車が数台、固まって止まっている。
その中の黒いセダンが、重低音を効かせた洋楽を大音量で流していた。
そして、その周りには、そのジャンルを好む若い男女が群れをなしていた。

「何だよマサル。もう帰えちゃうのか?」

長髪の男にそう言われた金色の短髪の男、清堂賢(しんどう まさる)。

「今日は何だか気が乗られねえ。やっぱ帰るわ」

清堂の仲間は、ブーイングでそれを阻止しようとした。
だが、そんなことはおかまいなく、大音量の車の中に入り急発進させた。
清堂は何かにイラついていた。

コンビ二を出て最初の赤信号でも、車内に響く大きな音を持ってしても、それをかき消すことができないでいた。
「コンコン!」と、停車していた清堂の車の助手席側。
そのスモークの入った窓ガラスを叩くの者がいた。
舌打ちをしながら、渋々助手席側の窓を開ける清堂。
その時でも車内の音量はそのままだ。

「何だ?」

半分だけ開けた窓から顔を覗かせた清堂は、相手を威嚇した。

「夜分すいません。清堂賢さんですね」

いつになく低姿勢な態度だが、そこに居たのは間違いなく、あのシラハだった。

「誰だ貴様!何で、俺の名前知ってんだ」

清堂はそう答えながらも一瞬、危険を察知し「警察」という言葉を口にしなかった。
     
「あのー。橘美果さんっていう方、ご存知ですよね?」

シラハは全てを知っていたが、わざと質問してみた。
清堂はその質問に絶句した。
変わらず清堂を見ているシラハ。

「じゃあ、死んでもらいましょうか」

シラハのその一言で、赤にも拘わらず清堂は車を急発進させた。

「な、何だよアイツ! 俺のことどこまで知ってんだよ!」

全身の毛穴から、汗が溢れてくるのがハッキリわかった。
清堂はその場から少しでも早く離れようと、車を必死で飛ばした。
念のため、何度かバックミラーで確認した。
もちろん、そこには映ってはいないはずだ。

「そりゃそうだよな」

少し笑みを浮かべ、安堵の表情を見せる清堂。
シートに座り直しアクセル緩めた。

「ん? 何だ、この音」

清堂の車の左後方から、風を切るような音が近づいてくる。
その音は、大音量の車内にさえ聞こえてくる大きな音だった。
清堂は、恐る恐るミラー越しにその方向を見た。
        
「な、何!」

車内から見えたシラハの姿は、明らかに浮いていた。
そしてその速さは、緩めたとはいえスピードメーターの「80」近くを指している車と同じなのだ。
そのシラハは、清堂の方をずっと見ている。
それに驚いた清堂は、振り切るためスピードを上げた。

あの忌まわしい光景からどれ位経っただろうか――。
自動販売機の前に立つ、清堂の姿があった。
口に飲み物を運んで、冷静さを取り戻そうとしていた。
清堂の手に握られていた缶には「アルコール」の文字があった。

「一体、何が起こったっていうんだ……」

独り言を言っているその姿に、いつもの威勢はない。

「……そうか。あいつ、俺がひいたあの女の仲間か」

清堂は、ひき逃げをしてからずっと、その事を消し去ろうとしていた。
だが、忘れることはできず、シラハの出現によりあの日に呼び戻されていたのだ。

「しかし、どうしてだ? 何で、俺の車に追いつけていたんだ?」

清堂は、考えれば考えるほどわからなくなっていた。
もう一口、そのアルコール飲料を飲んだ。

「あうっ!」

鈍い音がした。
恐怖のあまり清堂は少しの間、固まっていた。
その後、恐怖に打ち勝とうと、ゆっくり後方を見ようとする。

「ああ、あああー!」

入っていたのだ。
清堂の背中の中央辺りに。
シラハの右腕が、手首の位置ぐらいまで。

「あの時も、そうやって飲んでいたのか」

清堂を睨みつけるシラハの表情に、先ほどまでの穏やかさはなかった。

「ち、違うんだ。あの時は気が動転していて……」
「だから逃げたのか。だが、それは違うだろう。お前は、橘美果をひいたあの夜も飲酒運転だった」
「お、お願いだ許してくれ! あの雨ん中、すぐに降りて確かめたんだよ。だけど、彼女はもうダメだったんだ。どうせダメなら、飲酒で捕まるより、俺自身が少しでも罪の軽い方がイイと……」

虚しかった。
その感情は、シラハ自身の経験と大きくダブった。

「お前に、何も言う資格はない。味わうがいい。橘美果がどんな気持ちで死んでいったのかを。ディ・マナス(魂よ冥界へ)!」

次の瞬間、賢は叫び声と共に白い光に包まれていった。

翌朝――。

分離帯にぶつかって大破した清堂の車と、辺りに散乱した大量のアルコール飲料の空き缶が発見された。
遺体から採取された血液中のアルコール濃度は、常識では考えられない数字がはじき出された。
また、清堂の遺体はブレーキ痕がないことからも、その酷さは想像を絶していた。
遺体の確認においても、ナンバーから割りだしたものと、所持品の免許をもってしないとわからないぐらいのものだった。

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