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郷愁

海岸沿いを走る列車に揺られながら、車窓から流れ入る海の香りに鼻孔を酔わせる。さざなみから立ち昇る懐かしい磯の香り。南中に輝く太陽光を燦々と反射させて蒸発する海水のそれは、ふくよかに清澄である。

時折自分の肌からもこれに似たしょっぱい香りを感じることがある。もう海とは何年も戯れていないが故に、自分と海の不思議な関係性を感じ取り、自分の前世を想像する。

きっと私は深海魚。荒れ狂う海面でもなく、マグマに熱され猛烈に泡を吹く地獄のような海底でもなく、光や音もない、自分の心の微かな揺らぎさえも感じられる静かな深海。きっとそんな場所に私は沈んでいたのだろう。

いつからだろう。目を閉じると、水の波紋や海がどよめく音、波飛沫や無数の泡沫が頭の中で確かなイメージとして現れるようになったのは。おそらく、ずっと昔から私の頭の中には海水が満たされていて、それが揺れる度に、故郷の海を夢に見るようになったのだろう。

私の中で海が揺れる。満ちては引く潮は、まるで手招きをしているようで、身体中の全神経がその動きを追って過敏に反応する。

ー帰らなきゃ。

私は電車を降りた。

海が私を呼んでいる。

改札を抜けた先、目前の海へ。

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