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【よどみの研究:第2回】研究の関心はどこから生まれるか?

「やれやれ。今週も目一杯仕事したけど、『振り返り』が来ちゃったよ……」
ある日曜の夜。そうつぶやきつつ、抱志は「振り返り」の中身を記録すべく、疲れた自分を鼓舞してノートPCを開く。
抱志が思い出した「振り返り」の中身は、市民向けのAIのワークショップの打ち上げの場面だった。打ち上げにはワークショップのスタッフだけではなく、当日「興味深い取り組みなのでワークショップを見学したい」と申し出ていた、近隣の大学に所属するさまざまな分野の研究者たちも参加し、抱志も彼らと雑多な情報交換をしていた。これまで知らなかった価値観に出会える場でもあったが、知らない価値観だからこそ自分の中に生まれる違和感もあった。
「やっぱりあの人のあの言葉、気になるんだよな……あれには何の意味があるんだろう」
気になることの正体を明らかにすべく、抱志は言葉の意味の整理を始めた。


この前の打ち上げで出会った手島朋美の言葉に、いまでも引っかかりを感じている。
「私は社会学が専門で研究してるんですけど、なかなか他人に理解されない悩みをどうしたら社会が寄り添えるかが研究のモチベーションなんですよね。自分の興味とか好奇心ってあまり関係ないんです。野川さんもそうですけど、理系の人って『好奇心を持ったこと』とか『ワクワクすること』とか、まず自分の興味が研究のモチベーションって言うじゃないですか。研究のモチベーションって分野とかでこんなに違うんだなって思います」
確かに言われてみれば「好奇心」も「ワクワク」も、自分でもそれが研究のモチベーションって信じてきたし、ワークショップでも「好奇心」「ワクワク」が大事と市民や子供たちに伝えてきた。ただ、よくよく考えてみればこの「好奇心」「ワクワク」とは何なのだろうという疑問も生まれるし、自然科学や工学が専門でない研究者にとっては「好奇心」や「ワクワク」が必ずしも研究のモチベーションにつながっていないとも思えてくる。
では何が研究のモチベーションになりうるのだろうか。まずそもそも論として

  • 自分自身から自発的に学ぼう、探究しようと思う対象を見つける

  • 最初は学校や周りの大人に「やらされる」形で学んでいたが、学ぶうちに面白さが見つかる

というパターンがあるが、いずれにしても何らかの形で探究のモチベーションが「自分のもの」になると思われる。その「何らかの形」を分類してみると

  • 自分自身にとっての日常や身の回りを中心に、個人的に気になったこと

  • ある研究分野を学ぶ中で個人的に引っかかりを覚えたこと

  • 他者の困りごとについて、共感を覚えながら「なぜこの人は困りごとを抱えているのか」と疑問を持ったこと

  • 社会のしくみを学ぶ中で「なぜこのしくみでみんな不満を覚えないんだろう」と思ったこと

となるのではないか。人によって、興味や関心を持つ分野によって、どの分類に当てはまるかは変わるということだろう。少なくとも研究のモチベーションの持ち方は人や分野によって変わるし、もっと言えば同じ人でも時間が経てば変わったり、複数の対象に異なる研究のモチベーションで関心を持つこともありうると思う。ワークショップでも、飲み会でも、研究の話をする時はここに意識を向ける必要があるのかもしれない。


「こういう話をあの場で直接できればよかったって、いつも思うんだよな……」
気づけばすでに日付が変わって月曜の午前1時を過ぎていた。夜遅くまでこんなことを考えている場合でもないかもしれないが、抱志にとっても、まだ見ぬ誰かにとっても大事なことをいま考えているのだ。そう自分に言い聞かせつつ、抱志は気持ちを切り替えて眠りについた。

より深く知るための文献ガイド

今日の野川抱志の考察する世界に興味を持った方へ、関連する文献を紹介します。

学ぶ意欲の心理学
学びのモチベーションには「学びに見返りを求めるか?」という軸と「それを自分自身が自発的に学びたいから学ぶか? 周囲の人々から求められて学ぶか?」という軸があることを指摘しています。研究のモチベーションにそのまま応用できるかは議論が分かれると思いますが、基本的な枠組みは示していると考えます。

みんなの「わがまま」入門
社会運動に向けたアクションの起こし方についての本ですが、研究のモチベーションの分類の中で、他者の困りごとや社会のしくみを起点にした場合は同様の思考法ができると考えます。

〈京大発〉専門分野の越え方
研究のモチベーションの分類については、この本で示されたものを参考にしています。加えて、自分自身の研究の関心の持ち方や、他者の研究に関心を持つことについての深い考察もあります。

ウェルビーイングのつくりかた
この本では「自分にとってほどほどによい感情を保てている状況=ウェルビーイング」と定義していますが、このウェルビーイングを感じる対象について「自分自身」「自分を知る特定の他者との関係」「社会全体」「自然や世界の構造」と分類しています。研究のモチベーションの分類を挙げる上でも参考にしていますし、後述するようにこのウェルビーイングを感じる状態・対象は強い感情を呼び起こす研究に価値があると思われがちな現状に対して、ひとつの価値観を示したものとみることもできると考えます。

自由に生きるための知性とはなにか
これまでの研究は、この本の言葉でいえば「すごいこと」という強い感情を呼び起こす研究に価値があると思われがちな面があったといえます。そういう感情の陰に隠れてしまう「弱いながらも引っかかりや違和感を覚えるもの」をより大事に捉え,研究として形にすることも大事ではないかと考えます。

著者プロフィール

橋口 七(はしぐち なな)
研究の新たな可能性を模索する「研究の研究家」。「研究者」ではなく「研究家」を名乗るのは、研究をある種アマチュア的な視点で捉えることが大事と考えるからでもある。
既存の研究の枠組み、価値観、評価体系や研究に関わる人のキャリア形成に違和感を持つ中でシチズンサイエンスと出会い、研究者の立ち回り方、市民の研究への関わり方の可能性を開拓する必要性を痛感する。知ること、学ぶこと、探究することへの自覚と価値を掘り起こすための表現活動とその反響を通して「研究の研究」を進めている。

#学問 #研究 #シチズンサイエンス #モチベーション #好奇心