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ショートショート「世にも奇妙な色々物語③ 私が住む街」


誰も、私の事を知らない街へ行きたかった。
それが私が、この街に引っ越してきた理由。
詳しい理由は、もう忘れたいんだけど…。
会社の上司と色々あって、早い話がクビになったというだけ。
もう、お察し頂けたかしら?
どこにでもある、ありふれた…。
まぁ、よくある話でしょう?

私は、引っ越してきたアパートのベランダに出て、息を吐いた。
私が吐いた息は、真っ白になった。
冷たい風が、私の真横から強く吹きつけてきて、私は思わず身震いをした。
冬の足音が近付いてきた予感がした。
息を大きく吸い込むと、ほんの少しだけ、冬のニオイがした。

いつまでも、こうして一人っきりで、ゆっくり暮らしていきたいのだけれど、現実は、そうは上手くはいかない。
物凄いスピードで、目まぐるしく様々な事柄が進行して行く。
私も、その速度に合わせないといけない。
普通に人として暮らして行きたいなら、尚更だ。
私は、自分の生活費を稼ぐ為に、近所のスーパーでアルバイトを始めた。
レジ打ちだけど、今は、機械化でセルフでレジをしてくれるので、お客様の購入品のバーコードを読み取って、カゴに移動させるだけで良い。
お陰で、入力ミスやお釣りの返しミス、カードの渡し忘れ等の接客トラブルに頭を悩ませなくて済んでいる。
凄く、良い時代になったものだ。
なんだか、少々呆気ない気もするけれど…。
最後は、この世の中のありとあらゆる仕事が機械化されてしまって、人間なんて簡単に捨てられてしまうのではないだろうか?
今の私には、仕事があるだけ有難い。
仕事をしていると、余計な事を思い出さなくて済む。

バイトの休憩時間に入り、私は休憩室で持参した弁当を食べていると、パートのおばさんに声を掛けられた。
「え?!あなた、さっきレジに並んで、うちのお店のおにぎりを買ってなかった?」
私は、おばさんの話に目をパチクリさせてしまう。
「いえ…。買っていません。多分、それ、私じゃないです…。」
そもそも、お金がないから、家にある食べ物を適当に詰めた栄養バランスとか何も考えていない質素なお弁当を持って来て食べているから、完全にその人物は、私ではない。
「そう…。疲れているのかしら?見間違いかしらね…。きっと…。」
一体、これはどういう事なのだろうか??
他人の空似??
ドッペルゲンガー??
私の顔にソックリな人が、この街に住んでいるのか…。
引っ越してきたばかりなのだけれど…。
凄く、不思議な感じがする。
え〜っと…。
世界で、自分にソックリな人間、3人に会ってしまったらアウトなんだよね??
なんか、そういうルールだった様な…。
(どこの誰が決めた何のルールだか、知らないけれど…。)

そう思っていた矢先、私は、レジで自分にソックリな人間に会ってしまう…。
しかも、3人どころではない。
確実に、10人以上は、いたと思う。
(着ていた服が、全員違っていたから、間違いない。)
私は取り乱す事もなく、至極冷静に、この事実を受け止めた。
今のところは、私の頭は狂ってはいない様だ。
類は、友を呼ぶ、なんて言葉を頭の片隅で、静かに思い出す。
私も、何かの力に引き寄せられて、この街に引っ越して来たのだろうか?

ある日、私がレジをしていると、いきなり女性のお客様が、私に罵声を浴びせてきた。
最初、私は、何の事だかさっぱり訳が分からなかったのだが、よくよく話を聞いてみると、恐らくだが、人違いをしている事が分かった。
これは、私に向かって言っているんじゃない。
あの10人位はいる、私にソックリな人間の内の誰かの文句を、間違えて私に言っているのだ。
そう気付いたら、全てが腑に落ちる。
ただ、この女性のお客様も、私の発した声で何か違うと気付いた筈なのに、私への罵りを止めようとはしなかった。
その事が、私には、無性に腹立たしく思えてならなかった。
私は、その日、家から赤いスプレーを持って来て、近所の壁に落書きをした。
この行為は、私の昔からのイライラした時に出る悪癖だった…。
「あ〜!!スッキリした…。」
私は、一言そう呟くと、夜の闇に紛れながら、家に帰った。

その次の日の出来事だった。
私がスーパーでレジをしていると、目の前で、私にソックリな女性が警察官二人に連れて行かれた。
私が、ただただ驚いていると、パートのおばさんがやって来て、私に耳打ちをした。
「あの人、壁に赤いスプレーで落書きしたみたいよ…。本当、迷惑よね…。」
私は、内心、心臓がバクバクしていたけれど、努めて冷静さを保ちながら答えた。
「本当、迷惑ですよね…。ああゆう人って…。」
私は、そう答えながらも、内心は助かったと心底思った。
(良かった…。私にソックリな人間がいてくれて…。)
こういう時に助かるんだわ…。
パートのおばさんは、警察官に連れて行かれた人の後ろ姿をジッと見ながら、笑顔で私にこう言った。
「同じ様な顔をしていても、あんたは、真面目に働いていてさ、あんな人間とは、根本が全然違うからさ。本当、あんたを見習って欲しいよ!!」
私は、パートのおばさんの熱い言葉を聞きながら、ただただ愛想笑いを浮かべる事しか出来なかった…。

あの日を境に、私は、いつにも増して、真面目に働く様になった。
もう二度と、あんな事はしない。
この街で、私は生きて行くんだから…。
そう決意してから、私の人生は、順調だった。
真面目にコツコツと働いて、貯金も出来た。
せっかくなので私は、街の古着屋さんで服を買う事にした。
店内を物色していると、鮮やかな水色のコートが目に入った。
値札を見てみると、何と1000円だった。
非常に安い。
お買い得だ。
私は、このコートを買う事にした。
水色のコートを着ると、不思議な事に、心まで爽やかな気分になった。
非常に、晴々とした気持ちになる。

ある日。
玄関をけたたましく叩く音がして目が覚めた。
私は、起き抜けの寝ぼけた頭でドアを開けると、警察官が二人立っていた。
「あなたに器物損壊の罪で令状が出ています。」
私は、警察官の言葉に頭が真っ白になった。
(え…?!何の事…??)
私は、最近は全く悪い事は、していない…。
動揺する私に警察官は、
「部屋の中を調べさせていただきます。」
と言いながら、私の部屋の中にズカズカと入って来た。
そして、いきなり「あった!!!」と大声をあげた。
私がその様子を遠くから見ていると、警察官は、私のタンスから水色のコートを出している。
そして、おもむろにコートの内ポケットから、釘の様な物を取り出した。
「これで、高級車に傷を付けやがったな…。お前を逮捕する!!!」
私は、
「違う…。違う…。その水色のコートは、街の古着屋に売っていたから、買っただけで…。絶対に犯人は、私じゃありません…。」
と否定したが、警察官は、
「話は、署で伺います…。」
と淡々と言い放ち、私は、警察官に連行された。
警察官に連れて行かれる途中、私は、外に立っていた野次馬達の中に、私にソックリな10人の人間の顔を見つけた。

彼女達は、それぞれに違う服を着て、それぞれに違う表情で笑っていた…。

















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