日本学術会議推薦者任命拒否問題を整理する
近時、世間に波紋を呼んでいる問題である。
9月30日付で日本学術会議が推薦した者のうち、6名の任命が行われなかった、というものだ。これについて、整理と見解を述べる。
結論
・任命拒否行為、それ自体は妥当である。
そもそも何が起こったのか
日本学術会議が9月30日付で、新会員候補を105名推薦したものの、10月1日付で内閣総理大臣によって任命されたのは99名。6名の任命が行われなかったものだ。これに対していくつか批判や擁護の意見など様々あるが、それについて例示しながら、見解を述べる。
日本学術会議とは
日本学術会議は、科学が文化国家の基礎であるという確信の下、行政、産業及び国民生活に科学を反映、浸透させることを目的として、昭和24年(1949年)1月、内閣総理大臣の所轄の下、政府から独立して職務を行う「特別の機関」として設立されました。職務は、以下の2つです。
・科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること。
・科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させること。
引用:日本学術会議HPより
以上のように
「科学が文化国家の基礎であるという確信のもと、行政、産業及び国民生活に科学を反映、浸透させること」を目的として、「内閣総理大臣の”所轄”」の下、”政府から独立して”職務を行う特別の機関として設立され、職務を全うしている。
所轄:
支配・管理すること。また、その範囲。 「 -署」 「 -する行政官庁」
引用:三省堂大辞林第三版
内閣総理大臣は日本学術会議に対し、何を行えるのか
ネット上では以下のような批判がでている。
内閣総理大臣が任命を拒否するなどあり得ない!学問の自由の侵害だ!人事権にまで口を出すと学問が侵される!
上記の根拠として「独立して」という言葉や基本的人権を参照するものもいるが、まったく的外れである。
先ほど、あえて引用の形で例示したが、日本学術会議について定めている「日本学術会議法」にも、日本学術会議は内閣総理大臣の”所轄”である、ときちんと明記されている。この所轄という言葉、辞書的には前述した通りだが、日常でよく使用されている組織がある。
ーーーーーーそう、警察だ。
47都道府県の警察組織は、本部と所轄とに分かれており、所轄署は各地域を担当し、”道府県の警察本部の指示を受けながら”独立して管轄地域について警察法第2条の業務を執行している。
映画「踊る大捜査線」の一コマで「所轄は黙ってろ」というような発言があるように、本部の所轄である地域署は、本部の指揮命令を受け、活動しているのだ。
今回の件にそれを当てはめたところ、内閣総理大臣の指揮命令を受け、日本学術会議は運営される、と考えることが極めて妥当である。そのため、その新会員の任免が内閣総理大臣の判断によって行われること自体を何ら妨げるものではないし、その行為自体を批判することは、いささかアレルギー反応と言わざるを得ない。
研究者は国の介入を極端に嫌う
まさにこれに尽きる。研究者は自身の研究を進展させ、研究費を獲得し、自身のライフプランを構築してきた人々なので、独立をのぞみ、介入を嫌う生き物である。そのため、今回の問題が自身に直接関わることであろうがなかろうが、国が学問に対し、マイナス方向の力を使ったことに、憤りを覚えるのは容易に理解できる。
ーーーー研究者の代わりに、政府と戦っている存在を知らずに
日本のファンディングエージェンシーと言えば
独立行政法人日本学術振興会(通称:学振、JSPS)
国立研究開発法人科学技術振興機構(通称:JST)
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(通称:AMED)
の三つが挙げられるだろう。特に学振については、研究者がその道の途上で支援を受けた経験が少なからずあるものだ。
この「学振」、独立行政法人と名前がついていることから、政府と独立して業務に当たっていることが理解できる。(※本noteでは独法の成り立ちや通則法については割愛する。)この学振は果たして、政府の指示や管理を受けずに、好きに学術の振興のための支援を行なっているのだろうか。
答えは否である。日本学術振興会は、日本学術振興会法(https://www.jsps.go.jp/aboutus/data/jspslaw.pdf)に記載があるように、文部科学大臣を主務大臣として、緊密な連携をとりつつ業務を行うこととされている。事実、事業運営については文部科学省と密に連携しながら、業務を行なっている。
研究者は自分の研究が優れた構想を持つことが「日本学術振興会」に認められたから、支援を享受することが出来る、というのはあくまでその結果に過ぎず、その過程で、学術振興会の職員の所管事項説明や文部科学省との対話や指示等によって事業が運営されている、ということを知らない。これは前述した3つの法人すべてに共通する。
研究者が学術振興会や科学技術振興機構等から得られるものは、あくまで金銭のため、そのような過程は知ることなく、ただ自身の研究がどういう位置づけで、どうして採択されたのかなど知る由もない。当然行政事業であるので、学術振興会や科学技術振興機構は会計監査を受けることもあるし、税金を原資とするために、国会議員からの詰問にあう。その意味では既に学問は国会議員の干渉に晒されているのだ。内閣総理大臣は国会議員の中から選出されることは、言うまでもない。
なお、国立大学や科学系政府機関が意見を表明しないのは、主務官庁が違うことに他ならない。私立大学は文部科学省とはある種独立しているが、国立大学は例外なく文部科学省の管轄であり、前述した学術振興会や科学技術振興機構は言うまでもない。
十分な説明ができるのか
今回の日本学術会議問題の論点は、ここに尽きる。
「今まで形式的任命であって、拒否するなどあり得ない」「学者が特定政党に批判的だ」「10億円がうんぬん」「民営化しろ」「学問が脅かされる」「もっと他にやることがある」「法解釈が変わったのか」などなど、たくさんの種類の批判が見受けられたが、今回の問題は「十分な説明ができるのか」に尽きる。
任命を拒否した、その行為そのものは、所轄範囲として認められる範囲内である(というかそもそも日本学術会議法内で、職員の任免を内閣総理大臣が行えるのであり、その意味で既に人事権は一定程度保障されているのだが、ここでは取り上げない)。
そこで重要なのが、任命を拒否した事由である。ここが真に争点である。だが、現時点において、内閣総理大臣は”具体的な理由”を取り上げて説明することを避けている。何故か。
ここに「名誉毀損」の問題がある。
名誉毀損とは刑法第230条の以下の記述を指す。
公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金に処する。 死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。
この対象は人の名誉であり、その法人格の有無、自然人であるかどうかは問われない。そして最も重要なのは「構成要件」である。構成要件とは、それが成立する必要条件のことであるが、ここでの構成要件は以下の3点である。
1 公然と
2 事実を摘示し
3 人の名誉を毀損
今回、任命を拒否した理由を詳細に説明することは「任命を拒否された人物の名誉を毀損する」可能性がある。
もちろん名誉毀損に当たらない、とされる条件として、真実性や公益性などが挙げられるが、真実であったとしても、例えば「○○区の△△マンションに住む一般人の○○さんは不倫していて、不倫相手を妊娠させたらしい」のようなことを、朝のニュースで述べたとすると、これは全く名誉毀損である。
真実かどうかは関係なく、「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損する行為」が名誉毀損にあたり、実害を被るかは構成要件に当たらない。
推測の範囲内であるが、今回の6名が、政府側で判明している事柄で、公開することが当人たちの不利益になりうることが想定されるのであれば、政府は具体的な説明を避けることは理解できるだろう。
よって、状況が重大で、具体的であればあるほど、説明が抽象的になることは避けられないのである。
この後どうなるのか
行為が正当な手続きで行われた以上、説明が不十分であったとして、上記のような場合は具体的な説明が不可能であるため、このまま任命は拒否されることになるだろう。一方で有象無象が好き勝手に批判することは結構だが、知性が現れていることは自覚されたい。
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