『泣いたって変わることは何もないだろうけれど』著者朗読(テキスト付)
『泣いたって変わることは何もないだろうけれど』に収録されている詩と散文を、著者パク・ジュンさんによる朗読(韓国語)でお届けします。
あの年、慶州
とある大きなお墓の前で
あなたが僕の手のひらを開き
指で文字をいくつか書いて見せた。
そしてまた僕の手のひらを閉じた。
僕は何が書かれていたのかもわからないのに
何度も何度もうなずいていた。
生きつづける言葉
僕は誰かと話をするとき、ワンセンテンスほどの言葉を憶えておこうとする癖がある。
「熱いお湯、持ってきてくれるかい」というのは祖父が僕に残した最後の言葉、「あのとき会った中華料理屋で近いうちに会おう」というのは、日頃から慕っていたベテランの作家先生の最後の言葉だった。申し訳ないことに僕は二人の臨終に立ち会えなかったので、この言葉は彼らが残してくれた遺言になった。
先に死んだ人たちの言葉ではなくても、僕にはずっと憶えている言葉がたくさんある。「今度会う時はあなたが好きな鍾路で会いましょう」というのは盆唐のとある通りで別れた昔の恋人の言葉だし、「近頃の忠武路* には映画がない」というのは、今ではすっかり縁が切れて自然と遠ざかってしまった前の職場の同僚の最後の言葉だ。
僕はもう彼らに会うことはないだろうし、もしも道ですれ違ったとしても、たぶん目だけでそっと挨拶し、ふたたび遠ざかっていくだろう。だからこれらの言葉はやはり彼らの遺言になったようなものなのだ。
逆に、僕が他人になんとなく言ったことが、僕が彼らに残す遺言になることもあると信じている。だから同じことを言うにしても、少しでもあたたかく、美しい言葉で話そうと努めている。
けれど、たやすいことではないのだ。今日だけでも、朝の業務会議の時間に〝戦略〞〝全滅〞なんて、よくよく考えてみれば恐ろしい意味を持つ戦争用語をなんということもなく使ったし、昼食時には食堂で偶然出会った知人に「そのうちまたご飯でも行こうよ」なんてありきたりなことを言ったし、夕方以降はひとりでいたから誰かと話す機会がなかった。
言葉は人の口から生まれ人の耳で死ぬ。けれど死なずに人の心の中に入ってずっと生きつづける言葉もある。
僕のように、他人の言葉を憶えておくことがほとんど習慣になっているというほどではなくても、多くの人はずいぶんたくさんの言葉をそれぞれの心の中に留めて生きている。恐ろしい言葉も、うれしい言葉も、いまだに胸の痛む言葉も。そして心ときめかせる言葉もまた生きつづけているだろう。
黒い文字がびっしりと書かれた遺書のように、たくさんの遺言たちをいっぱい詰めこんだ、あなたの心を思う夜。
朝ごはん
僕は死んでしまった人たちが好きだ。死んでしまった人たちのことがわけもなく好きになるというのも、病気といえば病気なのだろう。けれどもこの世に生きている人の数より、この世を去った人たちの数のほうが多いのだから、これは当たり前のことじゃないか、とまた一方では思ったりもする。
なんであれ、生まれ変わることができるなら、僕より先に死んでしまったすべての人たちと一緒に生まれ変わりたい。かわりに今度は僕が先に死にたい。僕が先に死んで、彼らのために悲しみに暮れていた思いをお返ししてやりたい。
葬儀場に入るときから涙をこらえ続け、熱いユッケジャン* で焼酎を飲み、さきいかでビールを飲み、ふらふらと家に帰る気分、そして家のドアの鍵を閉めてようやく、あふれさせることができた涙を、彼らにも返してやりたい。
そうして泣きながら眠りについた翌朝、腫れた目と、まだ痛んだままの心と、食欲はないけれど、それでも何か食べなくちゃと押しこむごはん。そのあたたかなひと匙のごはんを彼らに食べさせてあげたい。
雨
彼は雨が降っているのだと言い、
僕は雨が舞っているのだと言い、
君はただ、悲しいと言った。
白く、か細いひかり
眠ることが好きだ。人として生まれ、向き合ってきた悩みや恐れ、痛みのようなものを僕はほとんど眠ることで解決してきた。別れのつらさや未来に対する不安や、熱にうんうんとうなされることも、ひと眠りすればずいぶんよくなっているものだ。
けれど、眠っても解決できない記憶というのもある。そんなとき、僕は夢を召喚する。召喚すると言っても特に変わった儀式があるわけではない。眠りにつくまで、一つのことを思い浮かべるというだけのことだ。
最近の夢にはあなたがよくでてくる。夢の中の場面は毎回白黒で、あなたは何も言わずにこちらに背を向けて座っていたり、野原の遥か遠くに立っていたりするのが普通だ。けれど、運がいい日は向かい合って話をすることもある。そなときには、僕はこれまで気になっていたことをあれこれ矢継ぎ早に聞いてみたりする。「どうにか生きてる?」いやちがうな、「死ぬのも悪くない?」「必要なものはない?」「この前一緒に来ていた人は誰?」
ある時なんて、久しぶりに現れたあなたに会えたことがものすごくうれしくて、僕の頰をつねってくれないか、と夢の中であなたに頼んだことがあった。あなたは笑って僕の頰を強くつねった。しかしどういうわけか、ちっとも痛くない。
その時になって、今自分が夢の中にいることにようやく気がついて、声をあげて泣いた。そんな僕をあなたは何も言わずに抱きしめてくれた。思いきり涙を流して、目が覚めた時には朝の光が僕の体の上に差し込んでいた。あなたのように、白く、か細いひかりだった。
■BOOK INFORMATION
セレクション韓・詩04
『泣いたって変わることは何もないだろうけれど』
パク・ジュン著|趙倫子訳
▼ためし読み
■刊行記念イベント:詩人パク・ジュン ポエトリーツアー開催のお知らせ
パク・ジュンさんが日本各地を旅しながら、同世代の歌人・詩人たちとのトークイベントを行います。ぜひお近くの会場で、オンラインで、韓国と日本の詩のことばの世界をともに旅してみませんか。
8月1日(水)19:00~20:30 本のあるところajiro(福岡)※配信あり
パク・ジュン(詩人)×石松 佳(詩人)対談「アンニョン、言葉たち」
8月3日(土)18:00~19:30 CHEKCCORI(東京)※配信あり
パク・ジュン(詩人)× 柴田 葵(歌人)対談「사랑(サラン)、愛、ラブ」
8月4日(日)15:00~16:30 大阪韓国文化院(大阪)
韓日ポエトリー対談 パク・ジュン(詩人)× 岡野大嗣(歌人)
モデレーター:江南亜美子(書評家)
*大阪会場は受付を終了いたしました
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?