猟奇的な月

夜明け前に目覚め、今日は何人に罵声を浴びせられるかと考えながら身支度を整える。朝食に食べたシュガートーストは、錆びた味がして、腐っているのはトーストなのか私の味覚なのか判らなくなり、一口食べただけで食欲を失った。いや、食欲なんてもとより無かったのかもしれない。食欲が無い理由を求めていただけかもしれない。

 外に出る頃には東の空が薄く黄みがかっていた。東南東に眼を移すと、そこには猟奇的な月があった。髪の毛ほどに細く、ナイフのように空を裂く鋭さを持ち、血に濡れたように朱く光っていた。自宅の門の前で、その月を見た時私は、自分が引き攣った笑みを浮かべていることに気付かなかった。

 この月は私に何を語り掛けているのかと、意味を探りながら駅へ向かって歩いた。

 そうして時が経ち、上りの電車に揺られ始める頃にはもう月は見えなくなってしまった。しかし、見えなくなっただけで、月はまだそこに在る。あの朱い月は、まだ、そこに在る。

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