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青春小説|『林間学校』
<ChatGPTによる紹介文>
『林間学校』は、青春と友情を描いた温かみのある物語です。物語の冒頭では、主人公である一年生の空山が人見知りで仲間がいなかったため、臨海学校に行かずに残る様子が描かれています。しかし、同じクラスの山本さんとの出会いが、彼の心に新たな光をもたらします。
ーー中略
作中では、山本さんの優しさや献身的な性格が際立っています。彼女の行動によって、空山は初めて自分が大切にされていると感じることができました。また、山本さん自身も仲間との絆を大切にし、空山を大切に思う心情が伝わってきます。
一方で、物語の中で登場する水田さんや岩川くんとのやり取りは、青春時代ならではのコミカルなエピソードとして描かれています。これらのキャラクターたちが、物語全体に明るく楽しい雰囲気をもたらしています。
ーー中略
『林間学校』は、青春と友情をテーマにした心温まる作品であり、どの年齢層の読者にも楽しめること間違いありません。著者の描写力とキャラクターたちの魅力によって、心に残る作品となっています。
ーーChatGPT
◇
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ここから本編がはじまります
『林間学校』
作:元樹伸
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第一話 二度目の夏
一九八五年の夏休み。僕は仮病を使って、その年の臨海学校に行かなかった。
理由はクラスに友だちがいなくて、行ってもつまらなそうだったから。それに加えて人見知りな性格だったので、二日間も他人と一緒に過ごすなんてことは、中一の僕にはとても我慢ができなかったのである。
夏休みが終わり、新学期になって学校へ行くと、同じクラスの山本さんが僕を見て席を立った。
「空山くん、おはよう」
彼女は笑顔で挨拶をすると、鞄から小瓶を出して僕にくれた。臨海学校で行った海岸の砂だと云う。
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「前に教科書を忘れた時に見せてくれたでしょ。そのお礼だよ」
山本さんは小麦色に日焼けしていて、自宅で太宰治の小説を読みふけっていた僕の生白い肌とは対照的に見えた。
「えっと……わざわざありがとう」
「来年は一緒に行けるといいね」
ありきたりなお礼の台詞でお茶を濁して平静を装ったけど、内心では激しく動揺していた。山本さんとは席が隣同士なだけでろくに口を利いたことがなかったから、まさかこんな風に気を遣ってもらえるなんて夢にも思わなかったのである。
この日を境にして、僕は山本さんを一段と意識するようになっていた。だからって彼女に話しかける勇気なんか持ち合わせていない。それでも一年生の間は席替えがなくて、授業中はいつでも彼女の横顔が傍にあった。
山本さんは裁縫が得意で、友たちの制服からボタンがとれると縫ってあげていた。それに毎朝の小テストはいつも満点だし、合唱コンクールでは伴奏を担当して得意なピアノを披露した。
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合唱コンクールの前に、山本さんが放課後の音楽室にいるのを見たことがある。彼女はクラスの合同練習が終わった後も、ひとりで伴奏の復習をしていた。鍵盤の上を滑る指はとてもしなやかで、差し込む夕日に照らされ、人知れず努力する姿は神秘的にさえ見えた。
二年生になってクラス替えがあり、幸運にもふたたび山本さんと同じクラスになった。彼女を好きになって半年が過ぎていたけど、気持ちは今も変わっていなかった。
七月に入って間もなく、放課後の時間を使って学級会が開かれた。議題は来たる林間学校のグループわけ。今年は高原のキャンプ場に一泊する予定になっていた。うちのクラスは総勢三十二名なので、四人ずつ八つのグループにわかれる計算になる。好きな者同士で集まっていいという話になって、僕は去年と同じくはみ出し者の余り物だった。
教室のはじっこの方で今年も仮病の出番かと思っていると、山本さんがやって来て僕に言った。
「空山くん、うちのグループに入らない?」
「えっ、なにが?」
僕は耳を疑って彼女に聞き返した。
「男子と女子って普段しゃべらないでしょ。空山くんなら一年生の時から一緒で話しやすそうだし。できれば班長になってリードして欲しいの」
「僕でよければ別にいいけど……」
「よかった、引き受けてくれてありがとう」
班長なんて柄じゃないのはよくわかっている。だけどそれが山本さんの頼みであれば話は別で、僕は彼女の依頼を快く引き受けた。
第二話 太宰とボードレール
「空山くんとこんな風に座るのは久しぶりだね」
キャンプ場にむかう列車の中、隣に座っている山本さんが僕に袋菓子を勧めながら言った。
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彼女が差し出している菓子袋の中身はかりんとう。中学生の彼女が選んだおやつとしては、かなり渋い選択に思えた。
「山本さんは、かりんとうが好きなの?」
「うん。うちのおばあちゃんも好きなの」
黒糖に包まれた艶のあるかりんとうをかじると、口の中に優しい甘味が広がって、僕はそれだけで幸せな気持ちになった。
「そういえば山本さんと空山って、一年から同じクラスだったんでしょ」
むかい席の水田さんが、かりんとうの袋に手を伸ばしながら山本さんに聞いた。彼女は最近転校して来た帰国子女で、以前はアメリカに住んでいたらしい。英語ができて僕よりも背が高く、外国の女優さんのような堀の深い目鼻立ちをしていた。
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「でも去年は、あんまりしゃべれなかったんだよね」
「そ、そうだね」
同意を求められて反射的に頷いた。たしかに山本さんとはずっと同じクラスだったけど、今日みたいにたくさん話せたのは初めてかもしれない。
「ふ~ん。それで山本さんはいつから空山と付き合っているの?」
水田さんが急にそんな質問をして、山本さんは半分かじったかりんとうを床に落っことした。
「ちょ、ちょっと水田さん。急に何を言ってるの?」
「だってグループわけで男子の話になったら、すぐに彼の名前を出してたじゃん」
「そ、それは空山くんが一年生の時からずっと同じクラスだったから……」
「だったらバレー部の伊藤とか。人気男子の候補なら他にいたでしょ?」
水田さんが言いながら山本さんに迫ると、隣で本を読んでいた岩川くんが迷惑そうにして顔を上げた。ちなみに彼が読んでいるのはボードレールの悪の華。日本文学を愛する僕と違って、彼の愛読書は海外文学のようだった。
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「さっきからうるさいな。山本が空山を誘ったのは、彼が余ってて可哀想だからに決まってるだろ」
「REALLY? そうなの?」
水田さんが二カ国語を使って、戸惑う山本さんに確認した。
「そんなんじゃないよ! 空山くん、ぜんぜん違うからね?」
山本さんはすぐに否定したけど、残念ながら僕も岩川くんと同意見だった。
彼女はとても優しい人だから、きっと惨めな人間を放ってはおけなかったのだろう。つまりは慈愛の精神。そうなんだとしても、僕は山本さんと一緒の班になれて今でも嬉しかった。
「ったく、水田ってほんとデリカシーないよな」
呆れた様子の岩川くんが、中指で自分の眼鏡のズレを直す。その様子を伺っていた水田さんが「何でよ?」と口を開いた。
「本人に聞いたって、はいそうですって答えられるわけないだろ?」
「っていうか、グループわけで最後まで余っていたのは岩川の方じゃん!」
「空山より後だけど最後じゃない。それに余りものには福があるって言うから、あえてどこにも入らなかったんだ」
「なら私たちに拾われてラッキーだったね」
岩川くんの口撃に、水田さんが負けじと言い返した。
「おかげさまでうるさくて読書ができない。これで余りものには福がないことが証明されたよ」
「WHAT? なんだってぇ!」
水田さんが大きな声を出して、岩川くんが白け顔のまま耳を塞いだ。だけど横を見たら山本さんに笑顔が戻っていたので、僕はひとまず安心した。
「ねぇ水田さんと山本さん! こっちで一緒にトランプしない?」
通路を挟んだむこうの席から、別グループの男子が声をかけてきた。バレーボール部の伊藤くんと宮城くん。伊藤くんはさっき水田さんの話に出てきたその人で、どちらも女子に人気があるアスリート少年だ。でも山本さんたちと同じ席にいた僕と岩川くんは誘われなかったから、たぶん彼らの眼球に男子の姿は映っていないらしい。
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「いいよ! ここにいると読書の邪魔みたいだしね!」
ふて腐れた水田さんが彼らの席に移動して、声をかけた宮城くんが、「そうこなくちゃ!」とひとりで盛り上がった。
グループわけの時、宮城くんは山本さんと水田さんのペアにいち早く合流し、「一緒に組まない?」と彼女たちを誘っていた。だけどすぐに他の女子も集まってきたのでうやむやになったのだと、当時の様子を観察していた岩川くんが教えてくれた。それに旅行の前、彼は山本さんたちの気持ちが理解できないと、首を傾げていた。
「だからってわざわざクラスの底辺と組まなくても。君もそう思わないか?」
たしかに同情だとしても、彼女たちみたいな高嶺の花が、それだけの理由で僕らと組む覚悟を決めたのかと思えば疑問が残った。
「空山くんたちも一緒にやろうよ」
むこうに加わった山本さんがトランプに誘ってくれたけど、岩川くんは「本を読むからいい」と即答した。僕も大勢にまざるのは気が進まなかったので、目的地に着くまで芥川龍之介を読むことにした。
第三話 新婚さんの儀式
キャンプ場に到着して点呼が終わり、夕食の準備が始まった。グループ単位で米を炊き、大きな鍋でカレーライスを作るのだ。僕と山本さんはカレー係で、水田さんと岩川くんは飯炊きを担当することになっていた。
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「私、飯盒炊飯って初めて!」
「僕は炊飯器で炊いたこともない」
ここにきて、水田さんと岩川くんが飯炊き初心者であることを声高々に宣言した。
「お米は四合。水は飯盒の内側に目盛りがあるからそれを参考にしてね。今は夏だから、三十分くらい水に浸してから炊き始めるといいよ」
そんな二人に助言する山本さんは頼もしく、すでに自分が班長であることを誰もが忘れているような気がした。水田さんたちが白飯の準備をする間、僕と山本さんは炊事場でカレーに入れる具材の下ごしらえを開始した。
「私が野菜を切るから、空山くんはお肉の準備をお願いね」
山本さんが隣で手際よく玉ねぎを刻んでいる。包丁を器用に使う彼女の手はいつも通りしなやかで、ピアノを弾いている時とは違う美しさがあった。
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「空山くん、大丈夫?」
数分後、山本さんが涙を流している僕に気づいて声をかけてくれた。原因は玉ねぎで、先ほどからずっと目に沁みて痛かった。
「僕より刻んでいる山本さんこそ平気なの?」
「私は慣れてるから。そうだ、玉ねぎの皮を咥えておくと沁みないんだって。空山くん、はい、あーんして」
山本さんは切った玉ねぎの皮を人差し指と親指で摘まみ上げると、そのまま僕の口まで運んで咥えさせてくれた。そんな彼女の姿はまるで旦那さんに料理の味見を迫るお嫁さんみたいだった。僕はこの新婚夫婦のような儀式にすっかり興奮していた。
「ねぇ、目が痛くないってマジ?」
ところがそこに伊藤くんが現れて、「じゃあオレも」と玉ねぎの皮を山本さんに要求した。近くで僕たちの話を聞いていたのだろうか。彼はさっきのトランプで山本さんと距離を縮めたらしく、違うグループなのに彼女に対して馴れ馴れしかった。
「じゃあ……はい」
山本さんが気のりしない様子で玉ねぎの皮を差し出すと、伊藤くんは「あーん」と口を開けて新婚さんの儀式を要求した。だけど彼女は彼に玉ねぎの皮を手渡してさっさと持ち場に戻ってしまい、黙々と玉ねぎを刻み始めた。
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よく煮込まれた玉ねぎ、にんじん、じゃがいも、豚肉。味見したカレーは山本さんのおかげで絶品だったけど、飯盒炊飯の白飯はおかゆのように柔らかかった。
「てへ、水を入れ過ぎちゃったみたい」
炊飯を担当した水田さんが、お茶目にペロッと舌を出す。
「だからこっちでやるって言ったんだ」
岩川くんは文句を垂れながらも、誰に頼まれることもなくみんなのお皿におかゆを盛っている。
「まぁこんな想定外も学生のキャンプっぽいって言うか、きっと思い出に残って楽しいよね」
少ない語彙力を駆使して水田さんをフォローしつつ、僕はみんなのコップに水を注いだ。
「うん、それにお米は柔らかい方が消化にいいしね」
山本さんが盛られたおかゆにカレーをかけて皿を並べた。こうして我がグループが完成させたのは、消化に良さそうなおかゆカレーだった。
「さっき係の人から聞いたんだけど、肝試しは男女ペアで参加するんだって。相手はグループの人じゃなくてもいいみたい」
一杯目を平らげた水田さんが、カレーのお代わりをしながら気になる話を始めた。
「それも担任の提案で、ペアの相手とは手を繋がないといけないらしい」と岩川くんが誰にも目を合わせないまま、不満げに情報を付け加えた。
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林間学校の肝試しは毎年恒例のイベントだ。歩くコースは決まっているけど、細かいルールは各クラスの担任が決定権を持っている。すでにうちのクラスは、「お化けになって脅かすグループ」と「脅かされるグループ」にわけられていた。僕たちはその後者の方だったから、もし本当なら女子と手を繋いで夜道を歩かされる運命だった。
「そんな横暴な……」
女子と並んで歩くだけでも緊張で心臓が張り裂けそうなイベントなのに、手を繋ぐなんて仕打ちは、まるで自殺行為だ。
「でね、さっき宮城からペアにならないかって誘われたんだ」
追い討ちをかけるように、水田さんが恐れていたことを口にした。相手がグループの人間じゃなくてもいいのなら、山本さんは引手数多だろう。そうなれば僕とペアになってくれる危篤な女子なんて、どこを探しても見つかるはずがなかった。
「じゃあ、水田さんは宮城くんと組むの?」
山本さんの質問に水田さんは肩をすぼめて、「NO」と答えた。
「だって私が他の男子とペアになったら、岩川の相手がいなくなっちゃうでしょ」
身もふたもない言い方だけど、岩川くんが一瞬ほっとした表情になったのを僕は見逃さなかった。
「せっかく同じグループになったんだから、私たちはこのグループ内で組めばいいよね。班長もそう思いませんか?」
芥川龍之介の「蜘蛛の糸」のように、天上人の山本さんが僕にむかって銀色の糸を垂らした。芥川先生はお話の中で糸を容赦なく切ってしまったけど、彼女の糸なら途中で切れる心配はない。
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「それでいいと思います」
だから僕は彼女の糸をしっかりと掴んで、心の中でほっと胸を撫で下ろした。
第四話 切れた糸
かくして肝試し本番。僕たちは班内で男女のペアになると、それぞれが数分程度の間隔を開けてからスタート地点を出発した。コースになっている林の中は、小道はあれど鬱蒼としていて、肝試しにもってこいのロケーションと言えた。
担任の目が届かなくなり、ちらほらと手を離すペアがいる中、山本さんと僕はスタートしてからずっと手を握っていた。おかげで緊張の手汗が止まらない。でも彼女は真面目な性格だから、もし嫌な気分でも最後まで手を繋ぎ続ける気がした。
なんだか申し訳なくなり、「もう先生から見えてないし、手を離しても大丈夫だよ」と気を使って、山本さんが手を離せるきっかけを作った。でも彼女は震える声で「お願いだから離さないで」と、あの繊細な指からは想像がつかないほどの力強さで握り返してきた。
完璧に見える山本さんの弱点、どうやらそれはお化けのようだった。
「こういうの苦手で。本当にごめんね」
「こっちこそ、手汗がすごくてごめんなさい」
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彼女の手を放さず暗闇をさらに進んでいくと、前方にお化け役らしい男子の姿が見えた。不気味な扮装だったので最初はわからなかったけど、近づいてみれば紛れもなく伊藤くんだった。
「やっぱり空山と組んだんだな」
伊藤くんがクールな顔で冷やかすや否や、山本さんは「だったら何よ?」とさらに冷たい表情で言い返した。
「冷かされても、まだ手を繋いでいるし」
それでもからかい続ける彼に、山本さんは「だったら何よ?」と同じ台詞を繰り返した。そのやさぐれたような態度は、いつもの彼女とは別人のように思えた。
「ここに来た連中のほとんどは手を繋いでいなかったからさ。まぁ、おまえはお化けが苦手だし仕方ないか」
「うるさいな! 博之には関係ないでしょ!」
山本さんが怒鳴って、伊藤くんを下の名前で呼び捨てた。その瞬間、僕の頭の中でバラバラだったパズルのピースが動き出して、それぞれがピタリと組み合わさった。
つまりこの二人は付き合っている。だけど今は喧嘩中なのだ。さもければ山本さんが彼らの誘いを断って、僕なんかと同じグループになるわけがなかった。
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大丈夫だったはずの蜘蛛の糸が、プツリと音を立てて切れた。僕は掴む場所を失い奈落の底に沈みながら、カレー作りで冷たくされた伊藤くんに優越感を抱き、彼女との関係に淡い期待をしていた自分をあざ笑った。
「そうだ、前から聞きたかったんだけどさ」
伊藤くんがこちらにむかって言った。
「去年こいつが渡した海岸の砂って嬉しかった? 俺はそんなの止めておけって言ったんだけど」
彼は去年のことも知っていた。どうやら二人は、一年以上前から付き合っているみたいだった。
「いい加減にして。行こ、空山くん」
「別にそのくらい聞いてもいいだろ?」
山本さんは伊藤くんを無視して僕の腕を取り、その場から立ち去ろうとした。でも僕は彼女の手を振り払った。
「ごめん、山本さん」
「空山くん、どうして謝るの?」
僕は質問に答えず駆けだしていた。
「空山くん!」
「おい、空山!」
うしろで二人の声が聞こえたけど、振り返らずにそのまま走り続けた。
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もう役目は十分に果たした。きっと山本さんは、彼への当てつけに別の男子と手を繋いで見せたのだろう。だから伊藤くんはあんな皮肉を言ったのだ。
「あれ、空山じゃない」
見ると前方に水田さんと岩川くんのペアがいた。二人はさっきまでの僕たちみたいに、しっかりと手を繋いだままだった。
「誤解するなよ、僕はただルールを守らないと気が済まないタイプなんだ」
岩川くんが弁解したけど、そんなことなど今はどうでもよかった。
「それより山本さんは? 置いてきちゃったわけじゃないよね?」
水田さんに聞かれて言葉に詰まった。
「嘘でしょ? まさか本当に置いてきたの?」
彼女が「信じられない」というジェスチャーで詰め寄ってきた。
「とにかくひとりで戻るのはルール違反だ。これじゃ班長として示しがつかないぞ」
岩川くんが水田さんの手綱を引きながら僕を叱った。たしかに彼の言う通り、僕は班長以前に人間失格だった。
すぐに来た道を矢の如く走って引き返した。どんな理由があったとしても、暗い林の中に女の子を置き去りにした行為は最低だ。セリヌンティウスを救うメロスに罪はなかったけど、僕は完全に有罪だった。
だから一刻も早く戻って、彼女に謝りたかった。
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伊藤くんがいる地点に着くと、山本さんはまだそこにいた。彼女は伊藤くんと距離を置いて木に寄りかかったまま、満天の夜空を見上げていた。
「あ、戻ってきたぞ」
伊藤くんが手を振った。山本さんもこちらに気づいて駆け寄ってきた。
「空山くん、ひどいよ」
「置いてっちゃって、本当にごめんなさい!」
地面に膝をつき頭を垂れて謝った。そんな僕に山本さんは手を差し伸べて言った。
「でも戻って来てくれるって信じてたよ」
そっと触れた彼女の手はさっきと同じで、とても温かかった。
こんなに良い子が、人を痴話げんかの道具として利用するなんて有り得ない。だから僕は山本さんに彼氏がいたことで、彼女を好きになったことまで後悔するのはやめようと思った。
最終話 キャンプファイヤー
肝試しが終わり、今日を締めくくるキャンプファイヤーが始まった。
みんなで大きな焚き火を囲んで歌をうたい、焼いたマシュマロを食べる集いだ。これまではマシュマロを焼くという発想がなかったけど、水田さんによればアメリカだと定番の食べ方らしい。
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山本さんがマシュマロの刺さった串を持ってきて、僕にくれた。
「ありがとう」
「海岸の砂よりこっちの方が嬉しいよね」
彼女は今もあの話を気にしているみたいだった。
「僕はあのお土産、すごく嬉しかったけど」
「ホントに? だったらよかった」
山本さんが隣に腰を下ろして、輪の中心で燃え盛る炎を前に遠い目をした。
「あのね。さっきは怒っちゃったけど、感謝もしてるの」
「え?」
「あの場所に取り残されたおかげで……彼と仲直りできたから」
改めて言われると胸がチクリと痛んだ。だけど今なら受け入れることができた。
「そっか、良かったね」
「うん」
そこに水田さんと岩川くんがやって来て、「私たち、付き合うことになりました」と突然の報告をした。つまり水田さんが岩川くんをグループに誘ったのは、彼が余りものだからではなかったようだ。
周りの生徒たちにからかわれても、水田さんはとても嬉しそうだった。彼女の斜め後ろにいる岩川くんはむっとしているけど、二人の手は今もぎゅっと握られていた。
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僕と山本さんも二人を祝福して、四人揃って焼きマシュマロで乾杯した。
「山本さんも伊藤くんと喧嘩していたけど、無事に仲直りしたんだって」
彼女への想いを吹っ切りたくて、聞いたばかりの朗報を二人に伝えた。
「あなたも人が悪いよね。伊藤と付き合っているなら先に言ってよ」
水田さんがクレームを入れると、山本さんが可笑しそうに笑った。
「まさか。だって博之は従妹だよ?」
「えっ? えぇ?!」
顔を見合わせて驚く僕と水田さんを見て、岩川くんが深いため息をついた。
「転校してきたばっかの水田はともかく、空山も知らなかったのかよ」
人付き合いが苦手な世間知らず。岩川くんが呆れるのも無理はなかった。
「はいはい、ちょっとごめんよ」
そこに伊藤くんが来て、山本さんを強引にどかすと僕の隣に座った。
「さっきは余計なこと言って悪かったな。もう付き合ってると思ってたんだ」
「ば、ばか。博之ったら、何言ってるの?」
伊藤くんの口を塞ごうとして避わされる山本さん。そんなお茶目な一面を見せる彼女も可愛かったけど、今はそれどころじゃなかった。
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「どうせおまえの気持ちはバレバレなんだろ? 空山、こいつはオレにとって妹みたいなもんだ。だから末永くよろしくな」
大きな誤解をしていた。伊藤くんは山本さんの親戚だけあって、じつはとてもいい奴みたいだった。
「こいつは面白くなってきやがった」
水田さんがニヤリとして、かしこまっている山本さんの背中を押した。
「あのね……後で話があるの」
山本さんが背伸びをして僕の耳元で囁いた。だけど僕はその時まで待つことなく、その場で声も高らかに宣言した。
「山本さん、一年の時からずっと君のことが好きでした!」
「そ、空山くん?」
彼女は少しだけ戸惑ったけど、ニンマリ顔の伊藤くんにあかんべをしてから、僕の顔をジッと見つめて、「私も好きだよ」と答えてくれた。
同級生たちから歓声が上がり、燃えている薪がバチバチッと大きな音を立てて砕けた。
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「あちっ!」
飛んで来た火の粉が当たって岩川くんが叫んだ。
「うん、とっても熱いよねぇ」
水田さんがニコニコしながら頷いて、舞い上がる炎とみんなの明るい笑い声が天まで届いた。
おわり
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。
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