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あのときうぐいすあんパンを選んでいれば


夕暮れ時、社内のコンビニ。もう閉店の時間が近づいているので店内の商品は少なくなっている。パンコーナーにあるのはうぐいすあんぱんとコロッケパンの2種類。私は迷った。今なら甘いのでも塩系でもどっちでもいける口だ。

うぐいすあんぱん、コロッケパン…


迷った挙句、私はコロッケパンを手にした。
コロッケパンだから温めたい。私はレジ横にある電子レンジでパンを温めた。退社前にアツアツのコロッケパンを食べ、会社を出た。


コロッケパンの塩味が思ったより強く、ひどく喉が渇いた。なにか甘いものが飲みたい。私はふとタピオカドリンクが飲みたくなった。めったにタピオカを飲むことはないが、なぜかこの日に限って飲みたくなったのだ。私は駅前のタピオカ屋に立ち寄った。


久々のタピオカ。ブラックティーにした。コロッケパンの塩味を打ち消すように、甘いティーとタピオカを一気にすすって流し飲んだ。するとタピオカが思ったよりすごい勢いで私の喉へと突っ込んできた。


キュポンっ


ゴホッゴホッゴホッ、オエッ


タピオカが気管に入り私は咽せ込んだ。このままでは永久にタピオカが肺に残ってしまう。私は必死に咽せた。なんとか気管からタピオカを救出し、一息ついたところで前を見ると、スーツを着た金髪の男が立っていた。


おいっ、靴に唾飛んできたんだけど。


金髪の男はすごい形相で私を睨みつけた。私が咽せ込んだ際に唾が彼の靴に飛んでしまったようだ。


あ、すいません、すいません。


私は何度も頭を下げた。この男は細身で、彫りが深く、金髪は串焼きが作れそうなほど鋭くツンツンしていた。1番やばいタイプ。細身のチンピラはなにをするか分からない。


この靴いくらすると思ってんだよ。


串焼き製造機はよくドラマで見るような"チンピラの絡み方"をしてきた。あまりに典型的だったのでふと笑いそうになってしまったが頭を下げてしのいだ。


なんだ、どうした。


串焼き製造機の後ろから黒髪に外はねの、10年前のジャニーズのような髪型の男が来た。こいつもスーツを着ており、おそらく彼らはホストなのだろうと思った。


串焼きと10年前男はなにやら2人で喋っていた。すると10年前男が目を細めて近づいてきて、突然目を見開くと大きな声で言った。


あれ、お前ポンチだよな?俺だよ、ユウキ!小学校の!


私は驚いた。ユウキとは小学校の頃仲が良かったが、彼が途中で転校してしまい、それ以来疎遠になっていたのだ。ちなみに私は小学校でポンチと呼ばれていた。それは私が雨の日に、背中にponchoと書かれたポンチョを着ていたからである。ポンチというのが小学生御用達ワード、チ◯ポの逆読みであり、小学生にとって馴染み深かったことで私のそのニックネームは卒業まで用いられた。


私とユウキは再会を懐かしみ、2人で喫茶店に行った。もちろん串焼きは帰った。


ユウキは最近までホストを最前線でやっていたが、今は経営側にまわり、若手ホストの育成に励んでいるようだ。そして個人的にシーシャカフェをオープンさせたそう。私たちは小学校時代の思い出やその後の身の上話に花を咲かせ、喫茶店を出た後にユウキのシーシャカフェに行くことにした。


シーシャカフェはビルの半地下にあり少し入りづらいが、中に入るの全体的に木目調の温かい雰囲気だった。ゆったりとしたジャズが流れ、ホストが経営しているとは思えない温もりのあるお洒落な店だ。カップルや女性のひとり客もいる。


ユウキは店員と少し会話し、私にシーシャについて色々教えてくれた。そしてユウキおすすめのフレーバーを吸いながら、私はアイスコーヒーを嗜んだ。少しすると、女性が一人で来店した。店員と笑顔で挨拶を交わす様子を見ると常連のようだ。その女の子が私の方を見た。私は驚いた。


その子は会社の経理担当のレイコちゃんだった。私は部署が違うのでたまに挨拶を交わす程度だったが密かに恋心を抱いていた。


あれ、レイコちゃん!


え!なにしてるの?


レイコちゃんは驚きながらも笑顔で私達の卓に腰を据えた。レイコちゃんは数ヶ月前に友人とこの店を訪れ、以来何度か1人で足を運ぶようになったそうだ。シーシャの台を1つ追加し、3人でシーシャを楽しんだ。私は思いがけぬ遭遇に心が高鳴っていた。まさかレイコちゃんとシーシャを吸えるとは。


3人でシーシャを吸いながら談笑した。レイコちゃんとこんなにしっかりと話すのは初めてで、近くで見ると改めて可愛いなと思った。思えばマスクを取ったレイコちゃんを見るのは初めてかもしれない。


よし、今日は俺の奢りでもう好きなだけ飲んでもらって良いから!


ユウキはそう言うと立ち上がった。そして私の背中をポンと叩き、店員のいる厨房へと消えていった。気の遣えるやつだ。


私はレイコちゃんとの2人の時間を大いに楽しんだ。レイコちゃんは結構な酒豪らしく、この日もだんだん飲むスピードが上がっていた。


2人とも酔っ払って少しふらつきながら店を後にした。店を出る時、ユウキはまた私の背中をポンと叩きウインクした。


いくしかない。


そう決意した。


あー、なんか久々に酔っ払っちゃったなあ〜。


レイコちゃんはふらついて私に少しもたれかかった。レイコちゃんからは甘酸っぱいシトラスの香りがした。レイコちゃんのなめらかな髪が私の顔に少し当たり、私は鼓動が速くなった。


今日はいける…


私は根拠のない自信が湧いてきた。この雰囲気、このシチュエーション、これは逃したら漢ではない。


いけ!いくんだ!頑張れ私!


私はふらふらと歩くレイコちゃんの手をさっと握った。


レイコちゃんは目を見開いてこちらを向く。


私とレイコちゃんは見つめ合った。時がゆっくりと流れる。レイコちゃんの髪が風になびき、暗い夜空の中でなめらかに波打つ。BGMには久保田利伸のLA・LA・LA・LOVE SONGが流れているだろう。私はもう何も考えていなかった。本能のままに身体が動いた。


私はレイコちゃんを引き寄せ背中に手を回そうとした。


レイコちゃん…


その瞬間、レイコちゃんは私の胸を両手で強く押し、真冬のシベリアくらいの冷たさで私に言い放った。


ごめん、そういうのじゃないから。



私は地面だけを見て歩いていた。もう頭を上げることができなかった。なんて恥ずかしいんだ。一体今後どんな顔でレイコちゃんと会えば良いんだ。会社で気まずすぎる…


地面をアリが寂しげに歩いている。私も空から見たらこのアリのように見えているのだろう。トボトボ…


ゴツンっ


いてっっっっ!


私は電柱に激突しそのまま横に転倒した。そして道に手をつくとなんだか湿っていて生暖かい…


ふとついた手を見ると道路に吐きたてと思われる汚物が…


おえっっ、おえっっ


最悪だ、もうほんとに最悪だ。一体どこで道を間違ったんだ。そうか、思えば…


あのときうぐいすあんぱんを選んでいれば…




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