ボディソープの切れ端を捨てたとき -日々の積み重ねと向き合う-

毎朝、シャワーを浴びてから仕事に行く支度を始める。その日、ボディソープに手を伸ばすと、ちょうどあと２〜3回使うと無くなってしまう程度の量しかないことに気づいた。詰め替え用パックを買っていたので、お風呂場で先端を切って開ける。切った先端のゴミを洗面台に置き、ボトルに詰め替えて一安心をする。さあ、仕事に行こう。

仕事から帰ってくる。夕飯を作らなきゃと思いつつ、結構疲れたのでまずはお風呂に入ることにする。シャワーをひねると、朝に詰め替えたパックの先端の切れ端が洗面台に置きっぱなしなことに気づく。ああ、捨てなきゃ。お風呂から上がるときに捨てればいいや。今日の仕事の内容を振り返り、明日の打ち合わせを考え少し憂鬱な気分になる。お風呂場から出る。夕飯を食べ、ゆっくりストレッチをして、クーラーのタイマーを入れて布団に入る。

熱帯夜でなかなか寝られなかったせいか、次の日の朝は起きるのが遅かった。いつものようにお風呂場に向かう。洗面台を見ると、一昨日に補充したボディソープの詰め替えパックの切れ端がまだ置いてあることに気づく。ああ、いい加減に片付けなければ。顔を洗いながら、今日の打ち合わせの想像をする。早く職場に向かって準備しなければ。急いで風呂場を出る。ウィダーインゼリーを飲みながら駅へ走った。

結局ボディソープの切れ端を捨てたのは、詰め替えてから１ヶ月経ってからであった。その日は、仕事でうまくいかないことが続き、何かを変えなければと思い、一念発起して断捨離を決めた日だった。その間も掃除は週一回必ずしていたけれど、どうしても切れ端を捨てられなかった。お風呂場に向かい、ボディソープの切れ端に向かい合う。そういえばなんでこの切れ端を捨てられなかったのだろうと考えてみる。何度も捨てる機会があったのに。

思えば、切れ端を捨てる以外にもいろいろな考え事や行動を並行していた結果、その場で行動しなかったために、切れ端のことが考えられなくなっていた。そして、どんどん優先度が下がってしまった。

そういえば、目の前の物事に対して立ち止まっていなかったのだと気付いた。というのも、これ以外にもたくさん似たような経験がある。結婚式の引き出物のカタログを読み、これが欲しいと思いながら、申込用紙を書くよりもNetflixに夢中になってしまい期日までに出せなかったこと。ガスの料金を払わなければいけなかったのに、通勤中にいろんなことを考えていたらコンビニに立ち寄ることを忘れる日々を過ごし、翌月に２ヶ月分まとめて払うことになり少し損をした気持ちになったこともある。

振り返ると、自分では気づかないうちに、歳をとるにつれて自分の価値観が変わっていることに気づく。そういえば、高校時代はバドミントンの選手になりたかった。思春期の自分が恥ずかしげもなく自己表現する手段は、当時バドミントンだけだったから。浪人生になった時は、ジャーナリストであった。受験という狭い世界を離れ、とにかく世界中を飛び回り、世に出るべき情報を発信したいと考えていた。大学の初めはボランティアに目覚め、NGOに入り貧困を解決したかった。国連にだって行きたかったし、大学院への留学は今でも頭の片隅にある。でも、いろんな考えを経て、今はIT系の会社に勤めている。

それぞれの時期に、大なり小なり瞬間的な興味関心ごとがあった。そのときに感じていた関心ごとは、一生自分の中にあり続けるものだと思っていた。けれど、時間が確実に自分の考えを変えていることに気づく。受験や就活だったり激務な日々だったり、あまりにも目の前に考えることがたくさんあって、目の前の関心ごとに向き合えてこなかったこともあったと思う。

今に至る選択に一切の後悔はないけれど、目の前の関心に立ち止って向き合うことによって、人生はいろんな方向に変化するのだろうとなんとなく感じている。もし、あの切れ端に向き合わなければ、多分一生そこにあり続けたと思う。もし大学時代に国連の道に進みたいと本気で向き合っていたら、今の人生はあり得たのだろうか。自分は何に対して情熱を注ぎ込んできたのだろう。その瞬間瞬間の選択の積み重ねが、今の自分を作り上げているのだなと、ようやくボディソープの切れ端を捨てたときに悟った。

これからの人生も、きっと瞬間的な関心ごとに対しどう向き合うかによって変わっていくのだろう。そのとき、後悔のない選択ができるのだろうか。不安だけれど、いろいろな出来事が流れていく中で立ち止まり、向き合いたいと思った。

とりあえず、今日の夕飯は何にしよう。そういえば年始に立てた目標の中に「自炊男子を目指す」と書いたのを思い出した。きっとこのエッセイが書き終わったらまた別のことを考えてしまうと思うけれど、今日から頑張って自炊を始めてみよう。まずは買い出しに行こう。そのときに、玄関にある１週間ためたゴミを捨てることを忘れないようにしよう。でないと、またゴミが溜まってしまうから。

《終わり》