何をもって人に憶えられたいのか
世界のビジネス界に大きな影響を与えているドラッカーですが、その思想形成にあたっては人生の中で7回の精神的な節目が訪れたことを著書の中で述べています。
その七つの経験から得た教訓を列記すると、以下のようになります。
一.目標とビジョンをもって行動する
二.常にベストを尽くす。「神々が見ている」と考える。
三.一時に一つのことに集中する。
四.定期的に検証と反省を行い、計画を立てる。
五.新しい仕事が要求するものを考える。
六.仕事で挙げるべき成果を書き留めておき、実際の結果をフィードバックする。
七.「何をもって憶(おぼ)えられたいか」を考える。
最初の教訓「目標とビジョンをもって行動する」を得たのは、ドラッカーが商社の見習いをしていた頃でした。
当時、彼は週一回オペラを聞きに行くのを楽しみにしていました。
ある夜、信じられない力強さで人生の喜びを歌い上げるオペラを耳にし、その作者が八十歳を超えた後のヴェルディによるものであることを知ります。
なぜ八十歳にして並はずれた難しいオペラを書く仕事に取り組んだのか、との質問にヴェルディは「いつも満足できないできた。だから、もう一度挑戦する必要があった」と答えたのです。
十八歳ですでに音楽家として名を馳(は)せていたヴェルディが、八十歳にして発したこの言葉は、一商社の見習いだったドラッカーの心に火をつけます。
何歳になっても、いつまでも諦めずに挑戦し続けるこの言葉から、「目標とビジョンをもって行動する」ということを学び、習慣化したのがドラッカーの最初の体験でした。
その頃彼は、ギリシャの彫刻家・フェイディアスに関する一冊の本を読みます。
これが二つ目の経験です。
フェイディアスはアテネのパンティオンの屋根に立つ彫刻群を完成させたことで知られています。
彫刻の完成後、フェイディアスの請求書を見た会計官が「彫刻の背中は見えない。その分まで請求するとは何事か」と言ったところ、彼の答えはこうでした。
「そんなことはない。神々は見ている」と。
この話を読んだドラッカーは、
「神々しか見ていなくても、完全を求めていかなくてはならない」と肝に銘じます。
ドラッカーはこう語っている。
『私が13歳のとき、宗教の先生が生徒一人ひとりに「何によって人に憶えられたいかね」と聞いた。
誰も答えられなかった。
先生は笑いながらこう言った。
「いま答えられるとは思わない。
でも、50歳になって答えられないと問題だよ。
人生を無駄に過ごしたことになるからね。」
今日でも私は「何によって人に憶えられたいか」を自らに問い続ける。
これは自らの成長を促す問いである。
なぜならば、自らを異なる人物、そうなりうる人物として見るよう仕向けてくれるからである。』《非営利組織の経営》
著名人が亡くなったとき、死亡記事が新聞に出る。
その際、こんなエピソードがあったという。
『アルフレッド・ノーベルはノーベル賞を創設した人として有名だが、実はダイナマイトを発明した科学者であり発明家だ。
1888年に兄が亡くなったとき、弟のノーベルと間違えて書かれた死亡記事が出た。
そこには、「一瞬にして多くの人を殺害する方法を発明し、それによって富を築いた死の商人死す」とあった。
それを見て、ノーベルはその後の自分の生き方を改め、ノーベル賞をつくったという。
「何によって人に憶えられたいか」は、人の一生において、重要なテーマだ。
死の商人と言われるのか、ノーベル賞の創設者と言われるか。
人は、亡くなった後、この世に残していけるのは、「人に与えた思い出」だけしかない。
人が憶えていてくれた「思い出」だけが、残るのだ。
人に与えたものが、「不平不満」「愚痴」「泣き言」や、「悲しみ」「怒り」「憎しみ」だけだったとしたら、こんな寂しい人生はない。
何も大きいことをする必要はない。
人の心に、「温かで優しい気持ち」「しあわせ」「楽しい」「笑い」や、「感謝」の気持ちを少しでも残すことができたら、こんな嬉しい人生はない。
「何をもって人に憶えられたいのか」を今一度、深く考えてみたい。
ものつくり大学教授、上田惇生(あつお)
『一日一話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書』致知出版社 より
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