旅する小人 小説 ⑤ ベトナム編 上
※ この物語はすべてフィクションである。
~ 5章 ベトナム編 上 ~
ベトナムに入国する際は、小人は入国審査担当の役員の男から、お金を求められた。
役人の男は必要な金額を紙に書いて小人に渡した。
小人は怪訝な顔をしてから、周囲の人間の様子を見渡した。
「なんで?」 と英語で小人が役人の男に訊くと、役人の男は「マネー、マネー(お金、お金)」とだけ答え、小人の眼の前で、親指と人差指でお金をずらす仕草をした。
小人は役員にお金を手渡した。
役人の男は、小人のパスポートを受け取ると、入国スタンプを押して彼に投げて渡した。
小人はパスポートをポーチにしまうと、そのまま歩いて、建物の外に出た。
そのまま最寄りの鉄道駅へと彼は向かっていった。
駅に辿り着くと、看板には「ラオカイ駅」と書かれている。
小人は駅の中に入ると、窓口にむかった。
そして、その日の晩に、首都ハノイへ向かって出発する列車の乗車券を買った。
彼は搭乗時刻になるまでラオカイの街を散策したり、駅で眠ったりして過ごした。
日が落ちて夜になった。
小人は乗車券に書かれている数字と、同じ数字を車体に記載している列車に乗った。
席に座ると、彼は向かいの席に座った老人と若い女の乗客に話しかけた。
2人は民族衣装をまとっている。
「ハロー。何処まで行くんですか? 」
話しかけられた2人は、顔を見合わて、はにかんで笑った。
小人は英語で話しかけたが、2人は英語を話せないと言った。
老人と女は、ベトナム語と中国語の2つの言語で、小人に話しかけてみたが、今度は彼がどちらの言語も分からないと言った。
身振り手振りと、ノートでの筆談で、彼らはしばし交流をしたが、それはすぐに終わった。
小人はイヤホンを耳に装着して、CDウォークマンで音楽を聴き始めた。
ジブリ映画の音楽が、少し甲高い音とテンポが早くなるように変化した、ハウスミュージックバージョンで流れる。
小人は列車の窓から外を眺める。
車窓から見える風景は、次々と姿をあらわしては、後ろに流れていって、その形を変え続ける。
小人は、バックパックからデジタルカメラを取り出し、月明かりを浴びている家々、土のままの道路、巨大な工場とその周辺施設、そして往々として生えている木々を、写真に収めた。
彼はまた、日記も書いた。
小人が書いていた日記には、「ベトナムでハノイに向けて移動中。列車から見える風景は、舗装されていない土のままの道、ジャングルに生えてそうなヤシのような木、ロボットにでもなれそうな大きさの工場があった。工場は巨大な光を沢山発していた。舗装されていない道は、まるで昔の日本の様だ」 と書かれていた。
老人と女は眠っていた。
2人はは毛布にくるまって寝ていた。
月明かりの光と、家々や建物、外灯から発せられる光が2人の顔をたまに照らした。
小人もバックパックから小さなブランケットを取り出すと、それにくるまった。
それから体育座りの姿勢のまま、しばらく彼は窓から外を眺めていた。
列車はハノイに早朝、到着した。
老人と女は列車から居なくなっていた。
小人は列車を降りると、そのまま人の流れに沿って歩いた。
駅から外に出ると、彼の視線の先には湖が映った。
彼はそのまま湖の方へ向かって歩き始めた。
朝日が、茜色の光をハノイの街全体に浴びせている。
湖はその光を反射させ、さらに尚、光り返している。
小人が湖の手前まで着いて周囲を見渡すと、湖を囲って、アスファルトで舗装された道路が走っている。
道路脇には、ベンチが何台も、不揃いな距離感覚で置かれている。
道路の先には建物が密集しているのが見え、その反対側は、建物が少なくり、さらにその先に山が見える。
小人は道路を通り越すと、さらに湖へと歩みを進めた。
ヤシの木が生えている公園や遊歩道、自転車用通路が出現した。
湖は小さな波の音を鳴らしていて、風がヤシの木の葉を緩やかに揺らした。
小人は、1本のヤシの木の下にバックパックをを下ろした。
ベンチに座り、2リットルペットボトルの蓋をあけて水を呑む。
それからタバコを口にくわえて火を点け、口と鼻からゆっくりと白い煙を吐き出した。
彼の座っているすぐ横の遊歩道を、白人の老夫婦がタンクトップに短パン姿で走り去っていった。
老夫婦はともに、目に黒いサングラスを装着し、首にタオルを巻いていた。
湖では、地元民の老女が、水面に対してかがみ、ザルで貝を拾っていた。
彼女は拾った貝を、腰にかけた巾着袋に入れては、また同じ行動を繰り返す。
朝焼けの光を背後から浴びている彼女の姿を、小人はおでこに手を当て、眉間の周辺にしわを作って眺めた。
タバコを吸い終えると、小人は再びバックパックを背負った。
そして、建物が密集している方へ向かって歩き始めた。
20分ほども歩くと、彼は建物の密集地帯の中に入った。
そこには沢山の旅行者がいた。
人種も老若男女も様々だった。
小人は売店で、瓶のファンタオレンジを買うと呑み始めた。
瓶を持ったまま、売店の外に出てタバコに火を点けると、彼は近くに立っていた、年配の白人の大柄な男性に声をかけた。
「ハロー、ちょっとお尋ねしたいんですが、安宿は何処らへんにあるか知っていますか?」
尋ねられた男はこう言った。
「英語は話せない。すまない。俺はロシア人なんだ」
小人はジュースを飲み終えると、瓶を売店に返し、ロシア人の男に礼をしてから、路地の中へと入った。
路地の中に入ると、ホテルやゲストハウス、バー、カフェ、レストランと記載された看板を掲げている建物だらけになった。
1階がレストラン、バーとなっている建物では、朝から人種も老若男女も混ざった、旅行者たちが沢山いた。
彼らは朝食を摂っていたり、お酒を呑んで騒いだりしていた。
小人は酔っ払いたちが騒いでいる、建物の1つに入った。
建物の入口のすぐ横に受付があって、そこには若いベトナム人の男が、ハーフパンツにTシャツ姿で座っている。
男の後ろには金色の板が貼り付けられていた。
板にはシングルルーム(個室)とドミトリールーム(合同部屋)の2種類があり、それぞれの宿泊料金が記載されている。
小人は男に 「宿泊したいのだけど、ドミトリールームの部屋を見せて欲しい」 と言った。
受付の男は鍵を壁から外し、ポケットに入れると、受付から出て、小人に着いてくるように言った。
2人は、建物の奥へ歩き、階段を上って2階の部屋に辿り着いた。
2人が部屋に入ると、複数人の男が中にいた。
男たちは各々、歯を磨いていたり、顔を洗っていたり、サンドイッチを食べたり、寝たりしていた。
小人は寝ている男以外の男たちに、「おはよう」 と声をかけた。
男たちも彼に 「おはよう」 と朝の挨拶を返した。
小人は受付の男に 「この部屋に泊まる」 と告げた。
「わかった、後で受付にパスポートを持ってきてくれ」 と言って、男は部屋の中にあるロッカーの鍵を小人に渡すと、小走りで受付に戻った。
小人は男たちと話し始めた。
男たちはオーストラリアと、イスラエル、ドイツにベルギーから来た旅行者たちだった。
パスポートを入れたポーチを首にかけると、小人は荷物をロッカーに仕舞って鍵をかけ、受付へ向かった。
先ほどの若い男が受付の中の椅子に座っていた。
男は小人からパスポートを受け取り、コピー機でコピーをとった。
その間、小人は、宿泊者がサインと連絡先と本籍の住所を書き込んでいるノートに、同じようにサインとそれらの個人情報を書き込んだ。
小人は男からパスポートを手渡しで返してもらうと、ポーチに仕舞って、男に 「行ってきます」 と言った。
宿の外へと歩いて出て行き、小人は、露店でハーフのサンドイッチを買った。
食べながら歩いていると、彼の前に、路上に座っている老女があらわれた。
彼女は両替商の看板を出している。
「両替お願いできますか?」
小人は老女に声を掛け、持っているお金を少し、ベトナムドンに替えた。
ホテルに戻り、シャワーを浴びて洗濯も済ませると、彼は眠った。
そしてハノイの街は日が落ちて夜になった。
小人は宿から出て、ベトナム人の女主人が営んでいる路店で、ビールを呑み始めた。
女主人の足元には水を溜めたバケツが2つあった。
彼女はビールが空いて、客から返されたジョッキを、そのバケツに突っ込んで流した。
2、3度繰り返すと、彼女は新しいビールを、そのジョッキに入れて客に渡した。
小人も他の客たちと同様に、ビールを呑みながら、タバコを吸い始めた。
そこら中の露店から、料理の匂いが巻き上がっている。
足元には、落ちた食べ物を漁る野良犬が歩き回っていた。
ビールを呑み始めて、それが3杯目になるころ、小人は近くに座っていた日本人3人と談笑していた。
3人は全員が20代で、男が2人に女が1人だった。
彼らの話で、小人は今晩泊まる宿よりも、彼らの泊まっている宿のほうが値段が安いことを知った。
小人は、「宿の様子を見たい」 と彼らに頼んで、宿へと共に向かった。
宿へと着くと、受付の男が小人に、「お前はは宿泊客じゃない」 と止めた。
「今日は別の宿に泊まるのだけど、明日から泊まるかもしれない。だから部屋を見せてほしい」 と小人は受付の男に頼んだ。
「それならいい」と言って、受付の男は全員を宿の中に通した。
部屋に着くと、彼らはベランダでビールを呑みながら話をした。
その内容は、互いの紹介から 「何でハノイに来たのか、ハノイから皆がどう移動してきたのか、これからどう移動するのか」 といったものだった。
3人の中の女が「翌日、タイへ向かって旅立つ」と話した。
「小人が代わりに、彼女の寝泊まりしていたベッドを借りればいい」 ということになった。
そして男たちの1人が、「おれも明日、タイに行く。」 と言った。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?