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【小説】雇われの身

鮮やかな陽が、まるで搾りたてのオレンジみたいに薄く小さく萎んでいった頃、僕は自身の人生の終わりを見ていた。

僕の、屍みたいに細くなった腕からは、ゲームや携帯機器の充電器みたいなものが複数ぶら下がっていて、動く度身体の張り詰めた筋肉に突き刺さる。

「うっ、いたた……」

ズキズキと骨に響く痛みだ。
この痛みが、最初は死ぬほど嫌だったっけか。

”僕の生命を繋ぐ、維持装置”

これは、簡単に言うとそういうものらしい。

透明な袋にパンパンに入った、よく分からない液体の上から落ちていく様をなんとなく眺めていた。

その内に、窓の外で堕ちかかっていた太陽は、遂にその重さに耐えられなくなったらしかった。

『僕は、もう行くよ』

静かに堕ちていく、一瞬の命に僕は目を覆った。
彼が生き返ることは、もうない。

嘘みたいな現実だけど、ほんとう。

明日の太陽は、また、別人に生まれ変わっている。そうやって、誤魔化し、誤魔化しやりながら、太陽とかいう仮性の役割を全うしているのだろうと思う。

だってそうじゃないと、
毎日毎日、あんなに熱を発して。
微妙にミリ単位では動くのに動けなくて。

それでいて、体温は40度なんてとうに越して、
何万度を記録している。

そんな過酷な環境下に耐えられる生物なんて見たことがない。だから、彼もきっと。

雇われの、太陽なんだ……きっと。
そして、契約期間が終わったら。

永遠の宇宙の隅っこに、
誰からもわかられないような灰や塵になって。
色々なゴミに埋もれて。

なんの意味もない、ただの物質に成り代わってしまうんだろうな。そこには、過去も未来も無くて
ただ、さまよって居るだけ。

「ッ……はっ……」

チラチラと見え隠れする太陽が、今日の勤務を終えたなら。今日を彩るエキストラの仕事はおしまいだ。

永遠に。。。

「……………っな……ぁ」

本当にそうなのか?
僕を遺して、居なくなってしまうのか?

僕は、こんなにも……

”孤独”

だというのに??

太陽、キミは非情だね。
熱が感じられなくなってきた。

キミの熱は、完全に鎮火してしまって。
影しか残さなかったみたいだ。

「うっ……おぇ」

僕は、胸の奥からせり上がってくる熱いものに蓋をするように、手を胸にやった。

息切れは、最高の餌になる。
世に沈殿した鬱憤が、風に伝染させて部屋の中を掻き乱しに戻ってきた。

おや、まぁ
どうしたって

キミは、あんたは、
僕を殺しに来るんだな。

血の登らないアタマで、
冷たくなった爪先と闘いながら、今日見た英雄の闘志に終焉とサヨナラを告げる。

僕が、縋り着いた残像はもう居ない。
夕焼けに曝したキミの肉体は立派で、僕の死を後押しする存在だったけど。

君が苦し紛れに吐いて、散った、クラッカーの紙吹雪の残骸は、あまりにも生臭く、僕の口には合わなかった。

生存した愚者の餌にでもなるのかな。
有名な太陽さん。派遣の太陽さん。
派遣会社の、日雇い太陽さんでも。

国民の為に死んだとなれば、
それは立派でいい行いになる。

『目を覚ませ』

耳元で、無機質な声がする。
その声は、暖かく、何処か高尚で、でも嫌味がない、何処か規則がかった声だ。

鼻の中が温かい。
指が目元を覆う瞬間、大袈裟な溜息が出た。
膨らみきったお腹が、漸く萎む。

『分かって居るんだろ』

知らないよ、僕は知らない
だからこそ、派遣の太陽さんを愛してる

知らないよ、僕は知らないんだ
僕の中での、絶対は、彼

息の蕾は捻りつぶされた
あかあかと付いていた筈の電灯は割れ
風が全てを奪っていった

充電コードがちぎれ、床に散る

静かに温度を無くした、君は
派遣の太陽さんを永遠に心にしたため
灰色の闇に融けて

チリと化す

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