【9000字ほど】怪談 会談 階段【なんかようかい?】
怪談 会談 階段
今ではもう使われていないボロ長屋の一室で、人ではない何かが話し込んでいる。一杯ひっかけてほろ酔い気分の人間の男がそれに気づき、長屋の壁の隙間から覗き込んだ。男は日々「家事をしろ子と遊べそして働けごくつぶし!」と罵声を浴びながら生きているから、目の前に広がる不思議な世界に興味津津だった。中では得体の知れない何かが、車座になって意見を出し合っているように見える。どうやら意見がまとまらず会談は紛糾しているようだ。「だからぁ!わしらが大きな声を出して、先祖代々受け継がれている金棒を一振りでもすれば人間の子供たちなんぞ簡単に震え上がるに決まっておろうが!」赤い肌をしている鬼が言う。尾が九本もある狐は、それぞれのしっぽをフワフワと動かしながら鬼の発言を鼻で笑う。「いかにも野蛮な鬼が考えそうな話ね。低俗だわ」のっぺらぼうが何かを言いたそうにしているが、口がないので何も言うことができなかった。「なんだと!このやらしい狐が!皮を剥いで俺のパンツにしてやろうか!」いよいよ九尾が怒ったらしい。九本の尾を大きく広げると。「貴様なんかのパンツになるくらいならば、この身を石に変えた方がいくらかマシというものよ!」九尾の周りを怪しい火の玉がくるくると蠢き始める。「やめんか二人とも」怒りに任せて、今にも暴れだしそうだった二人がピタリと動きを止める。「ぬらりのおじき!」「ぬらりひょん様!」のっぺらぼうは九尾の火の玉が引火し燃えている。「まったくお主らは。ちゃんと人間を驚かせる方法を考えんか。このままでは人間に舐められてしまうではないか」あぐらをかいていたぬらりひょんが立ち上がり車座の周囲を歩き出す。「いいかお前達。我ら人ならざる者達が起こす現象は、人間達にとって怪談という。そこで焦げておるのっぺらぼうがおるだろう?そやつは我々にとってマスコットみたいな存在だろう?力も無ければ敵意があるかも怪しいもんじゃ。しかし!人間達の誰もが知っている。それはなぜか?人間達がのっぺらぼうを恐れ、噂に尾鰭がついて存在を大きくしていったからだ。実際に恐ろしくて人間から怖がられるのが一番な話ではある。が、力が無くても見せ方次第では人間達を支配することはできる。そういった点ではむしろ我らの代表格と言って過言ない。だから皆の者、しっかりと考えんかぃ!」急に名指しで誉められたのっぺらぼうは顔を赤くする。その横で、目をつむり、神妙な顔付きであぐらをかいている天狗が、のっぺらぼうをチラリと見る。(顔がなくても顔面は赤くなるのだな)面白い光景を見る事ができたと1人微笑んでいる。
「わかるか皆の者。人間に恐怖を与え、畏怖や畏敬の念を持たせることは我々にとってとても重要な事だ。その土地の信仰や祭事での伝統的な慣習を絶やされてはならぬ。人間は自分達の力だけで生きていると勘違いしておる!我等という存在がおるから神仏が信仰され祈願をし、人間達が慣習を守るために手を取り合う!それを理解することもなく、動物を殺し、いずれ森を切り開き、川を汚すようになる。その様な愚行を許してはならぬ。しかと知恵を絞って人間達の臓腑がひっくり返るくらいの恐怖を与えてやれ!わかったか!」車座で行われている会談の興奮は今最高潮を迎えている。腕を突き立てるものもいれば、さらに首を長くする者もいる。中には皿が一枚足りないと嘆く者もいた。「人間達に恐怖を!」「人間達に裁きを!」「人間達に神の裁きを!」若干的外れなシュプレヒコールを上げるものがいるが、妖怪の中には学が無い者もいるからそれは仕方のないことだった。
男は隙間から見ていた光景に驚きを隠せないでいる。目の前で繰り広げられている会談は恐怖とは甚だ遠い。いや、見た目は恐ろしいからそのキャラクター性だろう。男は隙間から少しだけ離れるとその光景をフッと鼻で笑った。帰る時間が遅くなっているから、恐ろしい鬼嫁に怒られる可能性は高い。しかし、焦る気持ちとは裏腹に、好奇心に身を委ね、この光景をもう少しだけ、もう少しだけ覗いていたいと思い、欲望のまま再び隙間から中を覗く。その時だった。「不届き者がおるのう…なぁ。皆の者」ぬらりひょんがゆっくりと振り向くと、男が覗いていた隙間に視線をよこす。先程まで熱い思想を垂れ流していた妖怪とは思えないほどの冷たい視線だった。「全くだ。ぬらりのおじき。ネズミ1匹。そこにおるのは知っておったがな。ワシらを笑うなど人間風情の分際で。ちょうどいい。まずはお主に恐怖を叩き込んでやろう」鬼が金棒を杖のように使い立ち上がる。四肢を綺麗に折りたたんでいた九尾もその場に立ち、一つ大きな伸びをすると「人間の男は固くて不味いからねぇ。興もそそられないけど笑われてしまったとなるとねぇ?話は別よねぇ?」と、舌舐めずりをした。焦げたのっぺらぼうは多分わかっていなかっただろうが、知った風な素振りを見せる。その場に居た妖怪達もよっこらせと腰を上げたり、宙に浮いたりし始める。男はその様子に驚き、急いでその場から離れようと駆け出した。
小高い丘に建つ神社まで男は逃げようとしている。勢いよく走ったものだから、途中で豪快に転んでしまい、ボロい着物が汚れ、男全部がボロ雑巾のようになってしまった。息を切らして鳥居をくぐる。階段を登った所にあるちっぽけな神社だった。賽銭箱を背にして座り込むと、バクバクなる心臓がうるさかった。「こんな事になるなんて」ポツリと呟き、乱れた息を必死に整える。呼吸が落ち着いてきた。こんな厄介な夜はもうごめんだと思い、立ち上がりその場を去ろうとする。遅い時間になってしまっている。気分が落ち着き、現実に戻ってくるとなぜあの長屋を覗いてしまったのかと自分が憎らしくなった。非常にまずい。人ならざる者も確かに恐ろしいが、男にとって鬼よりも鬼らしい鬼嫁がどういう形で自分を迎えるのかが恐ろしかった。それを考えると足が震え出し冷や汗が吹き出してきた。さらに背中には嫌な汗が流れ、膝に力が入らなくなり、男は頭を抱えるとまたその場に座り込んでしまった。
カランコロン。ヒタリヒタリ。ペタペタペタ。その後ろからカタカタと足音が聞こえ、何かがぶつかり合うような音も響き、ウーッと呻く声が聞こえてくる。男の耳にその音が飛び込み自然と頭を上げる。いつの間にか辺りには霧が立ち込めていた。音が階段を登ってくる。男の目に最初に飛び込んできたのは、大きな骸骨だった。カタカタという音は骨と骨の擦れ。呻き声は骨の隙間を風が通る反響という事に気づく。男の位置から下半身を確認することはできないが、大きな骸骨が上半身を出して男を見つめている。そこに瞳はないというのにその視線に、男は目を逸らすことができなくなり、背筋が凍る。「コレ。がしゃどくろ。でかい図体であまり暴れるでない」複数の足音が階段を登り切ろうとした時、ぬらりひょんと、鬼と、九尾の姿が現れた。「おぅ人間。ここにいたのか」鬼がうんざりしたように呟く。「あなた。さっきよりもみすぼらしくなってない?」転んでボロ雑巾のようになった男を九尾が嘲笑う。カタカタと奇妙な動きをしていた骸骨は、ぬらりひょんの一言を聞いて、今ではピタリと動かずにいた。徐々に他の妖怪達も神社に集まってくる。周囲を囲まれた男は立ち上がることもできず、ただあんぐりと口を開けていることしかできなかった。
「おい人間」鬼が男に話しかけるも虚ろな目をしたまま反応しない。一体どうしたものかと九尾と目を合わせる。「ちょっと人間。一体どうしたっていうんだい?」九尾が男の側まで行き、九つある尾の一本で頬をペシペシと叩いてみる。少し間ができたと思ったら、急に男の目に光が宿った。「ひいいぃいぃ!!悪かった俺が悪かった!すまねぇ!面目ねぇ!この通りだ!命だけは助けてくれ!」尻を付いていた体勢からピョンと飛び上がり正座をすると、ペコペコと地面に頭を叩きつける勢いの土下座を始めた。「のう人間。それはちょっと虫が良すぎる話じゃないか?俺達を覗き見た上にそれを笑うなんての。お前さんはどうだい?逆の立場だとしたら腹が立つだろう?」鬼は男に近付きながらそう問いかける。「鬼のだんなの言う通りだ!俺は、俺はとんでもなく失礼なことをしちまった!反省してるんだ!だから…すまなかった!」再び土下座をする。今度は本当に地面に頭を擦り付けている。少しの間沈黙が続き、鬼が声をかける。「おうおう人間。俺は鬼だが心まで鬼って訳じゃないんだよ。そこまで反省しているなら許してやらんこともねえさ。その代わりだ、しっかり今日あったことを他の人間達に知らしめるんだ。わかるな?俺たちは普段は姿は見せないが、いつもお前たちのすぐ近くにいる。そのことを忘れるなよ?」鬼が腰を折り曲げ、男の顔を覗き込みながらそういった。「ちょっと。ぬらりひょん様を差し置いて何でアンタが勝手に話を進めてるのよ」九尾が横からつっかかる。(鬼だけど心は鬼でないという点には、九尾殿は突っ込まないんだな…)がしゃどくろの鎖骨に座っている天狗はそう思ったが、声にするのはやめておいた。「よいよい九尾。鬼の言う通りでわしは構わん。人間よ今日の所はもうよいぞ。今後はくれぐれも我々を軽んじるようなことが無いようにな。皆の者もそれでよかろう?」神社を囲んでいる妖怪達が各々に了承の意を表している。男は安堵の表情を浮かべ「すまねぇ、ありがてぇ」と頭を地に擦り付ける。しかし、顔をあげ笑顔を見せたのは一瞬だけだった。みるみるうちに顔を歪ませ今度は涙をこぼし始める。「どうしたのよ?」九尾が問いかける。「随分と夜が更けちまった。今家に帰ったら…鬼みたいな嫁さんに何を言われるか…。むしろ朝を迎えられるかがわかんねぇよ」九尾が目をまん丸にした。「何を言ってるんだい!妖怪に襲われたって!恐ろしい目にあったとその鬼嫁にしっかりとおっしゃいなさい!ほら!泣いている場合じゃないでしょう!シャンとしな!あんた男だろう!!」九つの尾の一本で男の背中をバシンとたたく。「はっはっは!おい人間!お前は女様方の尻に敷かれすぎだ!しっかりしねぇか!」鬼がそのやりとりを見て笑っている。いつしか周りを取り囲んでいた妖怪達も同じように笑っており、いつしか皆が口々に男へのエールを叫んでいた。
「妖怪様達ってのは優しいんだな」男が呟く。ぬらりひょんがその言葉に反応した。「うむ。我々の中には単純に人間を憎んでいるやつもいる。しかしだ。正直な所、大半の妖怪達は理由がなければ人間を襲ったりはしないんじゃよ。驚かして楽しむような輩は多いがな。ただなぁ、わしらからしたら、同じ種族なのに殺し合い、憎しみ合う人間達の方がよっぽど恐ろしいわ」ぬらりひょんがそう言うと、不気味な顔面に笑顔を浮かべた。男はたしかにそうだと思い、ポンと掌に拳を打つ。「人間共には互いに譲れぬ正義というものがあるのだろうな。きっとお主の鬼嫁もそうなのであろう?しかし、憎しみ合って夫婦になったわけではないなら、ゆっくり話し合えば理解し合えるのではないか?わしはそう思うぞ。ほれ。鬼嫁だって真の鬼ではなかろうに。さっさと帰って今日あった話をしてやるがいい」ぬらりひょんは登ってきた階段を指差し、男の肩を叩く。「まだまだおぬしと女房の先は長い。恐ろしい女房で難しい性格かもしれん。しかしそれだけではないはずよ。それを肝に銘じろ。そして末永く幸せにならんか」男は感極まり涙と鼻水を流す。そして階段に向かって走り出した。妖怪達に送り出され、もうすぐぬらりひょん達から姿が見えなくなろうとした時、男は振り返り叫ぶ。「ありがとうぬらりひょんと鬼の旦那!九尾のお嬢も達者でやってくれ!俺は村のみんなや嫁に教えてやるよ!妖怪様達はよっぽどのことが無ければ人間を襲わない優しい奴らだって!それから今日は嫁さんに愛してるって伝えてみる!もう何年も言ってねえからな!またもしどこかで会えたら、今日の思い出話の思い出話でも聞いてくれや!」
「「「達者でな!!」」」
妖怪達が声を揃えて男を鼓舞する。この事実を知らぬものには、何か恐ろしい物の叫び声が聞こえたに違いない。しかし男にとってはこれ以上ないエールだった。
「さて。皆の者もうすぐ朝日が昇る。帰るとするか」鬼と九尾は満足そうにコクリと1つ頷いた。カランコロン。ヒタリヒタリ。ペタペタペタペタ。3体の妖怪が階段を並んで降りていく。その後ろを大小様々な妖怪が列をなした。「ぬらりひょん殿」フワリと風に乗ってきた天狗が地面に降り立ち、ぬらりひょんに声をかける。「おお天狗。口数少ないお前から話しかけてくるとは珍しいのう。どうした?」天狗が長い鼻をかきながら歯切れの悪い唸り声を上げる。「いや、あの人間の男をあのまま帰して良かったのかと思いましてな」天狗の含みを持たせた言い方がまどろっこしいのか、ぬらりひょんがその言葉の真意を聞き出そうした。「どういうことじゃ?遠慮なぞいらん。何が言いたい」天狗は意を決したようだ「あの人間。本当に我々が言ったように他の人間に恐ろしい事があったと話をするでしょうかな?確かに我々はあの人間を脅かしはしましたが…。最終的にはぬらりひょん様をはじめ皆で人間を送り出す形になっていた。そしてあの人間、去り際はありがとうと言っておりました。人間は恐怖を感じればそう言ったものには近づこうとはせんでしょうが、今回は状況が異なると思いましてな」天狗は腕を組んだり首を捻ったりしながらそう語る。「確かにそうかもしれん。しかしな天狗よ。人間と我々の関係は脅し脅かす。それだけじゃない、時には手を取り合って助け合う事もある。持ちつ持たれつ。そんな関係があってもいいんじゃて」ぬらりひょんはニコリと笑い、ポンと天狗の肩を叩いた。「まだまだ尻の青い天狗にはわからんかもしれんがなぁ」ヒャヒャヒャと笑いながらぬらりひょんは消えていく。「じゃあおじきも帰ったトコだ!今日はここで解散!みんなまたな!」鬼が走ってどこかへ去っていく。「みなさん。ごきげんよう」九尾は少しだけ周囲に風を起こし、するりと消えた。他の者たちも思い思いに帰路につき、姿形は見えなくなっる。「人間も、妖怪も。まだまだわからんことばかりだな。のっぺらぼう殿」尻目とじゃれて遊んでいたのっぺらぼうが大きく1つ頷いた。
「だーかーらー!ワシの釘バットで人間をフルスイングしたらみんな恐れ慄くに決まっておるだろうが!」のっぺらぼうが血生臭い話に顔面を蒼白にさせる。「野蛮ねぇあなたはいつも。けれど単純な力という発想もいいかもしれないわねぇ」九尾が鬼を挑発しなかった事に、その場にいる者達が驚愕した。(何か悪い事が起こるかもしれんな)天狗は閉じていた目の片方をチラリと開ける。のっぺらぼうはブルブルと震え、尻目は尻にある瞳をチカチカさせていた。その時だった。トントンと長屋の入り口を叩く音が響く。その音に驚き、妖怪達の中には飛び上がって、鬼や九尾の後ろに隠れる者もいた。「お前ら物音1つに驚きすぎだろう!それでも妖怪か!」そう叫んでいる内に、長屋の引き戸がスラリと開いた。
「お、みなさんそろってらっしゃる!」そこには先日の人間がいた。「あらあなた。どうしたの?元気だった?」九尾が声をかける。引き戸を開ける音にさらに驚いた妖怪達が、九尾の尾の隙間でブルブルと震えていた。(九尾殿最近キャラが変わってきたな)そう思いながら天狗は目をつむったままあぐらをかいている。
ツカツカと男が長屋の中に入ってくる。「この通り!お陰様で元気にやっとりますって!で、今日来たのには訳がありまして!おーい!おまえー!」男が振り返ると引き戸から顔を半分だけ出している女性がいた。恐る恐る引き戸の陰から出てくると、その体はずいぶんと大きく、男と並ぶとさらにそのサイズ感が際立つ。意地の悪そうな顔をしているからか、釘バットを肩にかけている鬼よりも鬼といえる。「これが俺の女房だ。先日家に帰ってからここでの出来事を話したら真っ赤になって怒ってしまって、嘘でももっとましな嘘はつけないのかい!と言われましてね。なんだじゃあ証拠でも見せてやろうじゃねえかってことで今日ここにつれてきたわけです」男は早口気味に説明する。「いつからこの会談の場所や俺達が夫婦喧嘩の仲裁するようになったんだぁ?」鬼がゲラゲラと笑っている。どうやら男の鬼嫁は目の前の光景が信じられないようで、ひどく怯えてしまっている。「ほらな俺の言った通りだろう?妖怪たちは本当にいるんだ!ただの怪談話じゃねえんだよ!」鬼嫁が涙を流し始めた。「わかった!もうわかった!私が悪かったよ。あの日ぶん殴っちまったのも謝るから帰ろう!もうこんなのごめんだよ!」最後まで言い切るかどうかといったところで、鬼嫁は踵を返して走り出す。その時だった。
鬼嫁は何かにぶつかりひっくり返ってしまう。そこには酔っぱらったぬらりひょんがフラフラと危なげに立っていた。「おう、あの時の人間じゃないか。今日はどうした?なんかようかい?」ゲラゲラと笑いながら妖怪ジョークはさむ。「大分できあがっているじゃないか旦那」男が嬉しそうにぬらりひょんの側に走ってくる。「今日忍び込んだ家が大層金持ちでなあ。酒も魚もたくさんあったからついつい飲みすぎてしもうたわ。で、この女は誰だ?鬼の嫁かいわゆる所の鬼嫁か?」その場でへたり込んでいる鬼嫁は立たない足腰を必死に動かし、その場から走り去っていった。男がかくかくしかじかと理由をぬらりひょんに伝えるとまた大きな声で笑い出した。「なるほどお前さんがあの日、あれほど怯えておった鬼嫁とはあれの事か!鬼の新しい嫁かと思ったわ!」面白くて仕方がないのだろう地面に突っ伏し足をバタバタさせて笑っている。「ぬらりのおじき!それはひどすぎるってもんよ!」鬼がそういうとあちらこちらで大きな笑い声が起き、その中心で男も一緒に笑っていた。
あの日走って逃げ込んだ神社に繋がる階段に、男と妖怪達が腰かけて笑い合っている。「いやー人間とは本当におもしろい。鬼嫁でありながら人ならざる者は恐ろしいとはな!」ぬらりひょんはまだ笑っている。それを聞いて男は「人間そんなもんさ。得体の知れないもんが怖くて仕方ないんだ」その言葉に九尾が反応した。「あなたはどうなのよ。私達が怖くないの?」男が答える。「どーだろうなぁ。恐ろしくないと言えば嘘になる。けど妖怪達がそれほど悪い奴ばかりじゃないって事を知ってるからなぁ。むしろもっと人間と妖怪、お互いに仲良くやっていけねえのか?そう思うよ」鬼がガハハと笑ったが、すぐに神妙な顔をする。「不思議な事を言うやつがいるんだなぁ人間にも!けどな。それは無理だ。なぜなら人間が俺達を恐れているからだ。話をしようともしない。存在すら否定し、慣習やしきたりは半信半疑だ。そんな人間と馴れ合うなんてまっぴらごめんだぜ」鬼はぶっきらぼうにそう言うと、プイッと顔を背けてしまう。ぬらりひょんが口を開いた。「妖怪にも、人間にも、お互いの意思がある。共存していくという事は、その意思を尊重できる者同士でなければならんのだよ。しかしな。それができた試しがないから今がある。それぞれのごく一部がそれぞれの意思を蔑ろにし、その小さな火種を元に争いが起きる。争いは一方の排斥を意味し、迫害へと進む。何度も、何度もわしはそういう光景を見てきたわ。その度に、がしゃどくろは大きくなっていった。そして、がしゃどくろの骨の間を風が通る音がどんどん大きくなっていく。悲鳴のような、うめき声のような低い音が鳴り響いて止まない。だから人間と妖怪に今必要なのは共存ではない、お互いを傷つけないという距離感じゃよ」ぬらりひょんの話をその場にいる者は静かに聞いていた。がしゃどくろが心なしか肩を落としているように見えたが、男の気のせいだろうか。「そんな事があったなんて俺は知らなかった。すまねぇみんな。軽はずみな事を言っちまった。そうだよな。これまでそれが叶わなかったからこんな状況なんだよな」ぬらりひょんが言う。「人間。構わんよ。今ここにおるものはきっとお主の事を他の人間と同じようには思ってはおるまいて。わしはそう言ってくれる人間がいて嬉しく思う。これまでもこれからもきっと我々が寄り添う事はきっとないだろう。しかしお主のような人間がいるということで、いつか、人間と妖怪が手を取り合って過ごすことができるようになるかもしれん」鬼と九尾がうんうんと頷いている。他の妖怪達も同じだった。「そうか。ん?かもしれん、ってことはぬらりひょんの旦那は人間と妖怪が共存していくことをまだ諦めていないのか?」ぬらりひょんは男の言葉を聞くとニヤリと笑みを浮かべた。少しだけ空へと視線を移すとチカチカと星達が騒がしくしている。「お主の都合のいいように解釈すると良い」一つ呼吸をして再びぬらりひょんが言う「さて。皆の衆。そろそろこの土地を離れよう。バカな人間に当てられて、共存できる未来を思い描きそうになってしまったわ」ぬらりひょんがゲラゲラと笑い出す。他の妖怪たちもそれに釣られて笑いだした。「人間。お主名を何という?」ぬらりひょんが問う。「俺は長助って言うんだ」ぬらりひょんがまた笑った。「長助か!中々に面白い人間であった。お主はきっと長く生きるに違いない!もう会うことはないだろうが…達者で暮らすんじゃぞ!」そういうとぬらりひょんフワリと今いる場所から消え去った。周囲の妖怪たちも皆それぞれの手段で消えていく。「じゃあな!」「楽しかったわ」最後に鬼と九尾がその場からいなくなった。
さっきまで妖怪達がぎゃーぎゃーと騒がしかったはずなの神社の階段は、今では静寂に包まれている。「ぬらりひょんの旦那。鬼さんに九尾さん。みんな。俺は諦めねぇぞ。俺は確かにみんなと笑うことができた。だからいつか人間と妖怪が共存できる時代が来てもおかしくないはずだ」そう一つだけ呟くと階段を駆け降りて行った。
走りながら長助は考える。どのようにすれば人間に妖怪の事を正しく伝えられるだろうか。きっと自分の働きだけで共存を成し得ることはできない。途方もない時間がかかるだろう。それでもいつか来るかもしれない未来に向かいたいと思った。そうだ。まずは鬼嫁、もとい、嫁に今日あった事について話してみよう。そして子供達へ繋いでいこう。そうすればきっと繋がっていく。少しずつでもいい。100年で一歩に満たなくても構わない。俺とみんなが分かり合えたように未来へ繋げていこう。
なぁ。未来に生きてるアンタ。どうだい?俺の知り合い達とは会えたかい?何?会えてないって?じゃあ夜中にどこかの長屋の隙間を覗いてみろよ。もしかしたらそこには怪談話を企てている妖怪達が、ギャーギャーと騒がしく会談をしているかもしれないぜ?その後どうするかはアンタの心意気次第だがな!
終わり
©︎yasu2023
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