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受難週メッセージ4 Good Friday

2024年3月17日 礼拝

タイトル画像:Chil VeraによるPixabayからの画像


はじめに


今回は、受難週の金曜日の記事を取り上げます。この金曜日を聖金曜日として特別に典礼を行う教会があります。ヨーロッパ、南北アメリカ、アフリカなどの多くの国々では聖金曜日が国家の祝祭日として休日になっている他、アメリカ合衆国では、連邦の祝日にはなっていないが州の祝日として多くの州で定められているため主な証券市場が休みとなるそうです。
私たちには、あまり馴染みのない聖金曜日ですが、『受難日』というと理解しやすいかと思います。死から復活へとキリストの過越しを祝う3日間のうち、受難と死を記念する受難日がどういう一日であったのかを振り返りたいと思います。

イエスの捕縛


接吻が裏切りのしるし

マタイによる福音書
26:45 それから、イエスは弟子たちのところに来て言われた。「まだ眠って休んでいるのですか。見なさい。時が来ました。人の子は罪人たちの手に渡されるのです。
26:46 立ちなさい。さあ、行くのです。見なさい。わたしを裏切る者が近づきました。」
26:47 イエスがまだ話しておられるうちに、見よ、十二弟子のひとりであるユダがやって来た。剣や棒を手にした大ぜいの群衆もいっしょであった。群衆はみな、祭司長、民の長老たちから差し向けられたものであった。
26:48 イエスを裏切る者は、彼らと合図を決めて、「私が口づけをするのが、その人だ。その人をつかまえるのだ」と言っておいた。
26:49 それで、彼はすぐにイエスに近づき、「先生。お元気で」と言って、口づけした。

福音書の記述によりますと、祭司長、民の長老たちから差し向けられた剣や棒を手にした大ぜいの群衆たちはイエスの弟子イスカリオテのユダに導かれ、ゲツセマネの園でイエスを逮捕しました。
ユダはイエスを裏切ったとして銀貨30枚を受け取り、ユダは、自分が接吻した者がイエスであり、それが逮捕の合図であると、イエスを捕縛するために集められた群衆に告げます。ところでユダの裏切りは、ゼカリヤ書に記されています。

ゼカリヤ書
11:12 私は彼らに言った。「あなたがたがよいと思うなら、私に賃金を払いなさい。もし、そうでないなら、やめなさい。」すると彼らは、私の賃金として、銀三十シェケルを量った。
11:13 主は私に仰せられた。「彼らによってわたしが値積もりされた尊い価を、陶器師に投げ与えよ。」そこで、私は銀三十を取り、それを【主】の宮の陶器師に投げ与えた。

親愛の印であるべき接吻が、ユダの裏切りの合図となりました。人間は、自己の利益のために、魂を売り渡すという行為をとることがありますが、ユダの接吻はその象徴でした。

自分の身の安全のために逃げ去る弟子たち

マタイによる福音書
26:55 そのとき、イエスは群衆に言われた。「まるで強盗にでも向かうように、剣や棒を持ってわたしをつかまえに来たのですか。わたしは毎日、宮ですわって教えていたのに、あなたがたは、わたしを捕らえなかったのです。
26:56 しかし、すべてこうなったのは、預言者たちの書が実現するためです。」そのとき、弟子たちはみな、イエスを見捨てて、逃げてしまった。
26:57 イエスをつかまえた人たちは、イエスを大祭司カヤパのところへ連れて行った。そこには、律法学者、長老たちが集まっていた。

当初は、主を守ると強弁を吐いていた弟子たちでしたが、自分の身に危険が迫るとイエスを守るどころか、自分の生命を守るために逃げ出していきます。弟子たちが離れ去っていくというのも辛いことであったろう思いますが、こうした弟子たちの裏切りも、すでに預言されていたことでした。

詩 41:9 私が信頼し、私のパンを食べた親しい友までが、私にそむいて、かかとを上げた。

秘密裁判での聴取


アンナス邸での尋問

ヨハネによる福音書
18:19 そこで、大祭司はイエスに、弟子たちのこと、また、教えのことについて尋問した。
18:20 イエスは彼に答えられた。「わたしは世に向かって公然と話しました。わたしはユダヤ人がみな集まって来る会堂や宮で、いつも教えたのです。隠れて話したことは何もありません。
18:21 なぜ、あなたはわたしに尋ねるのですか。わたしが人々に何を話したかは、わたしから聞いた人たちに尋ねなさい。彼らならわたしが話した事がらを知っています。」
18:22 イエスがこう言われたとき、そばに立っていた役人のひとりが、「大祭司にそのような答え方をするのか」と言って、平手でイエスを打った。
18:23 イエスは彼に答えられた。「もしわたしの言ったことが悪いなら、その悪い証拠を示しなさい。しかし、もし正しいなら、なぜ、わたしを打つのか。」
18:24 アンナスはイエスを、縛ったままで大祭司カヤパのところに送った。

イエスは逮捕後、大祭司カヤパの妻の父であるアンナスの家に連行されました。そこで彼は尋問されましたが、本当は、夜中に裁判を行うことは非合法とされていましたが、過越の祭りの前というタイムリミットを前に、夜中に急遽議会が招集され、イエスの裁判が行われました。しかし、逮捕されるべき罪状は得られず、サンヘドリンが集まっていた大祭司カヤパの元に拘束されて送られました。

大祭司カヤパのもとでの取り調べ

マタイによる福音書
26:57 イエスをつかまえた人たちは、イエスを大祭司カヤパのところへ連れて行った。そこには、律法学者、長老たちが集まっていた。
26:58 しかし、ペテロも遠くからイエスのあとをつけながら、大祭司の中庭まで入って行き、成り行きを見ようと役人たちといっしょにすわった。
26:59 さて、祭司長たちと全議会は、イエスを死刑にするために、イエスを訴える偽証を求めていた。
26:60 偽証者がたくさん出て来たが、証拠はつかめなかった。しかし、最後にふたりの者が進み出て、
26:61 言った。「この人は、『わたしは神の神殿をこわして、それを三日のうちに建て直せる』と言いました。」
26:62 そこで、大祭司は立ち上がってイエスに言った。「何も答えないのですか。この人たちが、あなたに不利な証言をしていますが、これはどうなのですか。」
26:63 しかし、イエスは黙っておられた。それで、大祭司はイエスに言った。「私は、生ける神によって、あなたに命じます。あなたは神の子キリストなのか、どうか。その答えを言いなさい。」
26:64 イエスは彼に言われた。「あなたの言うとおりです。なお、あなたがたに言っておきますが、今からのち、人の子が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見ることになります。」
26:65 すると、大祭司は、自分の衣を引き裂いて言った。「神への冒涜だ。これでもまだ、証人が必要でしょうか。あなたがたは、今、神をけがすことばを聞いたのです。
26:66 どう考えますか。」彼らは答えて、「彼は死刑に当たる」と言った。

イエスに対する証言が多数の人から寄せられましたが、どれも偽証でありましたから、信憑性が薄く矛盾した内容であったため、死刑に相当する罪状は認められなかったのです。そうした偽証に対して、イエスは何も答えなかったとあります。イエス・キリストに対する偽証や、その偽証に対して口を開かなったことにも旧約聖書の預言に記されています。

詩篇35:11
暴虐な証人どもが立ち私の知らないことを私に問う。

イザヤ書 53:7
彼は痛めつけられた。彼は苦しんだが、口を開かない。ほふり場に引かれて行く羊のように、毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、彼は口を開かない。

イエスが神の子であるのかという証言を求めるカヤパ

最後に大祭司は、マタイによる福音書26章63節のなかで、イエスに厳粛な誓いのもとで答えるよう勧告して、こう言います。

「私は、生ける神によって、あなたに命じます。あなたは神の子キリストなのか、どうか。その答えを言いなさい。」

続く64節でイエスは  「あなたの言うとおりです。なお、あなたがたに言っておきますが、今からのち、人の子が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見ることになります。」と答えます。

この証言を聞いた大祭司は激しく怒り、イエスを冒涜の罪で激しく非難します。サンヘドリン(ローマ帝国支配下のユダヤにおける最高裁判権を持った宗教的・政治的自治組織)たちは、大祭司の死刑決定を支持し、死刑判決に同意します。

ペテロの否認

イエスに対する尋問が進行している間、 中庭でその様子をうかがっていたペテロは、大祭司の女中や傍観者らに正体が発覚することを恐れて三度イエスを否認した後、後悔のあまり激しく泣いたとあります。

マタイによる福音書
26:75 そこでペテロは、「鶏が鳴く前に三度、あなたは、わたしを知らないと言います」とイエスの言われたあのことばを思い出した。そうして、彼は出て行って、激しく泣いた。

夜明けの最終弁論


ルカによる福音書
22:66 夜が明けると、民の長老会、それに祭司長、律法学者たちが、集まった。彼らはイエスを議会に連れ出し、
22:67 こう言った。「あなたがキリストなら、そうだと言いなさい。」しかしイエスは言われた。「わたしが言っても、あなたがたは決して信じないでしょうし、
22:68 わたしが尋ねても、あなたがたは決して答えないでしょう。
22:69 しかし今から後、人の子は、神の大能の右の座に着きます。」
22:70 彼らはみなで言った。「ではあなたは神の子ですか。」すると、イエスは彼らに「あなたがたの言うとおり、わたしはそれです。」と言われた。
22:71 すると彼らは「これでもまだ証人が必要でしょうか。私たち自身が彼の口から直接それを聞いたのだから。」と言った。

朝になると、民の長老会、それに祭司長、律法学者たちが、議会に集まり、イエスがキリストであることの最終弁論を述べます。そこで、イエス・キリストは、自分が神の子であることを証言します。

なぜ、『神の子』とした証言が問題であったのかといえば、
イエス・キリストは、三位一体の神の第二人格であること、つまり神御自身であるからです(マタイ11:27)。
次に、メシヤの別名として彼の職務の上で、父から区別して子と呼ばれる(マタイ24:36)理由からです。
第三点目として聖霊の超自然的お働きによってこの世に生れ出た子という意味で神の子と呼ばれる(ルカ1:35)。

つまり、イエス・キリスト自身が、人ではなく『神』ご自身であるとすることから、従来ユダヤ教が信じてきた旧約聖書の概念が根底からくつがえされることに対して、冒涜であると非難し、そのイエス・キリストの発言が処刑の直接的な言質になりました。

ローマ総督ピラトによる裁判


ユダヤ人にとって、イエスが死罪にあたるとしたのは、自分を『神の子』つまり、神であると証言したからでした。ところが、当時のユダヤの宗主国であったのは、ローマ帝国であり、そのユダヤ属州総督ピラトがユダヤの法治の実権を握っていました。

ですから、ユダヤ人議会がイエスを死刑と決定しても、ピラトの承認なしには死刑にはできない状態でした。ユダヤ人にとってイエス・キリストが死罪にあたるのは、ユダヤ教の宗教的な理由でした。

ローマ法において裁くためには、ローマ法における死罪に相当する罪状がなければ、イエスに対する死刑は無理と考えて、ユダヤ議会の全員は、イエスが、国家転覆やカエサルへの課税反対を主張し、自らを王にしたという罪を捏造することでイエスをローマ総督ポンテオ・ピラトの元に連行し告発したのでした。

ルカによる福音書
23:1 そこで、彼らは全員が立ち上がり、イエスをピラトのもとに連れて行った。
23:2 そしてイエスについて訴え始めた。彼らは言った。「この人はわが国民を惑わし、カイザルに税金を納めることを禁じ、自分は王キリストだと言っていることがわかりました。」

ユダヤ人の妬みによる告発

この告発を聞いたピラトはその内容が、ユダヤ人指導者たちの妬みと、ドメスティックな宗教的理由であることを知ったピラトは、自分がイエスの死刑に関わることを避けます。
こうしてユダヤ人の指導者たちに、彼ら自身の法に従ってイエスを裁き、判決を下す権限を与えます。
しかし、ユダヤ人の指導者たちは、ローマ人に死刑判決を下すことは許可されていないと答えるのです。

ヨハネによる福音書
18:31 そこでピラトは彼らに言った。「あなたがたがこの人を引き取り、自分たちの律法に従ってさばきなさい。」ユダヤ人たちは彼に言った。「私たちには、だれを死刑にすることも許されてはいません。」

罪に手を染めずに目的を果たそうとするユダヤ人

ここで、ユダヤ人たちは、過越の祭りが近づいているということもあり、自分たちで無実の罪の人を殺して手を汚したくはないと考えます。

かつてイエスは、律法学者やパリサイ人に向かってこう言ったことを思い出します。

マタ 23:27
わざわいだ。偽善の律法学者、パリサイ人。おまえたちは白く塗った墓のようなものです。墓はその外側は美しく見えても、内側は、死人の骨や、あらゆる汚れたものがいっぱいです。

表面は立派であり、高い倫理観のもとに生きているように見え、民の指導者としてふさわしい様相を見せてはいても、その中身は、汚れと害毒とまやかしに満ち、自分の立場を死守するためには人を殺すこともいとわない人間の本質を激しく糾弾しました。

その言葉通りに、ユダヤ人の指導者たちは、自らの手でイエスを処刑することなく、ローマ人によってイエスが処刑されることでユダヤ人の体面を汚すことなく、その目的を達成することができると考えました。こうしたことを現在ではロンダリングと言いますが、罪を洗浄する役割をピラトに押し付けようとしたのです。

陰謀に加担したくないピラト

こうしたユダヤ人の陰謀に利用されると察知したピラトは、イエスを尋問し、判決の根拠はないとサンヘドリンに告げます。ところが、サンヘドリンの強硬な態度を見たピラトはたじろぐわけです。

なぜ、ここでピラトはたじろいだのでしょう。軍事力で制したピラトにしても、属国の治安維持には手を焼いたわけです。しかも、ユダヤはローマ帝国の中でも指折りの反乱が続発する地域でした。そうした地域を担当されていたピラトは、サンヘドリンを巧みに硬軟織り交ぜ懐柔しながら和平を保っている状態でした。少なくとも彼らを敵にした場合のリスクというものを強く感じていたのもピラトでした。そうした、際どい交渉の矢面に立たされていたのもピラトです。

サンヘドリンたちが、そうしたピラトの立ち位置を知らないはずはありません。相手が我々を利用するということは、つまり、弱みであると知っていました。その弱みを突いて、イエスを葬り去ればこちらの願い通りだと考えたに違いありません。

なんとか、自分がユダヤ人たちの陰謀に利用されないようにしようと別な手段をピラトが探ろうとしたとき、イエスがガリラヤ出身であることを知ったピラトは、過越の祭りのためにエルサレムにいたガリラヤの領主ヘロデ・アンテパスにこの件を相談します。

こうして、ボールはヘロデに投げられたわけですが、ヘロデがイエスに質問したところ、処刑に値するような明確な答えは得られませんでした。

ルカによる福音書
23:12 この日、ヘロデとピラトは仲よくなった。それまでは互いに敵対していたのである。

こうして、ヘロデとピラトは仲良くなるとルカによる福音書にはありますが、いつもは仲の悪い同士でも、危急の場合や、共通の利害のためには助け合うということわざとして、「同舟相救う(どうしゅうあいすくう)」という言葉もありますが、人間は弱い立場に置かれると、敵であっても仲間になるという典型例がここにも見られました。

ユダヤ人への妥協案を探るピラト

こうして、罪は認められないとしてヘロデは、イエスをピラトのもとに送り返すことになります。ピラトはサンヘドリンに対し、自分もヘロデもイエスが有罪であるとは認めなられないと述べ、妥協策としてピラトはイエスを鞭打って釈放することを決意します。

ルカによる福音書
23:3 するとピラトはイエスに、「あなたは、ユダヤ人の王ですか。」と尋ねた。イエスは答えて、「そのとおりです。」と言われた。
23:4 ピラトは祭司長たちや群衆に、「この人には何の罪も見つからない。」と言った。
23:5 しかし彼らはあくまで言い張って、「この人は、ガリラヤからここまで、ユダヤ全土で教えながら、この民を扇動しているのです。」と言った。
23:6 それを聞いたピラトは、この人はガリラヤ人かと尋ねて、
23:7 ヘロデの支配下にあるとわかると、イエスをヘロデのところに送った。ヘロデもそのころエルサレムにいたからである。
23:8 ヘロデはイエスを見ると非常に喜んだ。ずっと前からイエスのことを聞いていたので、イエスに会いたいと思っていたし、イエスの行なう何かの奇蹟を見たいと考えていたからである。
23:9 それで、いろいろと質問したが、イエスは彼に何もお答えにならなかった。
23:10 祭司長たちと律法学者たちは立って、イエスを激しく訴えていた。
23:11 ヘロデは、自分の兵士たちといっしょにイエスを侮辱したり嘲弄したりしたあげく、はでな衣を着せて、ピラトに送り返した。
23:12 この日、ヘロデとピラトは仲よくなった。それまでは互いに敵対していたのである。
23:13 ピラトは祭司長たちと指導者たちと民衆とを呼び集め、
23:14 こう言った。「あなたがたは、この人を、民衆を惑わす者として、私のところに連れて来たけれども、私があなたがたの前で取り調べたところ、あなたがたが訴えているような罪は別に何も見つかりません。
23:15 ヘロデとても同じです。彼は私たちにこの人を送り返しました。見なさい。この人は、死罪に当たることは、何一つしていません。
23:16 だから私は、懲らしめたうえで、釈放します。」

強硬な立場を取るユダヤ人議会

マルコによる福音書
15:6 ところでピラトは、その祭りには、人々の願う囚人をひとりだけ赦免するのを例としていた。
15:7 たまたま、バラバという者がいて、暴動のとき人殺しをした暴徒たちといっしょに牢にはいっていた。
15:8 それで、群衆は進んで行って、いつものようにしてもらうことを、ピラトに要求し始めた。
15:9 そこでピラトは、彼らに答えて、「このユダヤ人の王を釈放してくれというのか。」と言った。
15:10 ピラトは、祭司長たちが、ねたみからイエスを引き渡したことに、気づいていたからである。
15:11 しかし、祭司長たちは群衆を扇動して、むしろバラバを釈放してもらいたいと言わせた。
15:12 そこで、ピラトはもう一度答えて、「ではいったい、あなたがたがユダヤ人の王と呼んでいるあの人を、私にどうせよというのか。」と言った。
15:13 すると彼らはまたも「十字架につけろ。」と叫んだ。
15:14 だが、ピラトは彼らに、「あの人がどんな悪いことをしたというのか。」と言った。しかし、彼らはますます激しく「十字架につけろ。」と叫んだ。

サンヘドリンの強硬な姿勢は、そうした生ぬるい対応では我慢できないとして、祭司長たちの扇動により群衆をけしかけ、以前暴動事件があったときに殺人を犯して投獄されていたバラバの釈放を求めました。群衆の激しい要求が、暴動にエスカレートすることを恐れたピラトは、群衆に問いかけると、彼らは激しく「十字架につけろ」と要求したのです。

ピラトの妻からの使者

怒号が響くピラト邸の中での裁判の間、彼の妻からの使いの伝言を聞きます。

マタイによる福音書
27:19 また、ピラトが裁判の席に着いていたとき、彼の妻が彼のもとに人をやって言わせた。「あの正しい人にはかかわり合わないでください。ゆうべ、私は夢で、あの人のことで苦しいめに会いましたから。」

ピラトの妻はその日早くに夢の中でイエスの悪夢を見たこともあったからでしょう、あえて使いを遣わせたというのも、その夢の内容が尋常でなかったことより、動悸が抑えられなかったように思われます。
こうした妻からの夢見のことも聞いたピラトは、イエスの処刑に関わり合ってはならないと思ったに違いありません。

暴動にエスカレートすることを危惧するピラト

マタイによる福音書
27:24 そこでピラトは、自分では手の下しようがなく、かえって暴動になりそうなのを見て、群衆の目の前で水を取り寄せ、手を洗って、言った。「この人の血について、私には責任がない。自分たちで始末するがよい。」

ピラトはイエスを鞭で打たせ、その後、釈放するために群衆の前に連れ出しました。

ここで、イエスを処刑することを拒絶するピラトの意思が強いのを見た祭司長らはピラトに新たな容疑を伝えます。
それが、イエスが「神の子であると主張したことによる」ということで死刑を宣告するよう要求したのです。

処刑を拒否するピラトに対するユダヤ人の要求

ピラトの決定に痺れを切らしたユダヤ人たちは、ローマ皇帝に対する反逆罪(ヨハネ19:12)によって処刑を告発することから、ユダヤ人のみが裁けるユダヤ教の神に対する冒涜罪であると主張の矛先を変えます。ユダヤ教の律法によればイエスは死罪であり、そのためにイエスは死ぬべきであると強固に主張したのです。

ピラトはユダヤ教の神のことであるということを聞いて、いっそう恐れたとあります。その思いを強くしたのは、他でもない彼の妻の夢(マタイ27:19)にありました。そうした背景は、下記の論文にヒントがあります。

一方ローマ人は、墓参りを励行するだけでなく、祖先の霊を弔い、宥め
るための祭礼を執り行った。例えば毎年2 月13 日から21 日までの9 日
間、パレンタリア(Parentalia)祭と呼ばれる祭りが行われ、この間各家
庭は、霊を敬うために墓参して供物を捧げた。またこの期間は忌み日であっ
て、婚礼などは避けられた。さらにまた、5 月9、11、13 日にはレムリ
ア(Lemuria)祭が行われた。この祭りでは、墓から迷い出て町中に出没
する祖先の霊を宥める儀式が行われた。すなわち一家の家長は、出没する
亡霊に黒いソラ豆を投げ与えて、亡霊を追い返す。さもないと亡霊は生き
ている家族を、死者の国に連れ去ってしまうと信じられた。
 以上のようにローマ人は、死者は常に、食べ物や飲み物で宥められなけ
ればならない、と考えていた。

ローマ人の死生観:古代ローマの墓について
死生学年報 en : Annual of the Institute of Thanatology, Toyo Eiwa University
巻 2, p. 45-58, 発行日 2006-03-31

当時のローマ帝国では、神々の迷信や死後の亡霊の祟りというものが色濃く支配していました。ピラトは祟りによって一家が死者の国に連れて行かれてしまうということを非常に恐れていたように考えられます。

当然のことながら、イエスの夢を見たピラトの妻の言葉は、神々のメッセージであると捉え、この問題は単に革命を引き起こすような政治的なレベルの問題ではなく、霊界の理由が問題であったということを知ったピラトはひどく恐怖に駆られたに違いありません。そこでイエスを宮殿内に連れ戻し、どこから来たのかを尋ねました。

ピラトの判決


ヨハネによる福音書
19:1 そこで、ピラトはイエスを捕らえて、むち打ちにした。
19:2 また、兵士たちは、いばらで冠を編んで、イエスの頭にかぶらせ、紫色の着物を着せた。
19:3 彼らは、イエスに近寄っては、「ユダヤ人の王さま。ばんざい」と言い、またイエスの顔を平手で打った。
19:4 ピラトは、もう一度外に出て来て、彼らに言った。「よく聞きなさい。あなたがたのところにあの人を連れ出して来ます。あの人に何の罪も見られないということを、あなたがたに知らせるためです。」
19:5 それでイエスは、いばらの冠と紫色の着物を着けて、出て来られた。するとピラトは彼らに「さあ、この人です」と言った。
19:6 祭司長たちや役人たちはイエスを見ると、激しく叫んで、「十字架につけろ。十字架につけろ」と言った。ピラトは彼らに言った。「あなたがたがこの人を引き取り、十字架につけなさい。私はこの人には罪を認めません。」
19:7 ユダヤ人たちは彼に答えた。「私たちには律法があります。この人は自分を神の子としたのですから、律法によれば、死に当たります。」
19:8 ピラトは、このことばを聞くと、ますます恐れた。
19:9 そして、また官邸に入って、イエスに言った。「あなたはどこの人ですか。」しかし、イエスは彼に何の答えもされなかった。

このイエスの処刑は霊的な問題であると知ったピラトは、自分が政治決着をつける以上の判決を下すことが出来ないと判断し、最後にもう一度群衆の前に現れます。そこで、イエスが無実であると宣言し、自分がこの非難に関与していないことを示すために水で手を洗いました。

グレーな処分に対するユダヤ人の対応

ところが、暴動になりそうな勢いの群衆の圧を前にして、暴動が発生したときに本国からその混乱の責任を取らされる可能性があったピラトは、それを防ぐため、やむを得ずイエスを十字架につけるよう引き渡すことに同意します。

一方ユダヤ人たちは、イエス・キリストの死刑の責任を負うと証言し、自分たちで処分するとしまました。

マタイによる福音書
27:24 そこでピラトは、自分では手の下しようがなく、かえって暴動になりそうなのを見て、群衆の目の前で水を取り寄せ、手を洗って、言った。「この人の血について、私には責任がない。自分たちで始末するがよい。」
27:25 すると、民衆はみな答えて言った。「その人の血は、私たちや子どもたちの上にかかってもいい。」

イエス・キリストの処刑


ヨハネによる福音書
19:17 彼らはイエスを受け取った。そして、イエスはご自分で十字架を負って、「どくろの地」という場所(ヘブル語でゴルゴタと言われる)に出て行かれた。
19:18 彼らはそこでイエスを十字架につけた。イエスといっしょに、ほかのふたりの者をそれぞれ両側に、イエスを真ん中にしてであった。
19:19 ピラトは罪状書きも書いて、十字架の上に掲げた。それには「ユダヤ人の王ナザレ人イエス」と書いてあった。
19:20 それで、大ぜいのユダヤ人がこの罪状書きを読んだ。イエスが十字架につけられた場所は都に近かったからである。またそれはヘブル語、ラテン語、ギリシヤ語で書いてあった。
19:21 そこで、ユダヤ人の祭司長たちがピラトに、「ユダヤ人の王、と書かないで、彼はユダヤ人の王と自称した、と書いてください」と言った。
19:22 ピラトは答えた。「私の書いたことは私が書いたのです。

こうしてイエスは、ユダヤ人たちに引き渡され、ユダヤ人自らがイエスを処刑することに同意し、当初は、自分たちが手を下すことを忌避していたユダヤ人たちでしたが、ピラトの強固な無罪への意思を前にして処刑を実行していきます。

ピラトは十字架にイエスをつけるための罪状書きを書き、十字架の上に掲げました。それには「ユダヤ人の王ナザレ人イエス」と書かれました。

イエスは自分の十字架をクレネ人シモンの助けを借りて処刑地ゴルゴダ(ヘブル語で「どくろの地」)に運びました。ちなみにラテン語では「カルバリ」と呼ばれます。そこでイエスは二人の犯罪者とともに十字架につけられました。

こうして、イエスは十字架上で6時間の間、悶絶の苦しみを味わいました。彼の十字架上で息を引き取る最後の3時間、つまり正午から午後3時までイスラエル全土が暗闇に覆われたとあります。

マタイによる福音書
27:45 さて、十二時から、全地が暗くなって、三時まで続いた。
27:46 三時ごろ、イエスは大声で、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」と叫ばれた。これは、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか。」という意味である。
27:47 すると、それを聞いて、そこに立っていた人々のうち、ある人たちは、「この人はエリヤを呼んでいる。」と言った。
27:48 また、彼らのひとりがすぐ走って行って、海綿を取り、それに酸いぶどう酒を含ませて、葦の棒につけ、イエスに飲ませようとした。
27:49 ほかの者たちは、「私たちはエリヤが助けに来るかどうか見ることとしよう。」と言った。
27:50 そのとき、イエスはもう一度大声で叫んで、息を引き取られた。
27:51 すると、見よ。神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた。そして、地が揺れ動き、岩が裂けた。
27:52 また、墓が開いて、眠っていた多くの聖徒たちのからだが生き返った。
27:53 そして、イエスの復活の後に墓から出て来て、聖都にはいって多くの人に現われた。
27:54 百人隊長および彼といっしょにイエスの見張りをしていた人々は、地震やいろいろの出来事を見て、非常な恐れを感じ、「この方はまことに神の子であった。」と言った。

マタイとマルコの福音書では、イエスは十字架の上からメシアの詩篇 22 篇を引用しながら、 「わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか」と叫ばれました。

こうしてイエスは霊をお渡しになります。すると地震が起こり、墓が開かれ、眠っていた多くの聖徒たちのからだが生き返りました。
さらには神殿の幕が上から下まで引き裂かれました。歴史学者ヨセフスが言うには、この幕は十センチの厚さがあって、それぞれ反対方向に結ばれた馬が引っ張っても破れない強靭な幕でしたが、いともたやすく引き裂かれたということです。

こうした磔刑の現場で見張りをしていた百人隊長や部下の兵士たちはこの光景に恐れを抱き、 『この方はまことに神の子であった。』と語りました。百人隊長は異教徒でありましたが、彼が発したその言葉は、イエスの死の目撃は、受刑者ではなく、神の子と言わざるを得ないものであり、率直に思ったままを語ったことでしょう。

イエスの埋葬


マルコによる福音書
15:43 アリマタヤのヨセフは、思い切ってピラトのところに行き、イエスのからだの下げ渡しを願った。ヨセフは有力な議員であり、みずからも神の国を待ち望んでいた人であった。
15:44 ピラトは、イエスがもう死んだのかと驚いて、百人隊長を呼び出し、イエスがすでに死んでしまったかどうかを問いただした。

ヨハネによる福音書
19:33 しかし、イエスのところに来ると、イエスがすでに死んでおられるのを認めたので、そのすねを折らなかった。
19:34 しかし、兵士のうちのひとりがイエスのわき腹を槍で突き刺した。すると、ただちに血と水が出て来た。

ルカによる福音書
23:50 さてここに、ヨセフという、議員のひとりで、りっぱな、正しい人がいた。
23:51 この人は議員たちの計画や行動には同意しなかった。彼は、アリマタヤというユダヤ人の町の人で、神の国を待ち望んでいた。
23:52 この人が、ピラトのところに行って、イエスのからだの下げ渡しを願った。
23:53 それから、イエスを取り降ろして、亜麻布で包み、そして、まだだれをも葬ったことのない、岩に掘られた墓にイエスを納めた。

アリマタヤのヨセフの遺体引き渡しの請願

サンヘドリンの会員の一人にアリマタヤのヨセフという人物がいました。彼は、イエス・キリストに対して反対の立場を取るユダヤ教指導層にありながらも、密かに主イエスを信じる者であり、イエスの有罪判決に同意していなかった人物でした。彼は、イエスの遺体の引き渡しの要求するためにピラトのところへ向かいます。すると、ピラトはもう死んだのかと驚きます。

通常、十字架刑は、短時間で殺す処刑ではなく、恥をかかせるであるとか、見せしめのために行われるものです。ですから、長い人で一週間も生きる場合もあり、6時間で死ぬというのは当時の常識からしても、信じられないくらい短い絶命であったようです。

そのような短時間で死んだのには理由があります。一つには、預言の成就がありました。メシアは、骨が折られることがないということです。

詩篇 34:20
主は、彼の骨をことごとく守り、その一つさえ、砕かれることはない。

また、過越しの祭りが迫っていたので、祭りの前に脛を折って、受刑者を殺すことで祭りが汚れないようにするという理由もありました。ところが、神は御言葉の一点一画が崩れないようにするために、イエス・キリストの死期を早め、骨が折られないようにされ、さらには、イエスの右脇腹を突き刺されることによって御言葉の成就をされたのです。

ゼカリヤ書
12:10 わたしは、ダビデの家とエルサレムの住民の上に、恵みと哀願の霊を注ぐ。彼らは、自分たちが突き刺した者、わたしを仰ぎ見、ひとり子を失って嘆くように、その者のために嘆き、初子を失って激しく泣くように、その者のために激しく泣く。

また、イエス・キリストは、墓に納められることは重要でした。通常、十字架刑に架けられますと遺体は、燃えるゲヘナの中に捨てられ、ゴミとして処分されるはずでした。もし、ヨセフがピラトに下げ渡しの請求をしなかったとするなら、イエス・キリストは共同墓地に投げ捨てられて、神の民ユダヤ人としての栄誉を剥奪されることになりかねないものでしたでしょう。

さらに、総督ピラトがユダヤ教指導層からの圧力に負けて取り下げを許可せず、遺体が祭司長や律法学者の手に渡したとするならば、復活の舞台は揃わなかったばかりか、神の子としての名誉が損なわれてしまうことになりかねなかったのです。

ニコデモの埋葬準備

また、アリマタヤのヨセフと同じく、サンヘドリンのメンバーであるニコデモは、没薬とアロエを混ぜた香料を持ってきて、イエスの遺体に亜麻布を巻き埋葬を手伝いました。

このニコデモは、ヨハネによる福音書3章に現れるニコデモです。彼はユダヤ人のパリサイ派の一員であり、イエス・キリストとの対話が記されています。特に有名なのは、夜にイエスを訪ねて来たことで知られています。

この出来事は、イエスがヨハネ3:3で
「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」という教えを彼に伝えます。

ニコデモはこの教えを理解しようとしてイエスに尋ね、イエスは彼に対してヨハネ3:5で「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることができません。」と答えました。

ニコデモはイエスの教えを理解しようと努め、後にイエスの埋葬に立ち会うことになります。

ヨハネによる福音書
19:39 前に、夜イエスのところに来たニコデモも、没薬とアロエを混ぜ合わせたものをおよそ三十キログラムばかり持って、やって来た。
19:40 そこで、彼らはイエスのからだを取り、ユダヤ人の埋葬の習慣に従って、それを香料といっしょに亜麻布で巻いた。

こうして彼らは、墓の入り口に大きな石を転がしました。それから彼らは日没から安息日が始まるので、墓を立ち去り、こうして長い金曜日が終わりました。

マタイによる福音書
27:60 岩を掘って造った自分の新しい墓に納めた。墓の入口には大きな石をころがしかけて帰った。

あとがき


 聖金曜日に起きた出来事を列挙してきましたが、その中で述べられなかった重要な点があります。それは、イエス・キリストの受難が旧約聖書の預言に基づいて進行していたということです。

イエス・キリストの受難は、人間の悪意や裏切り、自己保身、恐れに満ちた行動、立場の維持、群衆や権力者を利用しようとする欲望、責任の放棄など、現代の人間にも見られるネガティブな心理を露わにしました。彼はこれらを告発することなく、無言の姿勢でそれらを暴き立てました。この一連の出来事を見ると、イエス・キリストはただただ驚異的な存在であるというだけでなく、神の子であることを言わずもがなのものとして思わされます。

そして、この出来事を通して、人間の邪悪さや策略、陰謀といったものを超え、神の計画が成就していくことが示されました。

その時、神の栄光の輝きが際立つのです。受難日という観点からだけではなく、英語でGood Friday(良い金曜日)と呼ばれる理由がここにあるのではないかと考えるのです。

イエス・キリストは確かに苦しみと悲しみを経験しましたが、その中で何を思っていたでしょうか。

彼は苦しみの中で、父なる神の救いの御言葉を実現するため、
わたしたちが罪赦され、神の子として永遠のいのちを受けるために、
犠牲となられた苦難を超える喜びを感じていたことは間違いありません。

ハレルヤ!