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ショートショート「雨の唄」



私は、重いランドセルをかるいながら、一人でトボトボと学校から帰っていると、登り坂、カートを押して歩いているおばあさんに出会った。
カートの上に置いているビニールの買い物袋が道路に、ずるりと落ちそうになっていたので、私が思わず手を差し出すと、おばあさんは、
「ありがとう。優しいねぇ。」
と目を細めた。
私は、ブンブンと首を横に振った。
おばあさんは、私のその姿を見て、笑っていた。

坂を登りきった所の脇に畑がある。
その畑の辺りに、おばあさんの家があった。
「今日は、ありがとうねぇ。」
そう言うと、おばあさんはお辞儀をして家の中に入っていった。
私がおばあさんに向かって、ぶんぶんと両腕を振っていると、夕陽が町を真っ赤に染めていった。
私は、圧倒的なその光景に、思わず息を呑んだ。
おばあさんの畑も、きらきらと輝いていた。
いつもとは、違う町。
まるで、魔法をかけられたかのように…。
私は、立ち止まって、夕陽に染められた町を眺めていた。
そして、その素晴らしい光景は、私の中で忘れられない記憶になった。

あれから、私は学校の帰り道に、おばあさんとよく会う様になった。
それは、おそらく、今までお互いの存在を認識していなかっただけなのかもしれないけれど…。
おばあさんが、この間のお礼にと、私に桜餅をくれると言う。
「おばあさんの大切なおやつでしょ?いらないよ。」
と私が言うと、おばあさんは私に是非食べてもらいたいと言った。
私は、仕方なく桜餅を家に持って帰った。
家に帰って、お母さんにその事を話すと、
「おばあさんに親切をしてあげた事は良いけど、物をもらうのは…。」
と少し怒られた。

また学校の帰り道、偶然、私は、おばあさんに会った。
私達は、いつの間にか仲の良い友達みたいな関係になっていた。
今度は、おばあさんは、私に畑の大根をくれようとした。
私は、お母さんに言われたからと大根を貰うのを断った。
おばあさんは、少し寂しそうだった。
「そのかわりに、おばあさんの好きな歌を教えて!!」
と私は言った。
私のいきなりの無茶な提案に、おばあさんは驚いていた。
「歌かい?あんまり得意じゃないんだけれどね…。」
おばあさんは、そう言いながら、昔の歌を教えてくれた。
教科書には載っていない古い歌。
「ありがとう!!私、覚えるから。いつか、一緒に歌おうね!!」
私の言葉におばあさんは、笑っていた。

あれから何年の年月が経ったのだろうか?
私は、もう、いい大人になっていた。
社会人になって、働くと、更に色々な出来事が起こる。
目の前に、膨大なやるべき事が現れて、私は、それをこなすのに、いっぱいいっぱいになっていた。
(疲れた。)
いつの間にか、笑う事も忘れていた。
そんな夜。
何気なくつけていたテレビから、あの歌が流れてきたのだ。
おばあさんが教えてくれたあの歌。
小学校の学校帰り、いつの間にか、帰り道におばあさんを見かけなくなり、私は、一人で帰るようになった。
何があったのかは、小学生だった私に、分かる筈もない。
勇気を出して、何回かおばあさんの家を訪ねてみたが、会う事は出来なかった。
忙しい毎日の中で、すっかりあの日々を忘れていたのだ。
懐かしい…。
私は、テレビの歌手と共に、あの歌を歌った。
母は、
「古い歌なのに、良く知ってるね!!しかも、歌、うまいやん!!」
と褒めてくれた。
すると、いきなりザァと雨が降ってきた。
母は、各部屋の窓を閉めに走った。
私は、リビングに残って、あの歌を歌い続けた。
雨は、止む気配はなく、しばらく降り続いていた。



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