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すべての服を、あなたの服に。「キヤスク」| インクルーシブデザイン事例インタビューVol.3

インクルーシブデザイン事例インタビュー第3回目はお直しサービス「キヤスク」です。「キヤスク」を運営されている株式会社コワードローブの前田さんにお話を伺いました。


障害を持つ方でも着たい服を諦めない!
着やすさから「好み」で選ぶ「キヤスク」。
サービス紹介

-最初に、「キヤスク」というサービスの内容についてお聞かせください-

前田氏:「キヤスク」は、主に体の不自由な方向けに洋服のお直しをするサービスです。オンラインで受付からお渡しまでを行っています。

何のためにやっているかというと、通常一般的には洋服を選ぶときは自分の好みのデザインや色で「これ着てみたいな」と選ぶと思いますが、体の不自由な方や障害のある方は、自分の好みよりも「着やすさ」を優先して選ぶ必要があります。自分の好みを諦めている方が一定数いらっしゃいます。
そういった方が好みを諦めないためのサービスを提供しています。着やすさではなく「好み」で選んでいただいて、それからその人が着やすい服へお直しをするという順番に変えることで、体に不自由があってもなくても自分の着たい服を着れるようになる、洋服の選択肢を全員が持てるようになるのではないかという信念のもと取り組んでいます。

オンラインで完結するサービスの詳細

-「キヤスク」はどういった手順でオンライン上で全て完結するのですか?-

前田氏:キヤスクのウェブサイトにお客様がアクセスしていただくと、お直しのメニュー表があります。そこから自分の依頼したいお直しをウェブ上で選んでいただくと、そのお直しに対応できるスタッフ(キャストと呼んでいます)が複数人出てくるので、お直ししてもらいたいキャストを選びます。
すると、1対1で打ち合わせをするコミュニケーションルームが作られます。そこで一人ひとりのニーズに合ったお直しが出来るように打ち合わせをします。
例えば、基本メニューでは、Tシャツの前開きに関するお直しを選ぶことができます。Tシャツを前開きにお直しすると言っても、真ん中で開いてほしい方もいれば、少しずらしてほしいとか、柄をずらさないようにしてほしいなど、色々な要望があります。
コミュニケーションルームにて、お客様とキャストが一対一でテキストと写真を使用しながらお直しの打ち合わせを行い、その後お客様が匿名配送でお直ししてほしい洋服をキャストの自宅へ送り、キャストがお直ししたものをまた匿名配送でお客様の元へ送り返すという形になっています。
基本的にオンラインで全ての作業を自宅にいながらリモートで完結できるようにしているので、キャストも全国各地にいます。

キヤスクのお直しを行うキャストとの出会い

-12名のキャストで「キヤスク」をスタートしたとお聞きしました。その方たちはどういった繋がりと経緯でキャストになったのですか?-

前田氏:キヤスクのサービスは2022年3月にサービスが始まりました。キヤスク立ち上げの資金を半分は自分の貯金、もう半分はクラウドファンディングで集めたいと思っていたので、サービス開始の約1年前の2021年4月から6月に、クラウドファンディングを行いました。
目標金額自体は達成し、それと同時に多くの方がサービスに共感してくださいました。当初の12人のキャストのうち、3分の2はご自身のお子さんが障害児で、私自身がキヤスクを通じて解決したいと思っていたことにすごく共感してくださいました。皆さんお直しの技術もある方だったので、共感もできて、かつ自分の技術と経験を生かしてキャストとして参加したいと言ってくださいました。
3分の1の方は、自分の技術を活かして困っている人たちの役に立ちたい、ということでプロの縫製の仕事をされている方たちが副業というかたちで集まってくださいました。

-クラウドファンディングは順調に進んでいたのですか?-

前田氏:目標金額は400万円でした。順調ではなかったですね。段々と集まり、最終日に何とか達成したという感じです。クラウドファンディングをしたことで、資金を集めることと世の中にそういった困難を抱えている方がいるということを知って貰うことができました。

キャストの方は、クラウドファンディングが終わった後に集めたいと思っていたのですが、結果的にクラウドファンディングを行ったことで集まったことはすごく良かったと思います。

お直しの実例
お直しの実例

「既製品を着やすくする」サービスを始めようと思ったきっかけ

-既製品を”着やすく”お直しするというこのサービスを始めようとしたきっかけを教えてください-

前田氏:私はもともとユニクロで2000年から2020年まで、20年間働いていました。最初は店舗の店長からキャリアをスタートして、その後本部に移りました。20年間の大部分を本部で働いていましたが、販売計画とか生産計画だったり、経営の計画部署などに配属されました。最後はインターネット通販の運営を担当していました。
その中で2018年にたまたま社内に聴覚障害の同僚の方がいました。その方とお話をする機会がありました。その方自身は耳の障害で体は不自由なく動くので困っているというわけでありませんでしたが、「周りの身体障害者の友人が、着る服がないと言っています」という話をお聞きしました。
ユニクロは、”あらゆる人のための洋服”というコンセプトで服を作って売っていますし、私自身もそれに誇りを持って働いてきましたが、まだこの日本にユニクロの服が十分に届いていない人がいるのか、ということにびっくりしました。
あとは自分自身、家族や身近な人に障害を持っている人がいない環境で人生を送ってきたので、半分は衝撃でもう半分はイメージができないというか、どういうことなんだろうと思いました。そこで自分できちんと理解したいと思い、仕事というよりは個人的な活動で当事者の方に話を聞き始めたことが最初のきっかけです。

洋服の不自由について色々な方に聞いて思ったのは、着るものがないわけではなく、着るものがあるけれど我慢して着ていると感じました。
冒頭の話にもつながりますが、自分の好みよりも、着やすいかどうかを優先して洋服を選ばざるを得ないのです。そうすると、着やすい服の中から選ばなければいけないので、それぞれの好みは極端に限られてしまいます。選択肢が非常に少ないということが、障害の種類や年齢、性別関係なく皆さん共通した課題だと思いました。

人の好みは無限にあります。そして身体が不自由になってしまう障害や病気の種類も、人の数だけあります。例えば、同じ障害である脳性麻痺を患う人が2人いたとしても、それぞれ着やすい着やすくない服の部分が違ったり、車椅子ユーザーの方でも履きやすいズボンはそれぞれ異なります。

服の好みと服の着やすさって無限の掛け算だなと思いました。
何か自分にできることはないかと考えたとき、最初は特別な服を作ることが解決するためのアプローチになるのかなと思いましたが、インタビューを重ねるうちに、いくつかプロダクトを作ったところでそれによって救われる人ってほんの一握りしかいないのではないかと思いはじめました。
どんな障害でも、みんなが洋服の選択肢が無いと困っています。障害があってもなくても、あらゆる人がその選択肢を同じにできる方法は無いかと考えたときに、新しく服を作るのではなく、あらゆるブランドの洋服を後から人それぞれに合わせてお直しをするというアプローチの方が、本質的な解決策になるのではないかと思いました。
あらゆる人の好みに対応することが可能になり、着やすさにも対応できます。そういったサービスはあまり世の中にないですし、それなら自分でやってみようかと思ったのが経緯になります。

お客様がお直しの方法を決めるまでの流れ

-お客さんはプロではないので、お直しの依頼をすることが難しいと思いますが、どのように最終的なお直しを決めていくのでしょうか?-

前田氏:お客様によっては「こういう風に前が開けば切れるのでお願いします」と言ってくださる方もいらっしゃいますし、「どういう風に直せばいいのかわからないけれど、とりあえずこれを着たいと思っています。自分の身体の状態はこうです」と教えていただき、キャストがこういう方法はどうでしょうか、と提案することもあります。
お客様の要望があればその通りにお直ししますし、わからなければ一緒に相談しながら決めていきます。

-キャストの方のお直し技術はどのようにして培っているのでしょうか?-

前田氏:一人、アドバイザーの方がおり、その方は店舗を構えて体の不自由な方向けの洋服のお直しを行っています。その方にアドバイザーとなっていただいて教えてもらっています。この方もクラウドファンディングを通して出会いました。「ぜひお手伝いしたい」とお声がけ頂き、協力していただいています。

キャストの大半を占める障害児のお母さんたちの中には、元々縫製のプロではなかったが、自分のお子さんが小さい頃からずっと、着せてあげたい服やお子さんの着たい服をお直しして着せてあげてきたという経験を持ってる方も居ます。
そういった当事者性の高いキャストさんたちはお客様の困りごとを具体的にイメージすることができます。

お直し依頼の流れ
お直し依頼の流れ

活動を始めてから困難だったポイント

-活動を始められてから約1年が経ちましたが、この1年で難しかったと思うことはありますか?-

前田氏:難しい、困難だと思うことはあまりないです。でも、大切にしたいと思い続けてきたことが一つあります。
それは、お客様と同時にキャストさんを大切にすることです。キヤスクのサービスの一番のポイントはキャストの存在です。キャストの方に気持ちよく接客してもらいサービスを担っていただけるような環境を作ることが重要だと思っています。それを意識してやってきました。

あとは、ある程度割り切って、「やってみないと分からない」というスタンスでどうにか進めようとしてきました。他にこういうサービスってあまりないですし、誰かを参考にするというよりも、自分自身で切り開いていく必要があり、そういった1年でした。事前準備や想定は最大限やったうえで、始まらないとわからないことはたくさんあります。進めていく中でわかったことがあれば都度修正しよう、とにかくやっていこうという姿勢を忘れずに1年間やってきました。

サービスをオンラインで完結するものにした理由

-クラウドファンディングを通して偶然的にキャストの方が集まり、全国各地にキャストの方がいらっしゃるということで必然的にリモートワークとなっていると思いますが、リモートワークにするということは初めから決まっていたことなのでしょうか?-

前田氏:そうですね、クラウドファンディングを始めたときからそのつもりでいました。やってみないとわからないというのは念頭にありましたが、
身体の不自由なお客様の中には移動が大変な方もいらっしゃるので、オンラインでどこからでも利用できる状態にしたいと思っていました。なので、オンラインサービスを前提としています。

あとは、そういった方々の悩みに寄り添える人は誰なのかということを考えたときに、やはり障害児をお持ちの方や家族に障害のある方でお直しの技術がある方がサービスを提供できるなと思っていました。その際、キャストになったとしても家庭内で介護をする必要があったり、フルタイムでの勤務が難しかったりする人も多いと思いました。移動する必要がなく、かつ隙間時間を使って対応できるようにすれば、キャストの方も参加しやすいと思っていたので、元からリモートワークの予定でした。
クラウドファンディングの時点ではキャストを本格的に募集していたわけではありませんでしたが、興味を持ってくださった方がキャストとして応募してくださり良かったと思います。

-キャストの方は今後増えていく予定はありますか?-

前田氏:増やしていきたいと考えています。現在、サービス開始時より増えて15人になりました。注文を今後増やしていきつつキャストの方も増やしていきたいと考えています。配送料がお客様負担なので、今後それを減らしたりなくしたりしていきたいのですが、今の状態だと山形県から熊本県までキャストがいるとはいえ、北海道や東北地域にはいません。全国各地に点在するようになれば、お客様の配送料の負担も減らせるので、サービスの利便性をあげるという意味でも、注文件数の増加に合わせながらキャストも増やしていきたいと思っています。

印象的だった「キヤスク」開始後の反響

-1年間サービスを続けて、印象に残ったことなどありますか?-

前田氏:キヤスクを利用された皆さんに喜んで頂いているので、それは本当に嬉しいです。頂いた声全部が印象に残っており、嬉しく思います。その中で、キヤスクというサービスが想定していたよりも幅広いニーズに対応できると気づかせて頂いた声がいくつかあります。
私の中で、一番メインとなるお客様の想定は、どこかのブランドやお店の洋服を新しく買って、それをキヤスクでお直しするという依頼方法のお客様でした。もちろんそういったお客様も多いのですが、昔から使っていた服を使い続けたいということで依頼してくださる方も多くいらっしゃいました。

例えば、ずっとおしゃれが好きで色々なブランドの洋服を着ていたけれど、怪我をして障害を負ったことで着れなくなってしまった。でも捨てられずに持っていたという服をお直しした方や、上の子が健常児で下のお子さんが障害児のお母さんから、上の子に着せていた思い出のある服を下の子にも着せたいということでお直しの依頼を頂いたこともあります。
また、ご自身が成人式の際にお給料で買った晴れ着を、重度の心身障害者で寝たきりの娘さんにも着せてあげたいというご依頼でお直しをしました。自分の思い入れのある服を娘に引き継ぐことができて嬉しいというお声をいただきました。

また、サッカーのとあるチームのファンで、寝たきりの20歳くらいのお子さんとスタジアムに一緒に行って、親子で応援するのが好きという方からの依頼もありました。応援することは楽しいけれど、みんなでおそろいのユニフォームを着て応援することがなかなか難しいということで、楽に脱ぎ着出来るようにお直しする依頼を頂いたこともあります。リーグのシーズンが始まり、ユニフォームを気軽に着られるようになって嬉しいと言っていただけました。
あとは、学生服ですね。身体が不自由で学生服を脱ぎ着することが大変で、特別に体操服登校を許可してもらって学校に通っている娘さんのお母さんから依頼を頂きましたが、学生生活最後の高校3年生になるので、着やすくなるように学生服のお直しをさせてもらい、すごく喜んでいただきました。

自分が想定していたのは店舗で売られている新品の洋服をお直しすることでしたが、ユニフォームや晴れ着、学生服など幅広い洋服のお直し依頼を頂いたことで、幅広く様々な洋服に対応できるということに気づかせてもらいました。加えて、特別な日に着る物や思い出に残るものなど、日常生活の色々なシーンや、家族の思い出に役立てることのできるサービスなんだと気づきました。
その人の日常生活を豊かにするお手伝いができるサービスであることに気づかせてもらいすごく感謝しています。

「キヤスク」や前田さんご自身が実現したい目標や今後の展望

-今後の展望、目標を教えてください-

前田氏:1年間やってみて、このサービスを必要としている方は一定数間違いなくいるということです。それを踏まえて、一つ目の目標としては、このサービスを続けることが重要だと思っています。社会のインフラ的な存在として、キヤスクとして大事にしている価値観や考え方を維持し、続けていくことを目指したいです。

もう一つは、キヤスクのお直しを通じていただくお客様の声は、キヤスクの中だけで留めておくにはもったいないと思っており、世の中に分かりやすい形で発信していきたいと考えています。洋服を着られるようになった喜びや、お直しという形で支えているキャストの優しさをきちんと世の中に発信することで、そういった人たちの声を社会に届けていきたいです。

洋服に関係した仕事をしている方の中には身近に障害を持っている方がいない場合、知ることのできないことがたくさんあると思います。それらをキヤスクの発信を通じて届けていき、普段の商売やモノづくりの中で何かしら出来ることを見出し、障害を持っている方や洋服の着やすさに悩んでいる方に対する配慮や優しさが増えていく社会になればいいなと思っています。その変容する社会の起点に、キヤスクはなっていきたいです。

【会社概要】

株式会社コワードローブ
所在地:千葉県千葉市
従業員数:社員1名/メンバー 17名(業務委託)
事業内容:
既製服を着やすくするお直しサービス「キヤスク」の企画・開発・運営


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