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背中を押す人

あの人はいつもすごいな。クラスの会話の中心にいて、いつも楽しそうに笑ってる。周りの人達も楽しそうだ。

あの人、つまり山田さんは、クラスの人気者で、勉強もスポーツもできるすごい人だ。定期試験の結果はいつも学年で一番か二番だし、女子サッカー部では、得点王と呼ばれるほどの実力者だ。サッカーには詳しくないからポジションとかは分からないけど。

ある日僕は、自分の席で本を読んでいた。お昼を食べた後の気だるい時間帯。キリのいいところまで読んで、ふと顔を上げると、山田さんとその友達がこちらを見て笑っていた。恥ずかしさと緊張で即座に視点を本に戻し、続きを読む振りをした。なぜ山田さん達はこちらを見て笑っていたのだろうか。きっと僕の後ろのロッカーに面白いものでも入っていたのだろう。理由は見当もつかないから、そう自分を納得させることにした。

それから何日か経ち、僕は山田さんに声を掛けられた。

「ねえ、加藤くんって、友達いないの?」

体育の休憩時間に藪から棒な質問をされた僕は、「ああ、うん、まあ」と曖昧な返答しかできなかった。

「ならさ、私が友達になってあげよっか」

「あ、うん」

「何その返事、嫌なの?」

「嫌ってわけじゃないんだけど」

「じゃあ、なに?」

「そういうのって、言葉にしなくても勝手になってるものかと思ってさ」

「ふーん。加藤くんって、めんどくさいってよく言われない?」

そんなことを言われたことはない。そもそも言ってくる友達さえいないのだから。山田さんを怒らせたいわけではないから、とりあえず、ごめんと謝った。

「まあ、いいわ。後で一緒にお昼食べようよ」

山田さんが急に僕に声を掛けてきた理由が全く分からないまま、ぼくはただ分かったと答えていた。

昼休みになり、山田さんの席に向かうと、山田さんの友達も何人か集まっていた。声を掛けていいものか迷っていると、山田さんと目が合った。

「加藤くん、パン買ってきてよ」

「パン?」

「そう。購買行って、焼きそばパン2つとクリームパン1つとピザトースト1つね。それからオレンジジュースとコーラ2つずつね」

「お昼持ってきてないの?」

「私達みんな忘れちゃったの。だから買ってきて」

「まあ、いいけど」

僕は購買に向かって歩き出した。

しめて980円。購買で頼まれたものを買い、戻ってくると、山田さん達は輪をつくり、会話に勤しんでいた。

「買ってきました」

「遅いよ。みんなお腹空いてるんだからダッシュで行かなきゃ」

まずはありがとうじゃないのか、とも思ったがここはひとまず我慢だ。ここで反論して、まためんどくさいと言われたくなかった。

「それで、お金なんだけど」

僕は恐る恐る訊いてみた。

「何言ってんの、友達でしょ」

僕は、てい良くパシリにされ、詐欺にあったのだ。やっと気付いた。彼女達には、友達になるつもりなんて、初めからなかったのだ。

そしてここから始まった。地獄の日々が。


リストアップ

・椅子が無くなった(僕が、椅子が無いことに気付いた瞬間彼女達は笑っていた)

・カバンにゴミが詰め込まれていた(彼女達はお土産だと言っていた)

・机の中に剃刀が貼り付けてあった(手が触れる直前で気付いたため、怪我はしなかった)

・提出物を先生に提出するために席を立つと、足を引っ掛けられた。(彼女たちだけでなく、クラス中から笑い声が聞こえてきた)

・・・・・


僕は学校に行かなくなった。理由ならいくらでも挙げられる。記憶の中の彼女達は、いつも冷たい視線を僕に向けて、笑っていた。忘れようとしても、あの目が、あの卑しい笑みが、あの声が、僕をどこまでも追って来る。

死にたいというよりも、生きていても仕方がないと思うようになった。いじめがこの世から無くならないなら、いじめがあることを誰もが黙認するのなら、生きていても仕方がない。こんな世界には、必死になって生きる価値がない。


祖母の家に行くと母に告げ、僕は家を出た。

電車を待つ。

電車の到着を告げるアナウンスが流れる。

「黄色い線までお下がりください」

僕は一歩踏み出した。背中を押されたような気がして。

よろめきながら線路に落ちる。

汽笛が鳴り響き、車体が僕を攫う瞬間、振り返った僕の視界に、山田さんが映った気がした。

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