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ショートショート「柿」


柿を見ると、私は祖母の事を思い出す。
祖母は、陽だまりの様なポカポカした心の持ち主で、いつも私の味方だった。
いとこや兄妹達の中でも、私は、かなり個性的な存在だった。
それでも何があっても、祖母は、私の味方をしてくれた。
(恐らく、出来が悪い子程、可愛いというものなのだろう…。)
私の中で、祖母は、大きな大きな存在だった。

柿は、祖母の大好物だった。
秋の季節に、祖母の家を訪ねると、祖母は、テーブルの上で、果物ナイフで柿を器用に剥いていた。
そして、私に優しい声で、
「柿、食べんかね?」
と聞いてくれたのだった。
それなのに、私は、
「いらない。」
と祖母が剥いてくれた柿を拒否していた。
実は、私は、柿の味が、それ程好きではなかったのである。
(果物の中でも、柿の甘さは個性的な味に感じていた。)
それでも、祖母は、私に優しい眼差しを向けてくれた。

私は結婚をして、夕飯を食べて、家事をした後に、果物を食べる機会が増えた。
動いた後に、食べる果物は、美味しかった。
私は結婚を機に、柿を食べる機会が増え、今では、苦手だった柿の味を美味しいと感じる様になった。
(大人になって、舌の感覚も変化したのだろう。)
特に熟した柿は、甘くて美味しい。
家事の疲れも、薄れて行く…。
この歳になって、やっと、祖母の気持ちが分かった様な気がした。

ある日、叔母が、袋いっぱいに、様々な果物を私に持って来てくれた。
その中に、柿が何個かあった。
私は、それらの柿を食後に美味しくいただいた。
秋の味覚を、存分に堪能する事ができ、非常に満足した。

夜、叔母に感謝を伝える旨のLINEを送ったら、その柿は、果物農家の方々から、祖母の仏壇にお供えする様にと、柿を大量にいただいたので、その一部を私にお裾分けしてくれたという事だった。
祖母は、生前、果物狩りに行く際は、段ボール1ケースのジュースを果物農家の方々に差し入れをしていた。
私は、子供の頃、祖母に、その理由を尋ねたら、祖母は、こう答えた。
「自分も畑で野菜を育てた事があるから、よく分かるんやけどね。木を植えて、果物が採れる様になるには、物凄い時間と手間と労力がかかるんよ。それだけのものをいただくわけやから、本当は、これ位じゃ足りんのやけどね…。」
祖母は、果物狩りに行く度に差し入れをした。
果物農家の方々も、祖母の事を忘れなかった。
祖母が亡くなってから、三年経つ…。

私がもし亡くなったら、家族や親族、友人は、悲しむと思う。
でも、他人は…??
私の事を想ってくれる他人は、恐らくいないと思う。
私は、そんな人生の歩み方をしていない…。
柿を食べながら、祖母の生き方は、凄いし、自分では到底、真似が出来ないと思った。

柿を食べると甘い味がした。
生前、祖母が繋いできた優しさだと思った。


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