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イチョウ色。憂鬱。月の色。

初めてイチョウの木を見て美しいと思った。
朝は降っていた雨は止んでいて、雲の隙間から僅かに射す光がキラキラと黄金のようにその黄を照らしていた。
ヒラヒラと、ゆっくりと、その葉を落としていく大きな木。
ものの半月くらいで、きっとこの木もその辺の茶色い大木Bになるのだと思うと、なんだか胸糞が悪い。
仕事で外回りをしていた筈なのに、どうしても足が重く、憂鬱になって公園の池の前のベンチに腰を下ろした。
足元に散らかった黄色い葉を、1枚だけ拾いあげ、スケジュール帳に挟む。

鬱と診断されて飲んでいた薬は、もう常飲しなくても大丈夫になったし、夜も、不気味なあの橙色の錠剤を口にしなくても眠ることが出来る。
あの橙の色は、夕日の微睡みの様な、なんとも言えない色だから、きっとずっと思い出すだろう。
「時計じかけのオレンジ」は、きっとあんな色だと思う。

それでも稀に、本当に稀に、と言えるほどまだ稀では無いかもしれないけれど、生きていくことが途方もなく感じて、なんだか全て辞めてしまいたくなる。
異国語の観光客が何組も私の腰掛けたベンチの後ろを通り過ぎて、目の前の池には、カップルや修学旅行生の乗ったボートが行き来する。
世界には、こんなにも、安くない旅費を払ってこここに訪れる人が居て…顔を上げれば視界に入るマンションには、灯りが、5.6.7...
一体こんなところのマンションだなんて、幾らするんだろうかと、足元に残された黄金の葉を、泥が付いた靴で捻り潰した。

今見えている建物、全てにそれを所有している会社があって、その会社の持ち主が居て……
なんて世の中だ。
50万の借金はけっして軽くはない。
なんなら、無理に引越しをしてしまったせいで、今月も収支はマイナスだから、また他社からの少額の借入れをしないといけないかも。なんて。
ボーナスが12月にあると言えど、私はまだ今の会社に務めて1ヶ月の試用期間中だから、どうせ貰えるわけはないだろうし。

全てがこう転んで居なければ、今あの部屋で私にまるで当たり前かのように愛情を注ぐ彼とは一緒に居なかっただろうし、いいんだか、悪いんだか、私にはよくわからないけれど。

風で微かに揺れる池の水面に、いっそ吸い込まれてしまいたいと、そんな無茶なことを小さく口走って、それを壊すために石を投げ入れた。

黄色は月の色だと思っていたけれど、イチョウの色はイチョウの色で、どうしても月の色には思えないから、何だか不愉快で、愛おしい。

さっき、ポチャンと音を立てて沈んでいったその石は、水面を覗き込んでも、もう、とっくに見えなかった。

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