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短編シナリオ『#7 飲み会の狐』

早紀「飲み過ぎました」
萌子「それ飲んでる途中で思うものなんだ」
早紀「今週キツかったからさあ、全て酒で流してやろうと思って」
萌子「こっわ心配になるわ」
早紀「すいませーん」

早紀は店員にソフトドリンクを頼む。


水曜日の夜。
週の折り返しなのに何故か混んでいる大衆居酒屋の真ん中の席。腹ごしらえを終えて逸品物をちまちま食べながら頬杖をつく早紀と、1人分だけ残った唐揚げを食らう萌子。


早紀「何飲む?」
萌子「同じのもう1つ」
店員「かしこまりました」
早紀「もっと飲んでいいよ?」
萌子「ううん、いいの。今日は早紀に付き合うだけだし、それに明後日さ……」
早紀「……あー、新年会だっけ」
萌子「そう。もう2月だっての」
早紀「なんであんたの所の部署だけそんな遅いの?」
萌子「部長が新年早々骨折したんだって。年始いなかったでしょ、全治2か月」
早紀「2か月」
萌子「明後日には退院して松葉杖になるから新年会やるぞって。病人が張り切るなよって」
早紀「仕事初めから飲むってバブリーだなー」
萌子「あとうち何でかベテランが多いからさ、飲み会はいつもバブリーだよ。まあその分払ってくれるから良いけどさ」
早紀「なんかごめんね誘って」
萌子「ううん。今日は前から約束してたし」

早紀と萌子は店員からソフトドリンクを受け取る。

早紀「1年目だった時、ガールズバーで働いてる友達が教えてくれたの。おじさん達との飲み会は、動物園だと思えって」

萌子はソフトドリンクを吹き出す。

早紀「ちょっと、大丈夫?」
萌子「何それ」
早紀「その子は接客だから、どんな人でも対応しないといけなくて、自分の許容範囲外のことしてくる奴なんてわんさかいるわけ。そんな時は、動物園の動物見てる気持ちになれば良いって」
萌子「どういうこと?」

早紀「猿山の猿がさ、仲間同士で毛繕いしてたらどう思う?」
萌子「どう思う?毛繕いしてるなーって思うよ」
早紀「じゃあ、ヤギが絶対無くなってるのにずっとむしゃむしゃ草食べてたら?」
萌子「……むしゃむしゃ草食べてるなって思うよ」

早紀「そういうことなのよ」
萌子「何がよ」

早紀「いちいちああこれ嫌だな、これ迷惑だなとか考えてる暇ない訳。体がもたない訳。だから、変な行動とか、自慢話とか、昔の武勇伝とか、そういうこと言われたら、「ああ、なんかやってるな、おじさんって変な生き物だな」って思えば良いの」
萌子「そういう動物だと思えば良いのか」
早紀「そう。こういう動きもするよな」
萌子「動物だもんって?」
早紀「そうそう、掴んできてるじゃん」
萌子「なるほどね。言い乗り切り方だ」
早紀「大人になったら嫌でも飲みの場はあるからね」

早紀のグラスの氷が音を立てて回る。

萌子「私は先輩から、飲みの場で全てを手に入れろって言ってた」
早紀「飲みの場で全て手に入れた人の言葉だ」
萌子「お酒入ると人の本性が分かるって言うじゃん」
早紀「隠してる性格とか?」
萌子「そうそう。あと、店員さんみたいな第三者への態度とか、後輩への対応とか、お酒の量とか」
早紀「お酒は仮面を剥がすのね」
萌子「そう。でもそこで注意なのは、自分自身への教訓ね」

萌子はソフトドリンクを飲み干す。
早紀も追って飲み干す。

早紀「ん?……何飲む?」
萌子「ハイボール!」
早紀「すいませーん」

早紀が店員を呼ぶ。

早紀「出汁巻きいきたいな」
萌子「あり。うずらも食べたい」
早紀「卵大好きだな」
萌子「無し?」
早紀「大ありだよ、ここのうずら美味しいです」
萌子「来たことあるの?どこの女と?」
早紀「彼氏ぶるな」

早紀が店員に注文する。

萌子「結局飲み会で話す内容なんて冗談ばっかりなんだから、自分の本性なんて出したらいけないわけ」
早紀「うん」

萌子「飲み会は、「きつね」が大事なの」

早紀「……いかのおすし的な?」
萌子「よく分かったね、天才なの?」
早紀「き、は?」
萌子「き。聞かれたら答えろ。つ。常に素面を保て。ね。ネタ集めだと思え」
早紀「全部命令形なんだな……」
萌子「これを守れない人は、飲みの場を制すことは出来ないです」
早紀「はあ……」

萌子がテーブルに倒れ込む。

早紀「そんな飲んだっけ。酔い過ぎじゃない?」
萌子「んー……」
早紀「今日私が話したこと覚えてる?」
萌子「なーんにも覚えてないよ」
早紀「萌子の好きなタイプは?」
萌子「経理課に異動になった1個上の先輩みたいな人」
早紀「「きつね」どこ行ったんだよ」

店員「おまたせしましたー」


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