掌編小説|『らぶれたー』
作:元樹伸
書道部の六条先輩にラブレターを書こうと思った。
最初はスマホでメッセージを送るつもりだったけど、先輩のアドレスを知る方法がなかったので断念した。それに彼女は高校生になった今も、自分の携帯電話を持っていないという噂があった。
夜になって親からもらった便箋を机に広げてみたけど、どんな風に書き出せばいいのかわからず途方に暮れた。残念ながら文才など持ち合わせていないので、彼女の心を動かせる感動的な文章を書く自信もなかった。かと言って直接告白するなんて恥ずかしくて絶対に無理だ。
だから僕は作戦を変えて筆と墨汁を用意し、できるだけ短い言葉を使って、路上詩人のように自分の気持ちをしたためることにした。
だけど実際に便箋と向き合って筆を下ろしてみると、ミミズが這ったような下手糞な文字しか書けなかった。短くまとめようとすればするほど悩んでしまい、納得がいくまで何度も書き直すことになった。
それから苦労を重ねて便箋を使い果たし、たった一枚の文を完成させた頃には、カーテンの隙間から眩しい朝日が差し込んでいた。
放課後、書道部にいた六条先輩を校舎裏に呼び出して手紙を渡した。肩まである彼女の艶やかな長い黒髪が、午後の日差しでキラキラと輝いていた。
「今読んでもいい?」
相手が年下だからか、先輩は冷静な佇まいで僕に聞いた。
「此処でですか?」
「だめかな?」
これじゃ直接告白するのと変わらないと思ったけど、大好きな先輩の希望とあれば、断るわけにはいなかった。
「だ、大丈夫です!」
「じゃあ……」と彼女はどこからともなくペーパーナイフを取り出し、スッと封筒の口を開けて便箋を引き抜いた。
『あなたがすきです。つきあってください』
その一文がすべてだった。漢字を使うと文字が膨らんで文章が紙に収まらなくなってしまうので、最終的にはひらがなだけで書いたのだ。
彼女は無言で便箋を見つめていたけど、やがて顔を上げると言った。
「この返事は、私も手紙でした方がいいよね」
後日、六条先輩が現れて僕にセピア色の封筒を手渡した。
彼女はすぐに立ち去り、僕は家に帰ってそれを開封した。中には良い香りのする和紙の便箋が入っていた。
震える手で手紙を出して内容を確認した。文字は僕と同じく墨と筆で書かれていたけど、比べものにならないくらい達筆で温かみを感じた。
『丁寧なお手紙をありがとう。とても嬉しかったです。でもごめんなさい。今はまだ恋愛とか私にはよくわかりません』
結論としてはノー。それでも先輩の心遣いが伝わってきたので僕はとても嬉しかった。感極まって零れた涙が便箋に落ちて、彼女が書いた『恋愛』の文字がじんわりと和紙ににじんだ。
数日後、学校の昇降口で六条先輩と遭遇した。彼女は僕を見て少し気まずそうにしたけど、上履きに履き替えるとこちらに近づいてきて、自分の鞄からスマホを取り出した。
「あれ、携帯を持ってたんですか?」
「昨日買ったばかりなの。それでね」
僕はこの日、まだ携帯の操作に慣れていない彼女と連絡先を交換して、ただの先輩後輩から友人関係へと昇格した。
おわり
最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。