社会に参画するきっかけをつくる「特定非営利活動法人インクルーシブデザインネットワーク(IDN)」ー| インクルーシブデザイン事例インタビューVol.9
インクルーシブデザイン事例インタビュー第9回は、「インクルーシブデザインアイディアソン」や交流の場としての「インクルーシブ・テーマトーク」をはじめとした様々なインクルーシブデザインの啓蒙活動を行っている「特定非営利活動法人インクルーシブデザインネットワーク」様です。「特定非営利活動法人インクルーシブデザインネットワーク」の専務理事である藤木氏にお話を伺いました。
セカンドキャリアとして始まったインクルーシブな活動
ーまず初めに簡単に自己紹介をお願いしますー
藤木氏:名前は藤木 武史氏と申します。特定非営利活動法人インクルーシブデザインネットワークの専務理事を務めております。現在本業の方でコクヨ株式会社という会社で主にステーショナリーデザインと言われる文房具のデザインのシニアデザイナーをしています。
1988年に金沢美術工芸大学のプロダクトデザインを卒業、新卒でコクヨ株式会社に入社し今に至ります。大きな会社なので入ってから部署等を移動することもあり、グループ会社の経営に関わるなど一旦デザインを離れた時期もありましたが、ここ10年ぐらいはデザインの現場の方に戻り、リアルなデザインをさせていただいています。
ー本業とは別でインクルーシブデザインネットワークを創設した経緯を教えてくださいー
藤木氏:インクルーシブデザインネットワークは2018年の6月29日に設立しました。当初は、理事長、副理事長、そして僕が専務理事として参加し、3名でスタートしました。
僕以外の2名は、これまでNECや富士ゼロックスなどでデザイン関係に携わってきました。 そして、定年退職後のセカンドキャリアを進み出した際に「何か世の中に役に立ちたい」と相談されていたので、僕が「一緒にNPOを作りませんか」と投げかけたところ、意気投合し設立に至りました。
インクルーシブデザインの啓蒙を目的としたインクルーシブデザインネットワークの活動内容とは?
ーインクルーシブデザインネットワーク様の活動概要を教えてくださいー
藤木氏:僕たちは、ダイバーシティの考え方に基づき、年齢とか性別、障害の有無などに関わらず 全ての人にとって平等で公平な利益がもたらされるようにデザイナーがもっと活動していくべきという目的で活動を行っている団体です。ざっくり言うと、プロダクトデザインの教育やインクルーシブデザインを啓蒙するために活動しています。なので、会員のほとんどがデザイナーで構成されています。現在の事務所は東京都の白金にあり、会員数は役員関係が9名、顧問が1名です。個人会員さんは約23名で構成されています。そのほかに企業会員があり、例えば代表的なのがトヨタ株式会社さんなどの大手企業にも参画していただき、現在12社の構成になっています。この企業会員も基本的には工業デザインのデザイナーが参加をしています。
主軸として「インクルーシブデザインアイデアソン」という企画を開催し、企業の人と障害当事者に集まっていただき一緒にフィールドリサーチをしながらデザインのプロセスを学ぶということを行っています。その延長で、企業様からご相談があった際にインクルーシブデザインのコンサルティング業務も行っています。
アイディアソンは年に1回開催する程度なので、それとは別に「インクルーシブテーマトーク」という情報交流の場を設け、様々な現場で活躍されているインクルーシブデザイン関係の方々を招き、Zoom配信をしながら集まった参加者と共にテーマトークを行っています。
以上が主な活動内容ですが、最近は活動の幅を広げるために人材育成、それも小学生の教育に着目し「子どもユニバーサルデザイン授業」を開催しております。
インハウスデザイナーが集まり、観察からデザインまで行う「インクルーシブアイディアソン」
ー芝浦工業大学で行われたインクルーシブアイディアソン2023の内容を教えてくださいー
藤木氏:インクルーシブデザインアイディアソン2023は、2023年9月14日〜16日の3日間、芝浦工業大学豊洲キャンパスで開催されました。34名に参加していただき、6チームで行いました。チームごとに障害者の方が1人、そして企業インハウスデザイナーの5、6人が入り、街に出かけて食事をしながら気付きを見つけテーマに沿ったアウトプットを導き出します。
1日目は開会式を行い、僕がインクルーシブデザインに関する講義を行い、その後、障害をお持ちの方の観察、チームごとに発見した課題の共有まで進めていきます。
2日目は基本的にはチームごとに作業をする日です。招いたゲストの講演後、ワークショップ形式でアイディア出しからデザインスケッチなどを行います。
3日目は発表の日です。チームごとに作業をしつつプレゼンテーションシートに発表内容をまとめ、最終本審査会に臨みます。実は今年から瑶子女王殿下が名誉顧問として参画してくださり、16日の最終審査では瑶子女王殿下からの講評もあり、非常に大盛況の中で終了いたしました。
ーワークショップのテーマ「さぁ、街に出かけよう。ウェアラブルなインクルーシブデザイン」はどのように決定されたのでしょうか?ー
藤木氏:今年のテーマは、コロナウイルスによる外出禁止等の制約が緩和され始め、皆が外出することが可能になってきた社会において、それでもなお障害をお持ちの方は依然として街に出向くことが出来ないのでは無いか?と言う問題提起から「街に出かけよう。」と言うテーマが決まりました。そして、スケールとしては小さいプロダクトを想定し、「ウェアラブル(携帯可能)なインクルーシブデザイン」と言うキーワードをつけました。
また、ゲスト講師としてお呼びした田中美咲さんはインクルーシブファッションブランドSOLITの代表取締役を勤めています。ウェアラブルなインクルーシブデザインに取り組んでいる田中さんとの協業も多少意識しつつ、ウェアラブルと言うテーマが定まって行きました。
ー藤木氏が行った座学の講義とはどのような内容なのでしょうか?ー
藤木氏:現代社会において注目されているデザインをざっくり概観するような内容です。
僕が大学で講義している学生向けの資料を使用して、デザインの多様なジャンルの解説から、バリアフリー、ユニバーサル、インクルーシブデザインの少しづつ異なった側面を画像等で補足しつつ講義しました。
ー講義の中で、バリアフリー、ユニバーサル、インクルーシブの違いはどのように説明されるのでしょうか?ー
藤木氏:まず初めに、バリアフリーとユニバーサルデザインとはやっぱり違いがあると思っています。「バリアフリー」というのは、バリアをできる限り無くして行こうという発想が起点となるので、少々後ろ向きなデザインであると考えており、今はあまり使わない印象です。一方「ユニバーサルデザイン」は、高齢者も障害者も外国人もすべての方が使いやすいように考えることを起点としているので、インクルーシブデザインとも親和性が高いと僕は思っています。ただ一点違いがあるとしたら、特にコクヨ社内では伝えていますが、ユーザーの参加度合いが挙げられます。ユニバーサルデザインはユーザーが参加していなくとも、デザイナーのみでデザインして結果的にユーザーが使いやすければ、それはユニバーサルデザインであると考えられます。しかし、「インクルーシブデザイン」はそうではなく、開発の段階からユーザーに参画してもらい、意見をもらい、一緒にデザインを積み上げていくプロセス自体がインクルーシブデザインと認識しています。要するに、結果のみで判断できるユニバーサルデザインと、プロセスから重要視されるインクルーシブデザインといった感じです。
よりインクルーシブな形式に変化しながら続けてきたアイディアソンの変遷
ーいったんお話を戻して、インクルーシブデザインネットワークが始まった経緯を教えてくださいー
藤木氏:インクルーシブデザインネットワークの設立は2018年で、主な活動は先ほどから言及している「インクルーシブデザインアイディアソン」です。実はアイディアソンに限っては、15年前の2003年から行われており、現在とは名前が異なり「48時間デザインマラソン」と呼ばれていました。また開催している団体も違いまして、国際ユニバーサルデザイン協議会(IAUD)と言う団体でした。IAUDは2003年に設立されており、この時に僕がたまたま先述したような会社の役員を担っており、企業を代表して参加していました。
当時のIAUDには、トヨタやソニーなどの日系大手企業のデザイン部門のトップが参加し、日本の工業製品をユニバーサル デザインにしていくためにはどうするべきかということを話し合いました。この団体の活動として年に一回の国際会議があります。その際に世界中からユニバーサルデザインの研究者が集まるんです。そこで48時間、つまり2日間でデザインをやる「デザインマラソン」を開催し、僕は最初はお手伝いという形で参加し、 気がつくと僕も主催側になっていました。
僕がIAUDを退団した時にお客様から、「あんなに良いワークショップをなぜやめるんだ」「インクルーシブデザインネットワークで同じような活動を続けてほしい」というご要望を頂いたので、もう一度やろうということで始めました。
ーIAUDにおけるアイディアソンとの違いはありますか?ー
藤木氏:基本的にやっていることはあまり変わりませんが、2つほど変化があります。
1点目は、以前は「48時間デザインマラソン」なので極端に言えば48時間寝ないんですね。寝てくださいと言ってもデザイナーのみなさんは寝ずに徹夜をして仕上げるんです。このご時世、寝ないっていうのもおかしいし、48時間やり続けるっていうことにも意味がないので、現在は終了時刻を定めています。
2点目は、「48時間デザインマラソン」は各部門のトップデザイナーが参加してくれていましたが、今は入社1~3年目ぐらいの方が多いです。特に今の若い人はそうなのかもしれませんが、現場でデザインを仕上げていく経験がなくそのままデザイナーになるケースも多く、ユーザーの声を直接聞くことや現場を見るということに対して勉強してほしいという企業側の願いから送りだされているのかなと考えています。参加者に若者が多いことで、リードユーザーの方の立場も、昔は受け手側で聞かれたら答えると言う関係性だったのが、むしろ逆にリードユーザーの方が自らどんどん引っ張っていったりとか 、リードユーザーの方が「ここがおかしいのよ。ちょっとなんとかしてよ」と発言されたりと、関係性が対等というか、50:50の関係になってきてるなと感じています。
リードユーザーとの対話を大切にしつつ、活動する中で出会った数々の困難
ーインクルーシブネットワークが活動を続ける中で感じた困難を教えてくださいー
藤木氏:最初から困難の連続でした。
NPOといえども、活動費はやはり必要なので様々な企業に、「ぜひ企業参画をお願いします」とお願いに行きました。しかしながら、まだ信用もないので、企業に参加いただくことが難しい状態が2、3年続き、その期間は運営も非常に厳しかったです。信用度が出てきたのが4年目ぐらいからで、そこからはお客さん、企業も増え、財政的には安定しております。
また、設立当初は僕含め3人だったので、人員が足りず1年目はアイディアソンを行っていません。1回目の開催は手持ちの材料を駆使して、細々と始めました。しかし、ちょうどその頃新型コロナウイルスが流行し、対面での開催が不可能になりました。そのため、 Zoomを使うことになり、逆に少ない人員で開催することが可能になりました。
最初はこのように運営活動メニューも非常に少なかったので、ダブルの理由で会員を集めることが難しく、活動内容も非常に脆弱でした。
ーリードユーザーの方の選定等、困難はありましたか?ー
藤木氏:そこも結構苦労しています。
例えばワークショップの際に、リードユーザー全員が車椅子だと発見が偏ってしまう傾向があるので、車椅子の方、視覚障害、聴覚障害、多様な方々をお呼びしますが、完全に僕の知り合い伝手でお願いをしています。
僕が東京に住んでいた時に知り合ったリードユーザーに直接お声がけをして参加を募ります。参加して頂いた方は、皆さんすごく興味を持ってくれているので、それから継続してずっと参加してくれている方が多いです。また現在では、ワークショップをやっていることを聞いたり見たりして若いリードユーザーの方が直接参加したいというオファーもいただきます。
ーリードユーザーの方と藤木さんはどのようにお知り合いになるのでしょうか?ー
藤木氏:IAUDの頃からの知り合いを起点として紹介していただき、その後直接お会いしてお話をします。その際に食事を共にしながら、団体の内容などをお話しして、お互いの合意が取れた後ワークショップに参加してもらう流れです。ワークショップ開始時に初対面ということはありません。
今年は、新しく参加いただいたリードユーザーが2名いたので、テーマに関して事前ミーティングで1時間30分ほど話し込みました。話していく中で、リードユーザーの困りごとや解決して欲しいことなどを言語化しました。そうすることで、ワークショップの際にリードユーザーの方が自分でデザイナーに対して流暢に課題を説明することが出来ました。これは時間短縮に繋がるので、事前の対話は大切だと感じました。
リードユーザーを置き去りにしないために、アイディアソン中に必要な調整とは?
ーインクルーシブアイディアソン開催中での難しかったことを教えてくださいー
藤木氏:絶対必要なのがメンターという存在です。
各チームに1名メンターという人を置き、リードユーザーが置いてけぼりになったりしないように調整します。どうしても デザイナーが熱くなるとリードユーザーをほったらかしてデザインしてしまう傾向があり、また逆もあって、リードユーザーばかりが喋ってるチームも見られます。メンターはそれを調整します。今回はコクヨに協力してもらい、全メンターをコクヨ社員で各チームに配置しました。メンターはタイムキープだけでなく、議論の内容をコントロールしなければいけないので大変ですが、メンター無しではアイディアソンは成り立ちません。
ーワークショップの進行につれてリードユーザーの方の参与度合いが変化するのではないかと思いますが、どのように調整していますか?ー
藤木氏:デザインを行っている時は特に、リードユーザーの存在がほったらかしになってしまうことがあります。
なので僕が定期的に各教室を回りつつ、LINEを使ってあと5分後に入るよと送っておくと、チーム内のメンターが「そろそろ藤木さんが来るからリードユーザーさんの確認をとったデザインをちゃんとやろうね」と声をかけ、チームにリードユーザーさんの意見を取り入れるように調整しています。
リードユーザーが社会に参画できるきっかけを創り出す嬉しさ
ーアイディアソンを続けてきて嬉しかった反応はありますか?ー
藤木氏:まずは参加者はもちろんのこと、リードユーザーの方からも「参加してよかった」と直接メールを頂くこともあり、ありがたいなと思います。
そんな中でも、一番嬉しいなと思うのは、リードユーザーの方が「今まで何をしたらいいのかわからなかったけど、自分のやるべきことがまだあるということが理解できた」とおっしゃり、実際に自ら活動を始めた方もいらっしゃいます。僕自身、誰もが世の中で参画できるための社会づくりをしたいと思い活動しているので、アイデアソンをきっかけとしてリードユーザーの方の活動が始まったときは一番嬉しいです。
また、現在1つのチームが製品化に向けて検討を続けています。もともと品質レベルは高かったので製品化への道は可能性がありましたが、彼らは一般企業の若手デザイナーとリードユーザーのチームなので、モノの作り方、売り方が全然わからない中それを実際に作り、世の中に出そうと行動してくれています。僕にもメールが来て「藤木さんに入ってもらってもうちょっと具体的にどうしたらいいのかアドバイスが欲しい」と言われました。このように活動が続いて発展していくことも嬉しいです。
双方向のネットワークが発展していくことで、よりインクルーシブな社会を目指す
ーアイディアソンを経て参加者にどのような影響を与えたいですか?ー
藤木氏:1つ目の僕の願いは ネットワークを構築することです。
インハウスのデザイナーは、ワークショップ期間中は皆さん仲がいいですが、終わるとサヨナラして、またバラバラになります。僕は、そうでは無くて先ほどの製品化みたいな話でネットワークはずっと繋がっていって欲しいと思っています。このようにネットワークが広がることで、日本企業のデザイン全体がインクルーシブなデザインへと向かっていくことが望ましいと考えています。
2つ目は、先ほどのリードユーザーの方からの声でもあったように、リードユーザー自身が一度きりの参加で終わるのでは無く、そこから「自分にも何かできることがある、一緒に変えることができる」と言う気付きを得て、さらなる活動へ繋がると良いなと考えています。
最終的に企業の中にリードユーザーがジョインして、何か新たなビジネスができると信じています。
ーインクルーシブデザインネットワークの今後の展望をお聞かせくださいー
藤木氏:現状のメンバーは人数もまだ少ないですし、どちらかというと50代後半の方の割合が多くを占めており、ちょっと高齢気味です 。
そのため、次のステップに進むためにも、ぜひ若者に参加していただき、若者が何がしたいのかも一緒に聞きながら「新しいインクルーシブデザインネットワーク」を作りたいなと思っています。
ーインクルーシブな活動を通して世界にどのようなインパクトを与えたいですか?ー
藤木氏:これは個人的な意見ですが、障害を持っている方とか、多様性と言われている、一般的に言われている方々の存在を他人や自分とは違うと思う人がどんどん減っていくべきだと考えています。
例えば、家族であったり友達であったりと同じように、どんな障害がある人も結局はみな同じです。皆さん仲間なんです。
しかし、どうしても遠慮したり、逆に差別する人ももちろんいます。
今後の世の中は、そのような人が減り、みんなが障害者、みんな誰もが障害を持っていると言う認識で、日本や世界が成り立っていけばいいなと思います。僕たちの活動を通して、皆がもっと身近に障害やインクルーシブな考え方を感じて欲しいと思っています。
【特定非営利活動法人インクルーシブデザインネットワーク紹介】
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インクルーシブデザインワークショップ「事例紹介」
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